(8)

 そして、ようやくここで時間軸は元に戻る。

 結構語ってしまったな……大丈夫かな……でも言っておかないと駄目なことばっかだった。


 4月12日。昨日の初仕事の翌日。

 今日もまた悩み部のホームページに依頼が来ていた。


『好きな人へのラブレターの文面を考えて欲しい』


 ちなみに期限は今日まで。ラブレターは明後日にでも渡したいらしいく、彼女と渡したい相手についての色んな情報も一緒に教えてくれた。


「ラ、ラブレターなんて私書いたこと無いよ⁉」


 朝の、一時間目が始まる前の教室。

 隣で俺のスマホをのぞき込んで来た楓があわわと目をぐるぐると回している。


「確かにまずいな……」

 ここでこの依頼を放り出すわけにはいかない。そんなことすれば悩み部の評判が下がって、今後の活動にも大きな支障をきたす。


「しかも私なんかほら……こんな感じだし、全く役に立てない」


 うーむ。今回ばかりは楓には厳しい案件だ。


「でも来たもんはしょうがない。送られてきた情報を基に、どうにかして対応するしかない。じゃあ、まずは書き出しから……」

 えーと、『○○君へ。最初に会ったのは高校一年生の冬、雪の日でした。私はどうやって帰ろうかと昇降口で立ち尽くしていると、あなたが傘を――』


「……カチカチ」

「あ、あれ? 薪君? なんかすごい書き慣れてない?」

「……カチカチ」

「やっぱすごい慣れてるよね⁉ 筆がどんどん進んでるよ? ねえ、ねえってば!」

「……カチカチ。『止めてくれ。それは俺に効く』」

「文字で答えるなし!」


 だってそんなこと言われたら恥ずかしいじゃん。

 誰のせいでこんなラブレター書くのに躊躇わなくなったと思ってるの? 

 気付いてよ!


 ※


「やばい! ガチでこっから先が思いつかん!」


 朝から書き出して、今はもう放課後。約束の期限まで刻一刻と迫っていた。

 最初はあんな感じで書き出せたはいいものの、やはり最後になると筆の進むスピードは指数関数みたいに下がっていく。幸い、0にならないのが唯一の救いか。


「薪君大丈夫? かなり苦戦してるみたいだけど……」


 隣で見守っていた楓が、口をへの字にして浮かない表情を浮かべる。


「このままじゃ、間に合わないな……」

「ただ単純に『好きです』って伝えるだけじゃダメなの?」

「いや、それは思った。けど、相手もこんに細かい情報を送ってきてくれるってことは、それだけ好き意外にも伝えたいことがあるってことだろ?」

「そう……なの?」

「そういうもんなのさ。たった一言じゃ、この熱量は伝わらないんだ」

「……」


 さて、ほんとにどうしたものか。ここまできて投げ出すのも良くない。依頼主は俺たちを待っている。今後の悩み部の威信にも関わる案件だ。

 そうしてしばらく考えあぐんでいると俺の電話が鳴り出した。

 画面を見ると依頼してくれた女子からだった。


「あ、もしもし……?」

「あ、もしもし。急に電話して、すみません。ラ、ラブレター。どう、ですか……? 上手く書けそう、ですか?」


 ずきゅん! 急所を突かれた。スナイパーか。


「あ、まあ、そのはい……今日中にはなんとかなりそうな感じ、です」

「そ、そうですか……良かったー」


 全然良くない! 


「少し気になって電話してみただけなので……頑張ってください。本当にありがとうございます。助かります」

「さ、最善を尽くします……」


 これでますます書ききらなければならなくなった。やべー。野球で言うと、ノーアウト満塁くらいやばい。打席には四番バッター。スリーボール・ノーストライク。


「それじゃあ、また」


 取り敢えず、この場をやりきるために俺は電話を切ろうとした瞬間――隣の楓から強引に俺のスマホが取られた。そして少し息を強めて、彼女に問いかける。


「あ、あの! すみません!」

「え、あ、はい……なんでしょうか?」

「これはあくまで私の意見なんですけど、その……ラブレターなんかより!」


 おいおい。勝負球はど真ん中ストレートかよ。


「え、そ、そんな⁉ む、無理です! 直接なんて私、ちゃんと言えるか分かんないし、恥ずかしいし、彼の反応にすごい左右されちゃいそうだし……」

「それなら尚更すべきです! あなたのすべてを知ってもらうべきです!」

「そ、そしたら嫌われちゃうかもじゃないですか! あっ、こんな人なんだって……人見知りで内向的で喋りにくいなって……わ、私は彼の理想でありたいんです。だからラブレターが一番なんです」


「――別に私は、そんなの悪くないと思います」


「……えっ?」


 予想外な発言に電話越しでも彼女が戸惑ってるのが分かる。


「勿論、好きな人の前で理想でありたい気持ちも十二分に分かります。でも! 付き合ってからきっと、互いに喧嘩してぶつかり合う時だってあるはずです。その時にちゃんと自分の本当の気持ちを伝えて、ありのあまの自分で相手と向き合う必要があります。そうしないと長くはやっていけない……そう思いませんか?」

「うっ……そ、それは……そう、だと思い、ます」


 段々と楓が優勢になっていく。ツーストライク。


「人間は完璧じゃないです。大切なのはいかにお互いを信頼し合えるか、だと思います。だから、そのまんまの想いを伝えればいいんです! 私たちに送ってくれたこの内容をそのまま!」

「……き、嫌われたりしないですか? こ、告白する前に……?」

「大丈夫。だってあなたの好きな人なんでしょう? きっとあなたのすべてを受け入れてくれるはずです」


 そこで楓は一息ついてから、


「まずは相手を信じることから始めましょう」


 優しく、まるで少年少女に童話を甘く読み聞かるよう、そっと呟いた。


「……分かりました。やってみます。わ、私、頑張ってみます!」

「はいっ。頑張って!」


 どうやら楓の説得が功を成し、彼女は直接言うことにしたらしい。

 ストライク。バッター三振。


「あ、あの! ラブレターありがとうございます。わざわざ書いてもらったのに、急にごめんなさい」

「あ、ああ大丈夫、です。頑張ってください」

「は、はいっ!」


 電話をかけてきた時とは見違えるほど、彼女の今の声色には少しの勇気がにじみ出ていた。これで、良かったのかもな。


「っふー……」

「お疲れ、楓。すごい良いこと言ってたじゃないか」


 電話を切るなり一気に緊張がほぐれたのか、楓はずこーっと椅子にもたれる。


「いやもうね! いつ言い返されるかヒヤヒヤしてたよー! でも、彼女の声を聞けば聞くほど、直接した方が絶対良い!って思ったから、つい電話奪っちゃった」

「でもすごいよ。あんなにもすらすら言葉が出てくるなんて」

「こんな私なりに考えてみた結果だよ。そ・れ・に! まだ二日目だからね。昨日みたいにいつまでも薪君に頼ってばっかじゃいけないと思って頑張っちゃった!」

 どうやら俺の最大の懸念点も考慮してくれたらしい。

「おー、それはありがたい。良かったー! おかげで俺の労働が減る。ホワイトだねえ、この会社は。うんうん!」

「この活動を労働と捉えるなし!」


 今回の一件で得たことと言えば、やはり想いは文字じゃなくて、言葉で伝える方が相手の心の奥深くに届く、ということに尽きるだろう。

 確かに、一つ一つの動作、呼吸、頬の染まり具合、どれをとってもそこには「好き」という二文字が沁み込んでいる。資格情報として、いかに相手が自分のことを好きなのかが分かるだろう。


「だったら俺は……?」


 なーんて一瞬考えてしまったが、すぐに止めた。今考えたって、答えなんて出ないだろう。

 さてさて、この要らなくなった書き途中のラブレターをどうしようか?

 仕方ない。俺の嫌いな奴の下駄箱にでも入れといて、おちょくってやろうかな。言わばタネ明かしの無いマジック。いいねえ。あ、ちょっとだけ内容も付けくわえとこう。


『ちゅきちゅきだいちゅき~!』


 よし、完璧だ。

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