第25話 とどめ

このとき僕はもう餓鬼は立ちあがることがないだろうとおもった。

『天野、これで喰えるだろう?』

『ああ。それにしてもてこずったな。相棒、オマエもそろそろ限界だろ』

『確かに…』

このとき狼男に変身していた僕は意識が遠のきかけていた。

それは僕が僕として意識するもの、あるいは自我というもののが無くなる寸前だった。

 『でもよかったな、あのお嬢ちゃんに怪我が無くて』

『そうだね』

『それじゃあ、さっさと終わらせるか』

天野は僕の意識と入れ替わり、僕自身が主体だったものが天野主体のほうになり、僕自身意識があるものの体を動かすのは天野のほうになっていた。

僕の体で天野は餓鬼を見下ろし、近づいて全てを終わらせようとしていたときだった。

それまで動かなかった餓鬼が突然、はねるようにして起き上がり高く、空中にジャンプした。

『うわっ!』

『なっ?』

それまで意識は天野主体だったものが僕のほうに一瞬で引き戻される。

『まずい!』

餓鬼は宮前を狙い、苦し紛れで体を動かしたのかと気がついた。

それに気がついたときには体が自然と動いていた。

餓鬼は離れた場所にいる宮前に向かっていた。

「宮前、離れろ!」

僕は叫びながら、餓鬼の向かった方向へと体を動かしていた。

足は勝手に動き、跳躍し、橋の柵を越え川の真上に来ていた。

宮前を狙った餓鬼の後を追うように跳躍した僕は必死で手を伸ばし、餓鬼の足を掴む。

遅れていたら宮前まで届く距離だったが何とかギリギリのところで止めた。

餓鬼は空中で身をよじるようにして体幹を海老のように曲げ、僕の頭を両手でわしづかみにした。

僕はこのときを見逃さず、餓鬼に噛み付いた。

今度は深く、さらに深く牙を食い込ませる。

『天野、今だ! やれ!』

僕は内側で叫んだ。

『了解!』

天野が叫ぶと、餓鬼は電気が走ったように痙攣し始めた。

「ガウァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」

餓鬼は痛みに叫び、咆える。

叫び声とともに僕と餓鬼は重力に従うように川へと落ちていった。

それを認識したときには視界が暗くなり、全身に冷たいという感覚が走った。

そして思いのほか川は深く、そのまま底へと沈んでいった。

服に水が染み込み、体の重みが増す。

けれど僕は餓鬼が動きまわるのを止めるまで僕は餓鬼の肩を噛みつきつづけた。

川の底にたどり着いたとき、餓鬼は動かなくなった。

僕は餓鬼が動くのを止めるとそのまま餓鬼の肩から口を放した。

その瞬間、僕は一気に水面へ向かい、もがいた。

しかし、餓鬼の腕が絡まり、四肢は使えるが頭が動かなかった。

必死で餓鬼の腕を解こうとするが離れなず、あせった。

もがくうちに何とかはずれ、水面まで泳いだ。

けれど水面に手が届きそうなになったが、全身から力が抜けていた。

空気がなくなり、意識が遠のきかける。

そのまま、また僕は川の底へ沈んでいった。

水面には街の街灯の明かりと月が見えるだけだった。

綺麗だなと思いながら僕は目を閉じそうになった。

目を閉じかける瞬間、最後の光景に影が差し、そこを境にして意識は完全にブラックアウトしていた。

しかし、次の瞬間、誰かに手を掴まれた感覚がし、僕は一気に目を覚ました。

気がつけば街とは反対の岸の近く、水面に顔を出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る