第三章 未来への布石、その過程。

(1)

 突然だが、みんなは刑事モノのドラマや本を読んだことがあるだろうか?

 無論、俺自身も過去何度かそういう系の本を読んだことはある。「一応、昔」という条件付きではあるが……まあ要するにあんま詳しくはないってことだ。

 その中で良く刑事が犯人を探るあるいは、容疑者の生活パターンなどを把握するために使っている「手段」があるだろう。あのー、なんて言ったっけ……鼻炎じゃなくてー、なろうじゃなくてー……あっ、そうだ。尾行だ尾行。思い出した。

 そこで俺は刑事モノ有識者に尋ねたいのだが「尾行」というものは割とそういう読み物やらドラマやらに出てくるものなのか? そしてその尾行は一体現場じゃどういうものなんだ?

 いくら刑事モノをあまり知らない俺だからといっても一応その言葉の意味するところは知っているし、何回調べてみても思っていた通りの意味が出てくる。


 尾行――人のあとをこっそりとつけていくこと。


 辞書で調べてもそのような意味で大体載っている。

 そうなんだよ!

 俺の知っている「尾行」はターゲットにバレない様にこっそりと、そして注意深く観察することを意味していると昨日の俺までは理解していたつもり……

 だがしかし、これまでの人生で積み重ねて来た尾行に対する価値感も、現在に関していえば揺るぎつつある。


「あっ、うさぎちゃんと光が別の道に逸れてくよ! 急いで行かないと見失っちゃう!」

「それはやばいな。おい、急いで後をつけるぞ! ってなにしてんだ楓早くしろ!」

「ちょ、ちょっと待ってよー。いきなりすぎてモンブランの栗が食べかけだよ~!」

「早く口に入れれば良いだけの話だろ⁉」

「っふっふっふー! 薪君はなんにも分かってないね。モンブランの栗がどれほど素晴らしいものなのかを!」

「知らない方が多分人生得してるって、今楓を見て思ったから知らなくていいわ」

「えー? モンブランにはそんな秘密がー⁉」

「おっ! 食いつきが良いね~葉月ちゃん。そんな君には特別に教えてあげよう! モンブランのひみ――」

「あーもうモンブランモンブランうるさい! 尾行しようって言ったのはどこのどいつだ⁉」


 モンブランにフォークに差したまま腕を組む楓と、その話に食いついてしまった葉月の首根っこを引きずりながら、俺はさっさと二人の後を追う。

 そう。

 今俺たちは尾行をしているのだ。

 月島と白石さんの二人の放課後を。

 今日は18日。

 あの日から土・日と刻々と日が立った週明けの月曜日。

 二人と別れたあの後、家に帰ってしばらくしたらこんなラインが楓から届いていた。


『いきなりで悪いんだけど、葉月ちゃんと薪君と私とでグループライン作ったから、これからはここでなにかあったら話しよっ!』


 グ、グループラインだと⁉ 俺が一生をかけても成しえることが出来ないと思っていたグループラインに俺が招待されただと……? 

 なにこれドッキリ? 隠しカメラ仕掛けられてる? テレビ局が好きそうなリアクション取った方が良い? じゃあちょっとやってみようか。

 えぇぇぇぇ――――⁉

 はい、すみません。

 と、スマホがまた手のひらで震えた。


『グループに葉月、楓が参加しました』


 ガチか……ガチなん、これは。俺は震えが止まらないその手でその後の彼女たちとのグループラインでも会話を進めていった。

 そこからの話は至ってシンプル。

 まずは一番の疑問点でもある月島と白石さんの放課後について解明したい。そのために週明けの月曜日に三人で「尾行」をしようと提案があったのだ。

 で、今こうして尾行とは言えない尾行をしている俺たち三人。

 時刻は五時過ぎ。

 季節は春だが、夜になるのはまだ早い。

 あっという間に暗くなったら二人の後を追えなくなるので、しっかりと距離を保ちつつも付いていかないといけない。

 さあ、楽しい楽しい尾行の始まりだぜ⁉

 ――ってあのー。いつまで俺に引きずられてんすか、楓さん&葉月さんコンビ?


 その後、二人が自らの足でちゃんと歩くようになってから着々と距離を詰める。

 月島たちとの距離は……大体二十~三十mくらいだろうか。

 二人は川高から吉祥寺駅に続く一本道を難なく通り過ぎ、今まさに吉祥寺駅の構内に入って北口に向かおうとしている。

 基本的に川高は近隣から登校する人と、最寄の吉祥寺駅を利用して少し離れたところから来る人とで割合は半分半分くらい。

 俺や楓、そして確か葉月さん、月島、白石さんは近隣勢なのでこの駅は下校時に使わないし、通らない。

 故に、今二人がここにいるってこと自体が最早不自然なのだ。

 そんな「怪しい放課後」には楓も気が付いてるらしく、探偵みたくカッコつける。


「おっ! まさか部活の放課後に吉祥寺駅の北口に行くとは……なかなかのやり手ですね~」

「すごいうさぎちゃんと楽しいそうに話してる……わ、私、取られちゃいそうにな気分になってきたからちょっと行って――」

「バカか⁉ 尾行してることを自分からバラしてどうすんだ⁉」


 こんなことしていてバレないのが逆に不思議だが、俺たちも引き続き人ごみの中を潜り抜けて、彼らを見失わないよう気を張る。


「でも本当に光、すごい楽しそうにうさぎちゃんと話してる。私の時よりも、かも」


 やや左後ろにいつの間にかいた葉月がふと足を止め、そんなことをボソッと呟いた。

 顔は俯いて、今にも泣き出しそう淋しい表情を浮かべている。

 手が、ぶる、ぶると小刻みに震えているのが見える。

 うん……まあ、あんな好きな人が別の人と仲良さげにしてる光景見たら誰でもこうなる。

 その気持ちは十二分に分かるよ。


「葉月、大丈夫か? きついなら今日はもうやめても良いんだぞ。また心の整理をしてからでも遅くはない」

「そうだよ、葉月ちゃん。ごめんね、今私すごい興奮しちゃってた……無理、しない方が……」


 楓も察したのか、そっと葉月の手を優しく握りにいく。


「……大丈夫」

「本当に?」

「…………うん。だって、私決めたの。『光は誰にも取られない』って。『幼なじみから一歩前に進むんだ』って……だから、本当に大丈夫。ごめんねいちいち心配かけて」

「大丈夫だ」


 まわりは人で一杯なのに。ごちゃごちゃと意味も無い騒音が鳴っているのに。

 彼女のその小さな、静かな、声は俺の耳にはっきりと聞こえた。

 まるでここだけ世界が切り取られているように。俺だけがこの世界にいるみたいに。

 それくらい葉月の声は、決意に満ち溢れていた。

 やはり、葉月の想いは相当なまでに心のガラスを満たしているらしい。


 ――ピシッ!


 俺は気を引き締めるために自分の頬を叩く。


「よーし! 気合入ってきたー!」


 準備万端。心機一転、尾行を再開しようと歩き始めると後ろから妙な視線が感じられた。

 思わず、俺はその歩みを止め振り返る。


「ん? なに、ボーっとしてるんだ葉月? なにかあったか?」

「あっ、いや。その……なんでもない。なんでもないよ。ただ……」


 そこで一度葉月は言葉を止める。


「そういうところが……秋宮君の良いところだと思ったの」

「なんだよそれ」

「気にしないで。っさ、行こ行こ。ごめんね足止めちゃって! よーし! 気合入ってきたー」

「おっ、いいねー。じゃあ尾行再開だ」


 葉月らしからぬ力強い言葉、でもやっぱり何処か和む語気。

 楓もまた、そんな様子を優しい、温かい笑顔で見つめてから、


「私がいるのも忘れないでよー‼」


 なんだか楽しそうにそう、生まれたての子アヒルみたいにひょこひょこ着いてきた。

 


 それからというもの、俺たちは怒涛?の尾行を行った。なんか途中から尾行という原型が崩れ落ちていった気がするが。あれ? それは元からか。

 ――たとえば、北口にあるイケヤに二人が入って行ったときのこと。


「……こちら、葉月。第一作戦戦闘配置に到着しました」

「……こちら、楓。私も待機場所αに到着。薪司令官、応答願う」

「君達なにやってるの? やっぱバカなの? さっきまでの感動を返して⁉」


 俺が一足先にイケヤに入ろうとするといきなり楓が「ここからはさっきの駅以上に人が多いから三人で尾行してたら周りの人に迷惑になっちゃう」と言い出したのだ。

 どうやら楓にも倫理がちゃんと備わっているらしい。

 じゃなくて。


「だからここから先は私と葉月ちゃん、二人で尾行するから薪君は月島君たちがここから出ていってないか確認しててくれない?」

「なんでだよ、お前らが尾行してるから必要なくないか?」

「万が一だよ。もし私たち三人が見失ったらそこでゲームオーバーだからね!」


 ってな感じで俺はイケヤの入り口付近のベンチに座って待機していたのに。

 なんだ、いきなりグループラインで通話しやがって! 

 そんなツッコミをギリギリのところで飲み込んで「いいから、ちゃんと月島たちを追え」と伝える。


「大丈夫大丈夫! ちゃんと目の前で捕捉してるか――あっ! 今度はベットコーナーに入って行った!」

「ほ、本当だ……なにしてるんだろうあれ? 何回も座ったり立ったり」

「ほらあれじゃない。ベットの柔らかさとか耐久性とか確認してるんじゃない?」

「いやそれはそうだけど……なんでいちいちそんなことを? 絶対買わないよあれ」

「いやいや、待ちたまえ葉月クン。何度も何度も座ったり立ったり。これはもしかしたらあんなことやこんなことを考えているかも……例えば――」

「――ッ!……そ、そんなこと言わないでよ葉月ちゃん⁉ それはあのーそのーえちちだよ? 18禁だよ! 犯罪だよ⁉」

「『将来は君とここでこんな風にして生活したい』」

「『ひ、光君………私……』」

「あぁぁぁ――止めて~!」

「お前らうるさい。あと結構生々しいから楓も止めてあげて? あなた、葉月のこと不安がらせてなにがしたいの? もしかして月島たちのスパイ?」

「? 秋宮君、私は大丈夫だよ。ただ楓ちゃんのボケに乗ってあげただけだから。ねっ、楓ちゃん?」

「そうそう」

「さいですか」


 もしかして俺いじめられてる? リモートいじめってやつ? リモハラ? なんだよそれ。

 とまあ、その後も特に変わった行動は無く――ベットを見た後は小物雑貨のとこに行ってなにやら二人で盛り上がっていたらしいけど、詳細は不明――そう。


まだ、知り得ないことなんだ。

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