(2)

 次に月島たちが向かっていったのは大人気ドーナツ屋だった。

 二人はいくつかドーナツをレジで購入した後、二階のテーブル席へと向かっていった。おそらくここでしばらく休憩するつもりなのだろう。

 その光景を見て俺たちも素早く店内に入って店員に怪しまれないようドーナツを一応注文しておく。

 俺たちは二人が座っているテーブルから三席ほど後方にあるテーブルに座った。

 店内は思った以上に混雑していなかったので、ひっそりと身をひそめながら二人をちらちらと観察する。


「ねーね。イケヤの時から気になってたんだけど二人ってどんな会話してるんだろう?」

「うーん、それはまた難しい質問だな……楓、分かるか? いや、楓なら知ってるか」


 無理だと諦め、目の前に座っている楓に振る。


「へ? はんでふぁらしにきーらの?」

「雑殴りってやつ?」

「ひくらはんでもへろいよー」


 あの楓さん? 早く口に咥えてるドーナツ食べきってくれませんかね? 

 聞き取りずらいんですけど……って聞き取れてる俺が三秒前にいるんだよなぁー。


「仕方ない。じゃあ、二人の会話をちょっと無理してでも聞くか」

「えっ、どうやって聞くの秋宮君?」

「こうやって身を少し乗り出して耳を近づければ聞こえる」


 そうやって俺は寄りかかっていた椅子から少しだけ身を乗り出して実演した。


「なんか小学生みたいだけど……まあでも、なんもしないよりはましだからね。じゃあ私も……よ、よっと。あ、あーごめんね秋宮君、少し体借りるねー」

「お、おいっ! その体勢はちょっと……」

「我慢してよ。そうじゃないと聞こえないよ」


 葉月は俺の背中に手を付いて背伸びをするようにしてきた。しかも気付かれないような体勢にしないといけないので、かがんでいる状況。

 おいおい、なんだこの展開?


「こっちからはまず聞くの無理だから、葉月ちゃんと薪君に任せる」

「あ、秋宮君。なにか聞こえる?」

「……え、あっ、あー。ちょっと待て、もっと耳を澄ますんだ……」

「どうかしたの?」

「い、いやあ、なんでもない」


 いや、なんでもあります、ありますよ! 

 いくらばれたらダメだと言ってもそんなに距離が近いと……時々うさぎみたいにひょこひょこ揺れるボブカットの髪が首元をサラーと撫でたりね。

 あといきなり後ろから吐息のように耳打ちしてくるのも。なんだかいけないようなことをしている感覚に陥るし、普通にドキドキして恥ずかしい。

 しかも又もや、すうっと、俺の鼻を甘い香水の匂いが通り過ぎる。


「……き、聞こえてきた」

「ほ、本当⁉……あ、ほんとだ」


 周りの人たちの話し声が段々と薄れてきてわずかながらに聞こえるようになった。


『……次はここの問題なんだけ……』

『あー、その問題なら教科書の確かここらへんに……」

『……ごいね! なるほどねー、分かってきたかも』

『他に……のか?』


 断片的ではあるが確かに二人の――月島と白石さんの声が聞こえてきた。


「勉強してるのかな?」

「……あ、あー。そうだろうな。ほらっ、二人の机の上。教科書とか参考書とか散らばってる」


 徐々にその話声は鮮明になる。


『そういえば……なんか最近悩み部ってのが……らしいよ?』


 ギクッ。


『なんだ、その変な部活?』

『私も知らない。あっけど、葉月さんがなにかそこに相談しに行ってるらしいよ。部室に向かう様子を見た友達がいたんだよね』

『…………葉月が、か?』

『そうそう。光君、葉月さんとは幼なじみでしょ? なにか知らないかなーって思ってさ』

『……生憎、葉月からはそんな話聞いてないなー。今度会ったときにでも聞いてみようかな?』

『ふーん。ってか最後に会ったのっていつなの?』

『えーと……二年になる前の春休みの後半らへんに。二人で吉祥寺をブラブラと。って考えると最近……月に……会えてないな』

『……る………………れ……』

『……ら……ふ……』


 その先の会話が知りたくて俺はこれまで以上に体を傾けるが、神様のいたずらかなんなのかまた周りの客の話し声が盛り上がってきてしまい、聞き取るのが難しくなってしまった。

 これはもう諦めるしかない。


「ねーね? 二人どんな話してたか分かった? ここからじゃ途切れ途切れで全然なに言ってるのか……」

「特にこれと言ったことは。なにか葉月と最後に会ったのが春休みの最後、どうたらこうたらみたいなことは最後聞こえたな」

「あー。まあ確かにそうだけど……もうあれから二週間くらい経ってるのかー」

「どうかしたか?」

「いや、すごい懐かしいしやっぱ光と一緒にいるの楽しかったなーって」

「本当に好きなんだな」

「勿論。ずーっと小さい頃からだよ」


 そのまま、時の流れの儚さを二人で共有する。


「どう? 結構私たち尾行してきたからそろそろ終わりにしても良いんじゃない? ここでも二人がおおまかどんな会話してるのも分かったことだしね」


 周りを偵察してくれていた楓が提案してくる。


「そうだな。なんやかんやで結構良い時間だ」


 手元の腕時計は六時十二、いや今十三を長針が指している。


「うん。そうした方が良いかもね。初日にしてはまあまあ頑張ったと思うしその……闘志がみなぎってきましたっ!」

「おっ! 葉月ちゃんその意気でこれからも頑張ろう!」

「よしっ。じゃあもう帰る準備して帰るとしますか。えーっと、残しといたポンデリングポンデリング……あれ?」

「――あ」

「おい今なんで『あ』とか言った? 楓さん?」

「ち、違うよ~薪君。これは日本語の練習をしててね、あはは」

「どこの日本人が日本語の練習してんだよ」

「ご、ごめんなさい、つい~」

「俺まだなんも言ってないのになんでもう謝ってんの? それ確信犯だよね?」


 どうやら俺が熱心に月島たちの会話に耳を傾けている間に盗み食いされていたらしい。

 もうそれ、わんぱく小僧やん……

 そんな感じで俺たちの尾行?一日目は幕を閉じた。

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