(9)

 それから、一日経って4月13日。

 この日も一件、ホームページに依頼が来ていた。

 っていうか、みんな恋の悩み意外と持ってるね? もしかしたら、全員が全員隠してるだけなのかもしれない。この学校には、さぞ恥ずかしがり屋さんが多いことで。

 つくづく日本の未来は明るいと思う。まさに次世代型LED。

 今回の内容はこれまでの二件とはまた一風変わったもの。

 なんと、告白の練習に付き合って欲しいということだ。


「ほんとに告白の練習相手になってくれるんですか⁉ うわー! ありがとうございます!」


 放課後、悩み部の部室で依頼主の男子が嬉しそうな声色で目を輝かせていた。


「ああ。俺たちが出来る範囲のことならなんでもするぞ」

「うん! なにか聞きたいこと有ったらすぐ聞いてね!」

「うおー頼もしい!」


 なんでこいつこんなテンション高いの? もしかしてあれか。さてはお前、陽側の人間だな。道理で陰側の俺の体力の消費が速いわけだ。今の時代、エコじゃないとネットで叩かれるから、生き方としては俺の方が正しいな! うん! いや、ここネットじゃない……。

 とまあ、本人の知らぬ所で可哀そうな意地を張っていたら、


「じゃあ早速一回聞いてもらってもいいですか?」


 満面の笑みで尋ねられたので、勝負はここでお預けにしておく。


「オッケー。まずは俺がその相手だと思ってやってみてくれ。本番通りで頼む」

「はい!」


 返事だけは一丁前にして、一呼吸してから口をゆっくりと開いた。さて、この純粋無垢なパリピ陽キャは一体どんな告白を見せてくれるのか――


「――あなたのことが好きです」


 どこまでも真っすぐな、黒の中に紅の火を灯らせた目で、はっきりとその文句は響いた。


「……」

「……」

「……え?」

「え?」


 もしかして……


「終わり?」

「はい、


 おいまじか。そんなことある⁉ そんな告白の仕方あるの?

 これにはあの楓もびっくりしたようで、口をぽかんとさせて呆気に取られている。


「え、本当にこのまんま告白すんの?」

「はい、そのつもりでしたけど……なにか変なとこでもありましたか? あったら是非教えてください!」

「いやいやいやいや! 普通じゃないでしょ」

「えっ、なにがですか⁉」

「そりゃあだって、『好きです』だけじゃダメだろ⁉ 他にもっとこう、好きになった理由とか想いとかあるだろ」

「いやあ……」


 「それに」と楓が付け加えてくる。


「肝心の『付き合ってください』って言葉もないじゃん。それじゃあ告白の意味ないと思うんだけど……」


 これには俺もうんうんと同意する。普通、告白と言ったら「付き合いたい」という願いのもと、相手に自分の想いを伝えてお付き合いを承諾してもらう行為だろ。

 ならば、今のは告白では無く、単なる好きだという意思表明になる。

 とまあ怒涛のツッコミを俺たちにされた当の本人は「うーん……」と眉をひそめて、なんとも難しい顔をしている。


「それはそうなんですけど……そもそも告白したからって絶対付き合うってこと自体が間違いだと思うんですよ、俺」


 それはまた一風、いや二風も変わってるな。


「どういうことだ?」

「例えば、海外とかって告白とか無いって知ってますか?」

「ああ、知ってるさ」


 知らない人もいるかも知れないが、告白という文化はどうやら海外ではあまり無いらしい。自然と男女が二人が仲良くして、自然と恋人になってくという、言わば暗黙の了解。「私たちって恋人だよね?」というお互いの信頼のもとに海外のカップルは成立しているのだ。


「だから結局大事なのはお互いにどう思ってるかを伝えることだと思うんです。付き合うためにするんじゃないんです。付き合うのは結果としてそうなるだけであって」


 なかなかに深いことを今言われてる気がする。


「僕が彼女に好きと伝える。それで彼女はどう思ってるのかを知りたい。もしその思いが一緒ならこれを機に仲良くしていけば良いと思うんです。『付き合ってる』とかいう枠組みに入れない方がお互いに遠慮しあうことも無いと思うんです」

「「な、なるほど……」」


 思わず俺と楓の漏らした声が重なる。

 確かに、付き合っているという意識を持ったら、相手に嫌われないか、それこそ別れるかも知れないって不安になる。


 ――付き合うことは、常に別れることと隣り合わせである。


 付き合っていることが、告白の成果であり、カップルをカップルたらしめるものなのだから。

 でも、これは違う。

 付き合っていなくても互いに自分のことが好きなんだって分かっている。互いに信じあっている。だからそもそも別れるっていう概念も無ければ、告白した成果が無くなることも無い。

 こんな考えたこともないようなことを、こいつはこいつなりに試行錯誤してあの「告白」の言葉にしたのか……


「……ごめん。君の意見を聞いたらそういう告白というか、カップルの在り方もありなんじゃないかって思えてきた」

「うん、私も。そこまで考えを巡らすことが無かったから……話を聞いてすごい納得した!」


 どうやら楓も同じ気持ちらしい。

 驚き、というより感動、深い理解の情が心に浮かんでいる。


「だからさっきの言葉も無し。その告白で俺は良いと思うぞ」

「ほ、ほんとですか⁉ これでちゃんと伝わりますか?」

「ああ。君は君のやり方でこの恋の始まりを見つけた方が良いに決まってる。なあ楓?」

「うん! ちゃんと相手も君の言うことを理解してくれるはずだよ!」

「そ、そこまで言われると、なんか恥ずかしいですね……」


 なんだ、らしくないなー。もっと「了解っす! ウェイ!」みたいにしてくれないと。

「当たって砕けろ、だ。その一言にすべてを乗っけて頑張ってこい」

「はいっ! 頑張ります! 話も聞いてくれてありがとうございました!」


 そう言って、彼は颯爽と部室を後にした。その足取りは、まるで軽やかな音楽が奏でているかのような、嬉しそうな音だった。


「いやあ、それにしてもすごい人だったね、薪君! 私、あんな考え初めてだよ!」

「ああ。正直俺もビビった。けど、筋もすごい通ってて、本当に恋とか付き合うとかって色んなのがあるんだなって実感した」

「うんうん。勉強になったな……」


 口元にそっと手を当てて、おそらく今のことを反芻している楓。

 そんな彼女の姿を見ていると、今回の依頼の成果は十分すぎたと言っていいだろう。なんだって新しいものに出会えたんだから。

 今は、その事実だけでお腹いっぱいだ。


 次の日の14日。

 今日も今日とて一件、悩み部には相談が寄せられていた。

 しかし、今までの依頼と比べるとさほど大した内容では無かったので、俺はどこか気持ちが空回りしてしまっている。

 いや、今までが逆に濃すぎたのか? 人様ん家のカルピスの方が濃いみたいな感じ? 

 とまあとにかく、今までよりは気を楽にして無事悩みを解決した。

 ここにきて、俺たちの手際が良くなってきているようなないような……まだ活動開始五日目とかなのにね。慣れってコワい。

 そうして、この日は呆気なく閉幕した。


 明日から、恋しくて、甘くて、温かくて――切ない物語が始まるとも知らずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る