第18話 どうして僕が彼女を『放』っておけなかったのか

 衝撃的な発言、喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃を受ける。


「なんだ? 気付いていなかったのか?」


「……はい。ただ思い返してみれば、護衛の合間に鍛えてくれましたし。本当なら1分たりとも無駄に出来ない筈なのに……」


「それだけじゃねぇけどよ。朝方と夜を手薄にしていたんだよ。丁度疲れが出始めて警戒が弱まる時間だからな。当然すぐに駆け付けられるようにはしてたけどよ」


「でも、今日に限ってはそういうわけにもいかなぇがな」


 ふらふらとレオンボさんが近づいてくる。僕が言うのもなんだけど、冴えない風貌からは戦えるようには見えない。覇気も感じられない。


 そういやレオンボさんが戦うところ見たことがなかった。


「【ハックタット技術工房】から【検知器センサ】っつぅ最新機器を借りたし、罠も張ったからよ。執務室の前で待機していれば問題ねぇだろ」


 実は今回検知器というものを、協会から通じて使わせて貰っている。


 なんでも人が屋敷内に侵入すると音で知らせてくれるらしい。


 ハックタット技術工房といえば、アンティスの隣のエレネス公国にある世界有数の霊導器メーカー。守護契約士協会とは協力関係にある。


 要は今回の事件、実証実験も兼ねているらしい。


 まぁ罠に関しては、アレで? っていうのが正直な感想。


 だって用意したのが括り罠スネア、人が入るくらい大きい箱罠や囲い罠ばかり。野生動物じゃないんだから。


「なんか不満げだなキサマ! てめぇがトラバサミはやめろって言ったんだろが!」


「当たり前じゃないですか。アルナが怪我したらどうするんですかっ!」


 多分ないと思うけど。尋常じゃないアルナの脚の速さには意味なんてないだろし。


「そしたらお前が責任取ればいいじゃねぇか!」


 この人は突然何を言い出すんだ? でも……もしもの時は――はっ!


「それとこれとは話が違うじゃないですか!」


「ちっ! 引っ掛からねぇか。つまんねぇ」


 いつもならずるずるとハウアさんのペースにはまるところ。でも神経が張りつめている今日はそうはいかない。


 舌打ちはまあいいとして、本当につまらなそうに耳クソほじんないでよ。汚いなぁ、もう。


「まぁいいや。で? ちったぁ肩の力は抜けたかよ?」


「おかげさまで。最低な緊張の解し方だけど」


 不本意ながら頭は冴えてきた。少し状況を整理しよう。




 1、暗殺者であるアルナはヴェンツェル教授の命を狙っている。依頼主の意図は不明。


 2、ヴェンツェル教授は《屍食鬼》、《心臓喰らい》を操り心臓を集めている可能性が高い。これについても動機ははっきりしない。


 3、【地母神の落とし子の復活の儀】には13個の心臓が要る。今までの被害者の数は先週の方を除き5名。残り8つ。


 4、僕はアルナを止めたい。




 最後が一番重要。ずっと殺されそうになった時のことを考えていたけど、最近はっきりした。アルナは人殺しなんか望んでいない。


 一族の掟だか何だか知らないけど、アルナの意志を縛って苦しめるものなんか守る必要なんてない。


「ところでなんですか? それ?」


 緊張が解けた所為か、不意にさっきからハウアさんが肩に担いでいる重々しいものが目についた。


「これか? いいだろ?」


 ハウアさんは得意気な顔で銀光りする両刃の大剣を見せつけてくる。特徴的なのは刀身の表面で、溝が交差した所謂、複目になっていて、要は馬鹿デカい鉄工ヤスリ。


 差し詰め鑢状大剣ファイルソードといったところかな?


 というか、いいだろ? と言われても、良しあしなんて分かるわけがない。


「ずいぶん変わった剣だね。でも以前はもっと身の長いやつを使ってなかったっけ?」


「あぁ昔はな。けどこいつの方が力も入るしよ。勝手がいいんだ。これなら税関も通るしよ」


 うん、無理だと思う。


 それにハウアさんの腕力なら、武器なんて使わなくても、充分圧倒できるでしょ。全身必殺武器みたいなもんだし。


「おっと、参ったなぁこりゃ。雨が降ってきやがった」


 外を眺めていたレオンボさんがふとガラス戸を叩く音に気付いた。


 僕も様子が気になって、窓の外を見た矢先、目の前が光る。唸り声のような轟きが、屋敷を揺らした。


「考えたな。これなら雨音で足音は消せるし、足跡も消せる」


 たちどころに強まっていく雨脚に紛れて、刻限を知らせる鐘の音が響き渡る。


 僕は呼吸を整え、象気を練り上げて、いつでも動けるように身構えた。


 次第に張り詰めていく空気。そして――フッと霊気灯の明かりが消える。


「ハウアさん。これはっ!?」


 反射的に僕等は背中を合せて周囲の警戒を始める。


「来るぞ! 油断すんなよ! おっさんもな!」


「俺は銃が苦手でな。今日は投げ矢ダーツしか持ってきてねぇ」


「はあっ!? 使えねぇ……俺様達の後ろに隠れてろ」


 もっと早く言ってほしかったけど、今はそんなことに気を割いている余裕も無い。


 突如窓ガラスから激しい稲光が差し込み、屋敷内を青い光が満たし――息を飲む。


「そんな馬鹿な!? 一体いつ!?」


「どういうことだよ! おっさん! あの検知器全然反応してねぇぞ!?」


 見上げた先のシャンデリアの上には既に《心臓喰らい》の姿があった。


「知るかっ!? くそっ! 役に立たねぇじゃねぇか!!」


 完全に不意を突かれ、いつもは飄々としているレオンボさんが珍しく悪態を付く。


 だけど反面、戦慄しながらも酷く冷静になっている自分に気付いた。


 恐怖を感じていない訳じゃない。


 むしろ胸は闘志で熱く燃え、頭は冷ややかだ。初めての命のやり取りに、気がどうにかなってしまったのかも。


 象術使いは常人より夜目が効く。体内の象気が活性化しているため、視覚にも影響を及ぼしているからだ。


 更に象気を瞳に集中させれば、夕方ぐらいの明るさではっきりと――見えたところで僕は再び息を飲む。


 《心臓喰らい》は1体だけじゃなかった。他に5匹もいる。


 レオンボさんの投げ矢が《心臓喰らい》の脳天に突き刺さる。


 しかしすぐに傷口は塞がり排出された。やはり秘銀製の武器か、『天』の象気以外効果が薄いみたい。


「やっぱり無駄か……」


「だから下がってろって言っただろ! おっさん!」


「そうだな。あんましいい所を奪うのもわりぃしな。あとは若けぇもんにまかせるわ」


「はっ! ぬかせ!」


 触手を動かし、《心臓喰らい》は獲物を探し始める。


『KYURRRR……』


 何だこいつ? 今薄ら笑いを浮かべなかったか?


 幼い日の記憶が蘇る。1人の吸血種に滅ぼされ、紅蓮の炎に包まれる故郷の光景。


 ――熱い。鮮明に呼び起こされる皮膚を焦がす灼熱。もう怒りが全身を焼き尽くしそうだ。


「ミナト。やれるか?」


「いつでも!」


 既に象気は練り上げてある。


 それに今日は手に、いざという時に師匠が持たせてくれた手甲【日天甲】を嵌めてある。


 これは紅燐石と日霊鉱の鋼線を特殊な編み方で織ることで、象気を纏うことができるようにしたものだ。


「おっさん。俺様達が奴らの相手をする。2階からの援護、頼んだぞ!」


「あいよっ!」


 ハウアさんの言葉に反応した《心臓喰らい》が一斉に振り返り、襲い掛かってきた。

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