第31話「侵入者だと……?」


 ケイレブが警戒心を解いてから、とても過ごしやすくなった。

 話しかければ素直に答えてくれるし、なんだか犬に懐かれた気分だ。

 ライリーもそんなキャロルとケイレブの様子に「二人とも打ち解けられて良かった」と笑っていた。


 ライリーとキャロルが東の砦に滞在するのは三日間の予定だ。

 今日がその最終日で、明日の朝には砦を出ることになっている。


 キャロルは昨日見て回れなかった砦内で育てられている野菜を見るために、砦の端の方にある畑へケイレブに案内してもらうことになった。


「それでは、ケイレブも一緒に首都に戻るのですね」

「はい。首都に戻ったところで、僕は正式にキャロル様の護衛に任命されることになっています」

「ジェシカ様ともお会いに?」

「どうでしょう……まあ、城で会えば話くらいはしますけど」


 素っ気ないケイレブの態度にキャロルは戸惑う。

 そして、ベンがジェシカとは今はあまり仲がら良くないと言っていたのを思い出し、ケイレブの態度にも納得する。


「わたしの護衛なのですし、これからジェシカ様とお会いする機会も増えそうですね」

「そう、ですね……」


 あまり気乗りしない様子でケイレブは答える。

 これは姉弟仲を良くするのは大変そうだと、キャロルは内心で肩を竦める。


(まあ、時間が解決することもあるでしょうし……この姉弟のことについては放っておくのが良さそう)


 キャロルの護衛をするだけなら、姉弟仲が微妙でも支障は出ないだろう。


 そんなことを考えているとき、突然門の方が騒がしくなった。

 どうしたのだろうかと、ケイレブと顔を見合わせる。

 ケイレブは耳を澄ませるように少しの合間目を閉じ、すぐに開いた。


「キャロル様、一旦砦の中に入──」

「──見つけたぞ、キャロル王女!」


 知らない声に自分を呼ぶ声にキャロルは身を竦める。

 ケイレブは素早く動き、自身の背にキャロルを隠す。


「何者だ!」

「おまえに用はない。用があるのはキャロル王女だけだ」

「なに……?」


 ケイレブの背後から少し顔を出し、ケイレブが対峙している人物の姿を覗き見る。

 異国の衣装に身を包んだ、少し濃い肌色の少年。身なりの良さからして、貴族か資産家の子どもだろう。


「こんなところでもたついているわけにはいかない……キャロル王女!」


 そう叫んで少年がケイレブとキャロルの方に向かって走ってくる。

 ケイレブは腰に吊るしていた剣を素早く引き抜き、構える。


 これもキャロルの不運のせいだろうか。

 そんなことを考えながら、キャロルは両手を胸の前て組み、成り行きを見守った。




          ☆




「侵入者だと……?」


 ライリーがその知らせを受けたのは、軍の会議の最中だった。

 慌ててやってきた兵士から詳しい話を聞き、ライリーの眉間に皺が寄る。


「この砦に侵入するなど、なんて無謀な輩だ……!」

「すぐに捕まることもわからないバカなのか?」


 会議に参加していた者たちが口々にそう言う。

 誰もがその侵入者はすぐに捕えられると信じているのがわかる口ぶりだった。


 だが、ライリーには一つ懸念があった。


(今、ここにはキャロルがいる……不運姫と呼ばれる人が)


 キャロルの運の悪さは、王城にいる者なら誰もが知っている。いや、運が悪いことだけなら、きっとこの砦にいる者だってなんとなくわかっているだろう。


 だが、きっと彼らは知らない。キャロルが今までどれだけ不運な目に遭い続けてきたか。

 キャロルの兄アルフィや、実際に王城でキャロルの世話をしている者、彼女の侍女であるエフィから散々キャロルの不運な出来事を聞かされてきた。


 そんなキャロルのいるときに侵入者。

 侵入者が入り込むことは稀にあることだ。侵入者されないように経路を塞いだり、人を配置したりしてはいるが、完璧な対策とは言いきれないだろう。それに、この砦は今も増築中である。隠れた侵入経路もある可能性がある。

 彼女が侵入者と遭遇する可能性は、ないとは言えない。


(キャロルの不運さはバカにできないからなあ……)


 すぐに捕えられるのだろうというムードの会議室で、ライリーは立ち上がる。


「会議は一時中断だ。私はキャロル姫の様子を見てくる。皆はここで待機を」

「しかし殿下、この砦内でキャロル姫が侵入者と遭遇する確率は低いのでは……キャロル姫がおられる棟は侵入者が現れた門から離れています」


 もっともな意見にライリーは「その通りだな」と頷く。それに皆一様ほっとした顔をしたが、ライリーはそのあとに言葉を続けた。


「だが、思い出してほしい。キャロル姫の二つ名を」

「キャロル姫の二つ名……? 確か……」


 そこで、皆が「あ」と声を揃える。


「わかっただろう? では、行ってくる」


 そう言って会議室を出ていったライリーを、会議室にいる者たちは黙って見送ったのだった。




 ライリーはキャロルのいる棟へ向かった。

 その途中で兵士たちが慌てた様子で反対方向に向かっていくのを何度も見かけた。

 侵入者は存外手強いようで、兵士たちも苦戦しているようだ。これはきちんと指揮をとるべきかもしれないと頭の片隅で思いながらも、足はできるだけ速く動かす。


 そして案の定、キャロルが寝泊まりしているはずの部屋にキャロルの姿はなかった。

 代わりにエフィが出迎え、不思議そうな顔をする。


「ライリー殿下、どうされました? 確かこの時間はご予定があるのでは?」

「ああ、そうなんだが……キャロルはどこへ?」

「姫様なら、ケイレブ様と一緒に畑へ向かいました」

「そうか、ありがとう」


 ライリーはエフィに礼を言って部屋を出る。


「殿下……畑の方は侵入者が現れたという門から近いのでは……?」

「ああ……嫌な予感が当たってしまった……」


 こういう予感は極力外れてほしいと心から思う。

 キャロルの不運は、今まで彼女に怪我を負わせるようなものはなかったそうだが、これからもそうとは限らない。


「急いで畑の方に向かおう」

「了解です」


 どうか無事であってくれと祈りながら、できる限り急いで畑の方に向かうと、人だかりができていた。

 だが、緊張感は感じられず、むしろ皆困惑している様子だった。


「どうかしたのか?」


 ライリーが近くの兵士に尋ねると、兵士は慌てて敬礼をして答える。


「はっ! それが……侵入者がキャロル姫に……」


 まだ兵士はなにか言いかけていたが、ライリーは話を最後まで聞かずに人の間を掻き分けて前に進む。

 心臓が嫌な音を立てる。

 最悪の予想をしながらたどり着いた人だかりの最前列。そこでライリーが目にしたのは──。


「お願いいたします、キャロル王女! どうかオレを兄君──アルフィ王太子殿下に紹介してください!」


 そう言ってキャロルの方へ向かって頭を地面につける勢いで下げた、異国の衣装を身にまとった少年の姿だった。


 なにがどうしてこうなった。


 ライリーはそっと空を見上げると、忌々しいほどに青く澄んでいた。

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