第30話「感動しました!」


 ケイレブを紹介されたあと、ライリーに砦内部を案内してもらった。

 しかし正直なところ、ケイレブの視線が気になって、ライリーの案内もあまり頭に入らなかった。


 砦に着いた翌日、ライリーは仕事があるからと別行動をすることになっている。

 キャロルは訓練所や会議室のある棟以外は自由に見て回っていいと言われていたので、まずは図書室に行ってみることにした。


 そこに行くにもケイレブは黙って後ろをついてくる。その刺すような視線がいたたまれなく、キャロルは振り返ってケイレブに言う。


「あの……ケイレブ様、付いてこなくても平気ですよ? 施設内を歩くだけですし……」

「あなたの護衛として傍に控えることが僕の仕事です。施設内であっても危険はゼロでありません。煩わしいでしょうが、どうかご容赦を。ライリー様からもキャロル様をよろしく頼むと言われていますので。それから、僕のことはケイレブとお呼びください。ただの護衛の身ですから」

「は、はい、わかりました」


 どうやらキャロルから離れる気はないらしい。

 おそらくキャロルの不運体質のことを知っていて、それゆえに警戒をしているのだろう。

 それは理解できるのだが、あの刺すような視線はいったいどういうことだろう。あれは明らかにキャロルに向けられたものだ。


(ライリーに相応しいかどうか見定められているのかしら……彼、とってもライリーのことが好きみたいだし……)


 それはそれで緊張する。

 これでもし、ケイレブがライリーに相応しくないと判断したら、どうなるのだろう。

 ケイレブが認めなかったからといって、すぐになにか起こることは考えられないし、それによってライリーとの婚約が解消されることもまずないだろう。


 だけど、この先とてもやりづらくなるのは目に見えている。そのせいでライリーとケイレブの関係が拗れることになったら大変だ。


(まだ会ったばかりだもの……まだこれからだわ。少しずつでも、ケイレブに認められるように頑張らなくては)


 キャロルはそう気合いを入れ直し、図書室に向かって再び歩き出した。


 図書室に行って中を確認するまでは、とても順調だった。図書室を出たところで、そういえば花壇が裏手の方にあったことを思い出し、そちらに向かうことにした。


 そこからが、散々だった。


 キャロルの持ち前の不運さを発揮し、まずは鳥の糞を落とされた。敵襲と勘違いして構えたケイレブにただの鳥の糞だと説明し、先に進む。


 その次に、急に水がキャロル目掛けて降ってきた。

 日頃の習慣で日傘をさしていたため、キャロルに被害はなかったけれど、ケイレブは少しかかってしまったらしい。遅れて落ちてきたバケツを見事にキャッチしたケイレブにキャロルは拍手を送った。

 すぐに誤ってバケツを落としてしまった掃除中の見習い兵がやってきて、すごい勢いで頭を下げた。それを許し、次は気をつけてと言い残してまた歩き出す。


 その次は、厩舎から脱走した牛と豚と鶏がキャロル目がかけて突進してきた。

 さすがのキャロルもこれには驚いた。ケイレブが助けてくれたお陰で怪我をすることはなく、牛たちも追いかけてきた兵士たちに無事に保護され、事なきを得た。


 今日はやけに不運が続く。

 ライリーと一緒にいて不運が抑えられていた反動だろうか。だとしたら、今頃ライリーも強運が発揮されているのかもしれない。


 そんなことを考えているうちに、ようやく目的の花壇に着いた。

 丁寧に手入れがされているようで、雑草が生えている様子もなく、綺麗に花を咲かせている。


「これは……キクの花ね。こちらはサフラン……薬になるお花ばかりだわ。あら、アロエもあるのね」


 やはり軍の施設だから、こういう花にしたのだろうか。どちらも解熱作用や鎮痛作用のある花だ。アロエは切り傷などにつけることで傷の治りを早くする効果がある。どれも怪我の絶えない軍人にとっては必要な薬になる。


「お詳しいのですね」


 黙ってついてきていたケイレブが口を開く。

 視線の圧は変わらないけれど、ほんの少し雰囲気が柔らかくなった気がする。


(雰囲気が柔らかくなったというよりも……疲れている……?)


 そんなに疲れることがあっただろうか、と思いながら、キャロルは答える。


「昔、薬になる花があると聞いて、興味を持ったことがあるのです。そのとき少し調べただけで、詳しいというほどではないのですけれど」

「そうですか。僕はてっきり、怪我が多くて詳しくなったのかと……」

「怪我が多い……?」

「ああ……いえ、こちらの話です。キャロル様はいつもこのような毎日を過ごされているのですか?」


 キャロルはケイレブの言うことが一瞬理解できず、戸惑った。

 しかし、すぐにケイレブの言う『このような毎日』というのはキャロルの不運のことを指しているのだと察した。


「今日は比較的に不運な出来事が多い方ですけれど……外を歩けば高確率で鳥に糞を落とされますし、なにかしらのトラブルに巻き込まれることが多いですね」

「今までのトラブルもキャロル様にとっては『よくあること』なのですか?」

「ここまで続けてはあまりないですが、一つ一つのトラブルだけを見るなら『よくあること』です」

「そうですか……」


 ケイレブはそう呟いて少し俯く。

 そんなケイレブの様子を見て、やはりキャロルのこの不運さは他人からして見れば異常なのだ、と思い直す。


 ライリーのおかけで、この不運に対して卑屈になることは大分減った。けれど、やはりキャロルの不運は厄介で、人に迷惑をかけるものだ。

 ケイレブがキャロルの不運さを気持ち悪いと思っても仕方のないことだ。


 そうは思っても、傷つかないわけではない。

 できれば嫌われたくないと思ってしまうのは、きっとキャロルの弱さだ。そんな弱い自分に嫌気がさす。


 キャロルが自己嫌悪を陥っていると、唐突にケイレブが片膝をついた。


「えっ。ケ、ケイレブ……? どうかしましたか……?」

「……僕は正直、あなたのことを舐めていました」

「はい……?」


 唐突なケイレブの告白にキャロルは目を白黒させる。


「『不運姫』なんて呼ばれているのも、甘やかされて育って、ちょっとしたことで騒ぐからそんな呼び名がついたのだと思っていました。そんなあなたと僕の敬愛するライリー様が婚約するなど、なにかの間違いか陰謀だと思いました」

「……」


 なんと反応すればいいのかわからず、とりあえずキャロルは黙ってケイレブの話を聞くことにした。


「ライリー様は陰謀なんかに負けるような方ではないという気持ちと、甘やかされて育てられた姫君なんかにライリー様が婚約を申し込むはずがないという気持ちで葛藤していました……ですが、こうして実際にキャロル様とお会いし、短い間ですが共に過ごさせていただき、納得しました。キャロル様ならばライリー様が婚約を申し込んでもおかしくない、と」

「そ、そうですか……それはよかったです……」


 少し釈然としない気持ちになりながら、キャロルはそう答えて笑みを作った。

 その笑みが若干ぎこちなく見えてしまうのは許しほしい、とキャロルは思う。


「どんなトラブルにも冷静さを失わないその胆力! 普通の姫君ならば倒れてもおかしくないような状況でもキャロル様は平静でした。特に牛たちが突進してきたあのときは、並大抵の人間ならば気絶していたでしょう。それなのに、僕や周りの人間の安否を気にかけてくださるその優しさ! 僕は痛く感動しました! そしてライリー様が『くれぐれもキャロルを頼む』と僕に頼んだ理由もよく理解しました! これからは誠心誠意キャロル様に尽くし、必ずお守りいたします!」


 興奮した様子でそう宣言したケイレブにキャロルは苦笑いをする。


(全部、よくあることだから平気だっただけなのだけど……)


 ベンにケイレブのことを聞いたとき、「赤い犬」という回答をもらったが、その意味がよくわかった。今のケイレブの背後には、勢いよく左右に振るしっぽの幻が見える。


 なにはともあれ、彼の中でキャロルは『合格』したようだ。


「さあ、キャロル様! 次はどちらに行かれますか?」


 認められれば楽だと言ったベンの言葉はその通りだった。

 これでなんとかケイレブと上手く付き合っていけそうだと、キャロルはほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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