SSベルテストーリー1 ご主人様とお嬢様

 新しくトワたちの仲間になったベルテの視点です。

――――――――――


 私は人族と猫人族の間に生まれ、醜い混血種と蔑まれてきた。 

 生まれてすぐに奴隷商に売り渡され、18になるまでただの一人も買い手がつかない、そんな醜い女。

 テントでの長い時間は、家事や馬の世話などの奴隷商の役立つことに費やした。そのおかげで良い待遇とは言えないものの、商品として売れ残り続けようと捨てられないで済んでいる。

 本当に、奴隷商には感謝してもしきれない。

 

 ある日、他の奴隷たちと一緒に個室に呼ばれた。

 そこまでは偶にだが経験がある。 

 家事全般に馬の世話、御者に、少しとはいえ火魔法が使える。能力だけ見れば他の奴隷たちとは比べ物にならないほど好条件なはず。

 それでも、その先に選ばれたことは無かった。

 それだけ私の血は醜いというわけだ。

 

「ベルテと申します。家事全般なんでもできます。

 旅をするのであれば、馬の世話から御者まで問題なく可能です」

 

 何度言ったか分からない自己紹介を作業のようにこなし、どうせ今回も選ばれないのだろうなと、嫌な気持ちになる。

 

 ――今回のお客様は、成人したてくらいのそこそこかっこいい男性と……ブラックウルフのお面をつけた、体格的に少女でしょうか? 

 顔を隠しているのは私みたいに差別の対象だからなのかも知れませんね。まだ小さいでしょうに、可哀想……

 

 それでも奴隷じゃないだけマシかと、興味を失い他の奴隷たちを見回す。

 

 ――今回求められているのは力のある戦士系と、私みたいな家事ができる人でしょうか?

 お客様は、話し合いの最中ね。早く終わってくれませんかね……


 気づかぬうちにため息が出ていたようだ。

 奴隷商に睨まれてしまった。

 

「家事を任せる人はどうする?」

「ベルテさん!この人だけは譲れません!」

 

 ――え?今、私の名前呼ばれた?

 18年間、一度も呼ばれたことの無い私の名前が……聞き間違い?

 

「いいのかい?獣族と人族のハーフみたいだけど」

  

 ――そうですよ。そのせいで私はずっと一人だった。

 きっと、これからも

 

「最高じゃないですか!あんな綺麗な人見たことありませんよ!」

 

 ――綺麗?私が?

 冗談でも初めて言われましたよ、そんな事……

 

 どうせ私をからかうための冗談。嘘でもそんな事を言ってくれた少女に感謝しながらも、心は晴れない。

 また売れ残り確定か、と。

 


 おかしい。あれよあれよという間に私ともう一人、ネジャロという虎人族の男性が選ばれた。

 

 ――なんで、嘘だって言わないのでしょうか。このままでは本当に私なんかを買うことに。どういうこと?夢?

 

 現実なのか夢なのか。腿を抓ってみれば確かな痛みが走る。

 だからこそ困惑が深まるのだが。

 しかし、時間は待ってはくれない。再び自己紹介をすることになった。

 

「僕はアラン。こっちのお面で顔を隠しているのはトワだ。

 よろしくね」


 ――アラン様とトワ様……

 トワ様が、お嬢様が私を選んでくれた。

 産まれてからずっと一人だった私を、初めて選んでくれた人……

 

 彼らの言葉を聞いて段々と現実味が湧いてきた。溢れ出そうな涙を堪えながら、嫌われないように誠心誠意自己紹介と、役に立てる事のアピールをする。

 こうして私、ベルテはトワお嬢様のものとなった。

 

 奴隷商のテントを出ると、お嬢様が突然意気込んだように走り出してしまった。

 

 ――何かお気に障ることでもしてしまったのでしょうか?

 

 不安な気持ちになりながら、後を追う。

 たどり着いた先は服屋だ。

 そこには、今まで触れたことすらないような綺麗で上質な服が沢山並んでいた。 

 そして、お嬢様のお面が外れていることに気づく。

 

 ――あれ?綺麗……

 

 お嬢様の顔から目が離せなかった。

 半分とはいえ人族の血が混じっている私は、人族の美的価値観は分かっているつもりだ。 

 奴隷商のテントで性奴隷として売れていくような人たちや、高貴な貴族のご令嬢の方をきれいだと思ったことはある。

 それでも、お嬢様とは比べるには余りにお粗末だったのだ。

 

 ――お嬢様が顔を隠されていたのは美しすぎるから……

 私と同じかもなんて思ってしまったことが恥ずかしい。

 

 そして、こんなに美しい方の奴隷が私なんかでいいのかとさらに不安になる。が、そんな不安はすぐに吹き飛んでしまう。 

 お嬢様は、私に上質な服を何着か買い与えてくださったのだ。 

 しかも、醜いから似合わないと思っていた私の容姿を綺麗だと仰ってくださる。

 テントでもそうだ。冗談だと思っていたけれど、お嬢様の目は嘘を言っているとは思えなかった。

 

 ――こんなに美しいお嬢様に綺麗だと言われる日が来るなんて。本当に夢みたい……

 

 その後はバザールで買い物をしたり、屋台で美味しいものを食べたり、今までの生活からは考えられないような驚きに溢れた日を過ごした。

  

 いいえ、本当に驚いたのはここからでした。

 全員厩舎に集められたと思ったら、気づいたら川のそばにいるのですから。


 どういうことかと目をぱちくりさせて当たりを見回していると、お嬢様が私たちに身分証を明かす。

 その魔法適正欄に、神話の時代の魔法であるはずの空間魔法と時間魔法の記述がある。

 初めは偽物か何かを疑った。

 だけどそれは紛れもなく、国が発行している本物の身分証。

 

 ――今まで見てきたどんな方よりも美しい容姿。神話の魔法に無限の魔力。女神様、だったりして。

 

 そう思える程に、他者とはかけ離れている。


 それから川辺で起きたことも驚きに満ちていた。

 一体、今日一日で何回驚けばいいのだろうか。


 少々頭の処理が追いつかなくて疲れはしたが、私たちはグレイス王国へ戻ってきた。その後すぐ私とネジャロの身分証を作成してもらい、一緒の宿に泊まらせてもらえることに。

 奴隷と言う身分からは想像もつかなかったことだが、お嬢様たちと同じ食卓で同じものを食べ、ご主人様の魔法で水浴びまでさせてもらった。

 その日あとは寝るだけとなった時、事件が起きた。

 

 なんと、お嬢様と同じ部屋で寝ることになってしまったのです!


 恐れ多いと思いながらも嬉しく思っている自分もいて困惑していると、有無を言わさずお嬢様に連れ込まれてしまった。

 どうしたものかと思っていたけれど、好きなものやこれまでの生活など、他愛ない話で気を休ませてくれる。


 普通の女の子になったみたいな、これも初めての体験。

 なんて浸っていると、そろそろ寝ようかとなって、

 

 また事件が起きた。

 お嬢様が私と一緒のベッドで寝たいと仰るのだ!


 断るのも失礼だと思ったし、何より、寝間着姿のお嬢様が可愛すぎて我慢ができなかった。

 結局、私はお嬢様を抱きしめながら寝て、夢の中でも幸せを感じることができた。


 ――ああ、夢みたいです。今見てるのは、確かに夢なんですけど

 

 

 そして翌朝。どうしたことか、お嬢様の様子がおかしいように見えるような、見えないような…… 

 寝ている間に何が仕出かしてしまったのか、怖くて聞けずにいるとご主人様のおはようという声が聞こえてくる。

 

 ――っ!?しまった。考え事に夢中で気が付かなかった。

 

 大急ぎで挨拶を返すも、ご主人様の後ろでボサボサの毛並みのまま歩いてくるネジャロと目が合う。

 

 ――ちょっと、あれは奴隷としての自覚が足りていないのではないでしょうか。

 

 あとでその辺のことはきっちり言い聞かせようと考えるも、どうも本当にお嬢様の様子がおかしい。

 それも、私にはご主人様を意識しているようにしか

 

 ――っ!?これはもしかしなくても、お嬢様は恋をされているのね!?

 

 まだ確定では無いものの概ね間違ってはいないだろうと思い、今日一日様子を見ることに。

 ベルテも年頃の女の子。恋だとか何だとか、そういう話題に興味津々なのだ。

 

 

 今日の予定は工房見学。

 ご主人様たちの専属の職人、アズーラ夫妻のアクセサリー工房から始まって数々の工房を見てゆく。

 興味深いものが見れて立場も弁えず少々興奮してしまったが、お嬢様は全くそういった様子がない。

 

 ――これは、確定ですね。

 

 工房の方に興味を示さないのも納得。今日一日お嬢様を観察してみた結果、ご主人様のことを見て顔を赤くし俯くお嬢様が何度も確認されたのである。

 こんなにも可愛らしい顔が見られるなんて、なんて良い日!と思ったが、どうも悩んでいる様子。

 

 曰く、何度も助けられたり優しくされたりして、好きになったことに気がついたけれど、同時に醜態を晒してしまったことを恥じているとのことだった。

 どんな醜態を晒してしまったのかまでは聞き出せなかったけれど、これまでのお二人の関係を聞いてみれば、ご主人様もお嬢様に惚れているのは確実。

 

 あとはいい雰囲気の時に二人きりにして、ちょっと背中を押して差し上げればハッピーエンドに違いない。

 

 そう考えた、いや、確信したベルテは、アランとトワのハッピーエンド計画を画策するのであった。

 

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