第19話 『蠢く』異形のものたち! 今こそ力を見せるとき!

 怒濤の如く押し寄せる触手を全て躱し、天の象気を込めた拳を叩きつける。


『GYURッ!!』


 心臓喰らいの頭蓋が爆散する。


 僕は生物が好きだ。未来に向かって努力している姿が愛おしい。


 弱肉強食の自然界で動物が人間を喰らうこともある。だけどヴェンツェルの傀儡である《心臓喰らいこいつら》は違う。


 存在してはいけない。そんなことを決めるなんておこがましいとは分かっている。この世のあらゆる生命は等しく尊いとさえ思っている。


 だけど《心臓喰らいこいつら》だけは許せない。


 どうしてもそうは思えない。だから人に害を及ぼす《《心臓喰らいこいつら》を殺めることを躊躇ためらいはしない!


「まずは1匹」


 仲間がやられ、怖気づいたのか、後退っていく《心臓喰らい》達。


「逃がさねよ」


 怯んだ隙にハウアさんの回転式拳銃リボルバーが火を吹く。


 秘銀の弾丸が《心臓喰らい》の頭部を貫き、あっという間に3匹を蹴散らす。しかし銃声が一発しか聞こえなかった。


 全て正確に頭部を撃ち抜いて、なんという恐ろしい精度の早撃ちクイックドロウ


 やっぱり所詮ケモノか。操られていても死の恐怖を感じるらしい。


 残りの2匹が飛び掛かってきた――その刹那。爆風のような白煙が噴き上がり、屋敷中を覆いつくす。


「な、なんだいったい!? この匂いは――煙草!?」


 まさか!? これは!?


「待たせたな! ハウア、坊主。俺の【煙】で奴らの動きを止めた! 今のうちにやれ! 象気を込めた目なら、その中でも見えるはずだ!」


 なるほどこれがレオンボさんの象術か。【煙】の象術なんて珍しい。


 レオンボさんの言う通り、紫煙が絡みつく《心臓喰らい》の姿をはっきりと捉えることが出来た。


「行くぞミナト!」


「いつでも!」


 今度は足へとの象気を集中させ、上半身のバネと反動を利用した回し蹴りの三連撃。滅血拳の唯一の足技、【譜斑脚プラージュ】を叩きこむ。


 昔師匠せんせいが話してくれた。【天】の象気は吸血種にとって絶対的な弱点だって。


 基本暗闇でしか生活できない吸血種ではあるが、まれに太陽の光を克服した吸血種もいる。それらに対しても有効であると。


 故郷を襲ったのがまさしくそれだ。人と見分けが付かなかったことで、村の皆は一切疑わず吸血種の旅人を迎え入れてしまった。


 結果。騙され、貪り食われた。当時は為す術がなかった。だけど今は象術を会得し、それを見破る眼も、滅ぼす力、【滅血拳】がある!


『KYURRRRUAAA――――ッ!!』


 渾身の蹴りで、《心臓喰らい》の頭部を粉砕する。


 弾け飛ぶどす黒い血の舞う中、ゆっくりと息を吐いて呼吸を整えた。


 構えを崩さず、神経を研ぎ澄ませ警戒を怠らない。路地裏の時のような同じ過ちを二度も犯すもんか。


 次第に晴れていくレオンボさんの【煙】。目の前にいる敵は全て倒したが、どうも胸騒ぎがする。


「終わった?」


「いや、まだみてぇだ」


 ドォンというけたたましい音と共に突如扉が開かれ、大量の《心臓喰らい》が押し寄せる。想像絶する間も無い。


 圧倒的な数。僕は象気を四肢に纏い、殴る。蹴る。何回も臓物が飛び散り、どす黒い血が雨のように降り注いだ。


「何でこんなにっ!」


 多人数戦闘に慣れていない所為か、一瞬でも気を抜いたら飲み込まれそうだ。幸い攻撃の速度は遅い。かわしながら反撃を入れるのも容易い。


「ミナトっ! そっちに行ったぞっ!」


 直ぐ近くで珍しく血相変えたハウアさんが叫んだ。振り返ると2階に登ろうとする《心臓喰らい》が1体。


『KYURRUA――ッ!!』


「甘いよ!」


 背後からなら仕留められると思ったのか。


 伸ばしてきた1体の触手を掴んで振り回し、周りにいた数体ごと蹴散らす。そして駆けあがっていた《心臓喰らい》へ叩きつけた。


「破っ!」


 ぶつかった衝撃で怯んだ隙を突き、2匹まとめて頭蓋を蹴り砕いた。


 クソっ! またまだ外から! 次々と!? なんて勢いだ!?


「いったいどんだけいるんだ!」


 1匹1匹は大したことはないが、数がいると僕等も流石に疲弊してくる。


 完全に修行不足。こんなことになるんだったらもっと修練を積んどくんだった。


 師匠の言いつけ通り毎日欠かさず鍛錬し、ハウアさんにも鍛え直して貰った。結局毎日鍛えているだけで満足していたのかも。


 息を切らせていると突如、《心臓喰らい》達の動きが止めた。


「ありがとよミナト! お前のお陰で時間が稼げたっ!」


 いつの間にか尋常ではない象気が空間に渦巻いている。まるで大気を歪ませるほどの圧力に奴らは恐れおののいているようだ。


 そしてその力の奔流はハウアさんの鑢状大剣に収束する。


 ハウアさんの性質は【月】だ。それは満ち欠けのように、象気を溜めるにつれ加速度的に増大していく。


「ミナト! 上手く避けろよっ!」


 薙ぎ払われる瞬間、僕は反射的に上に飛んだ。


 燐光のような一閃。


 数多の三日月の斬撃が《心臓喰らい》を柱や扉、壁もろとも粉砕する。牙朧門がろうもん暁月閃覇インヴァーサ・ファルチェディ】。


 牙朧門の裏技の一つ。久しぶりに見たけど、凄まじい。


 昔より格段に威力と斬撃範囲、速度も増している。事前にハウアさんが叫んでくれなかったら、きっと躱すことは出来なかった。


 脳を切り刻まれ、格子状にバラバラにされては、流石に。《心臓喰らい》は黒い血の海と化した玄関広間で暫くのたうちまわるも、すぐに動かなくなった。


「やりましたねっ! ハウアさん!」


 ハウアさんの下へ駆け寄ったけど、何故か手を突き出して止められる。


「まだだ。油断するのは早ぇ、見ろ」


 とハウアさんは半壊した扉を指し示す。


 その先には闇がうごめいていて、まだ終わっていないことを悟る。さっきとは比べ物にならない数の心臓喰らいの大軍だった。


「ざっと50といったところか? 半分ぐらいはまぁ余裕でなんとかなるか――」


「だったら僕の大技で何とかするしか……」


「やめとけ。あれは日が昇ってねぇと使えねぇし。今のてめぇじゃ練りも溜めも甘ぇから不発だろうよ。成功したのはガキのときの1回だけだろ?」


「うっ! でもあれ、どうするんだよ?」


「決まってんじゃねぇか。体力が尽きたら、今度は気力っ! 根性でどうにかすんだよっ!」


 師匠がよく口にしていた台詞。大量の《心臓喰らい》が今まさに大波となって押し寄せようとしているんだ。悩んでいる暇なんかない。


「ああ! やってやるさっ!」


 呼吸を整え、もう一度象気を練り上げた。さっきよりも濃く、強く。重心を落とし、足腰でしっかりと大地を捉え構えた。


 僕等は怒濤のような《心臓喰らい》の集団を迎え撃つ。それはまるで恐怖に駆られた象の暴走スタンピード


 最早目と鼻の先までといったその刹那。


 僕へと襲い掛かった1匹が眼の前で縦に真っ二つになった――それだけでは終わらない。


 更に銀閃は蜿蜒屈曲しながら、文字通り瞬く間を《心臓喰らい》を根こそぎ切り刻んでいく。まるで獲物を貪り喰らう蛇のような斬撃。


 確実に首だけを狙いを定め一撃で絶命させている。


 何よりも目を奪われたのは、その煌く薄刃の優雅さ、精錬された剣捌き。


 そして黒血舞う月下に舞い降りた乙女アルナだった。

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