第29話「お会いできて光栄です」


 東の砦に列車が到着し、キャロルは砦に足を踏み入れた。

 列車の窓から見えた東の砦と呼ばれるこの場所は、『砦』と言うよりも『要塞』に近い規模だと思ったが、部屋へと案内される最中でそれは確信に変わった。


 ライリーはなにかやることがあるようで、あとで砦の案内を約束すると言って別れた。

 今はベンが簡単に説明をしてくれている。


「こちらの棟が宿所になります。各兵士たちの部屋もこちらに。キャロル様もこちらの客室に泊まっていただくことになります。もちろん、兵士たちは階は別です」

「はい」

「向かいの棟にあるのは食堂です。食堂の上の階にはちょっとした図書室や休憩室が設けられています。その食堂の向こうにある棟は訓練所、さらには軍事会議を行う棟などありますが、詳しくは殿下が案内されるそうなので、俺からはこの程度に」

「はい、案内ありがとうございます」

「他になにか聞いておきたいことはありますか?」


 ベンにそう問われ、キャロルはふと思いつく。


「あの……こちらにはジェシカ様の弟君がおられると聞いたのですけれど……」

「ああ、ケイレブですね。いますよ」

「そのケイレブ様はどのような方なのでしょう? ジェシカ様やライリーに聞いてもはっきり答えてもらえなくて……」

「……ああ、なるほど……確かに殿下は答えづらいでしょうね……」


 ベンはそう言うと、少し考えたように腕を組み、すぐに口を開く。


「そうですね……外見の話からすると、ジェシカ様の弟だとすぐにわかりますよ。よく似ておられるので」

「そうなのですね」


 それは親近感が湧きそうだ、とほっとする。

 そしてジェシカに似ているということは、ライリーと同じように厳つめの見た目をしていないということだろう。


「そしてケイレブの性格ですが……簡単に言えば、殿下の犬です」

「……犬?」


 唐突に出てきた動物にキャロルは首を傾げる。

 おそらくはライリーに忠実だと言いたいのだろう。しかし、だからと言って大貴族の息子を犬と喩えるだろうか。


「ええ。まあ、会えばわかると思いますが……ケイレブはとにかく『ライリー殿下至上主義』です。昔はジェシカ様と仲の良い姉弟だったそうですが、ジェシカ様がアデルバート様とご結婚されてからは少し距離が遠くなったそうです。本人曰く『姉上は裏切り者だ! 僕も殿下の兄弟になりたかったのに!』とのことです」

「……それは……」


(なかなか面倒くさそう……)


 ジェシカが「面倒くさい」と言っていた意味がなんとなくわかってきた。


「殿下に異を唱えると、ケイレブにすごい目で睨まれますし、文句を言われます。俺も目の敵にされていましたからねえ、いやあ大変だったな……」


 ベンはそう言って遠い目をした。

 ベンはライリーの副官で、現在ライリーに一番近い腹心と呼べる存在だ。

 そんな相手にケイレブが嫉妬するのは、なんとなく想像できる。


「だけど、一度認められたら楽ですよ。きちんと話も聞いてくれるようになりますし。キャロル様もきっと大変でしょうけれど、頑張ってください」

「ま、待ってください……もしかして、わたしも嫉妬の対象になるのですか……?」

「……おそらくは……まあ、とにかく殿下の言うことは絶対守る男なので、殿下から一言頼むと言われれば被害はそれほどないかと思います」


 そう言ってそっぽを向いたベンに、キャロルは疑いの目を向ける。


(被害はそれほどないと『思います』だものね……それってあくまで自分の主観で、実際どうかはわからないってことよね……)


「こちらがキャロル様のお部屋になります。俺は外で控えているので、なにかあったら声をかけてください」


 話を逸らすように、ベンはにっこりとして部屋のドアを開ける。

 キャロルはケイレブに対して大きな不安を抱きながら、部屋に入ったのだった。





 エフィが荷解きを終え、お茶を淹れてくれたタイミングで、ライリーが部屋を訪れた。


「着いてすぐに離れてしまって申し訳ない。一通りやることは終えたから、キャロルさえよければ今からここの案内をしたいんだが……」

「とても嬉しいです。ぜひお願いいたします」

「そうか、良かった。だが、案内をする前に紹介したい人がいる」


 ライリーの言葉に嫌な予感がした。

 だけど、断ることなどできるはずもない。キャロルはライリーが手招きする仕草を黙って見つめた。


 ライリーに呼ばれて入ってきたのは、燃えるような赤毛の青年だった。背の高さはライリーよりも十センチくらい大きい。しかし、威圧感はない。それは彼が細身であるせいかもしれない。


(この血筋はあまり体格がよくならないのかもしれないわ……)


 そんなことを思いながら青年を見つめると、彼はキャロルを見るなり思いっきり眉を寄せた。


「キャロル、紹介しよう。ジェシカ王太子妃の弟君であるケイレブだ。ケイレブ、こちらは私の婚約者であるキャロル姫だ」


 ライリーはケイレブの様子に特に反応することなく、普通に紹介をする。

 彼のこの表情はよくあるものなのだろうか。


「……お初にお目にかかります、キャロル様。僕はケイレブ・サンダースと申します。あなたのことは姉から聞いています。お会いできて光栄です」


 まったく光栄と思っていなさそうな顔でケイレブは形式通りの挨拶をする。

 キャロルは、聞いていた通りだと内心で思いながら、なんとか笑顔を作る。


「初めまして……こちらこそ、お会いできて嬉しいです……」

「……」


 ケイレブは瞬き一つせずにじっとキャロルを見下ろす。その視線がとてもいたたまれなくて、キャロルは嫌な汗が出るのを感じた。


「ケイレブはこれからキャロル付きの護衛の任についてもらうことになっている。ぜひ仲良くしてやってくれ」

「えっ。あ、はい……」


(ケイレブ様が……わたし付きの護衛になる……? わたし、上手くやれるかしら……)


 これもなにかの試練なのだろうか。

 それともこれはアデルバートからの、ケイレブに認められないようではだめだというメッセージなのだろうか。


「ちなみに……この任を命じたのはどなたなのでしょう……?」

「うん? 任を命じたのは私だが、志願したのはケイレブだ」

「えっ」


 思わずケイレブを見ると、ばっちり目があった。

 ジェシカよりも深い色合いの瞳は、心なしか白目が血走っている気がする。瞬きをしていない影響だろうか。


 明らかにキャロルに対して友好的ではなさそうなケイレブが、なぜキャロルの護衛として志願したのだろう。


「精一杯職務に努めます。これから、よろしくお願いいたします」

「は、はい。こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします……」


 血走った目のまま敬礼したケイレブに、キャロルはぎこちない笑みを浮かべ、そう返すので精一杯だった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る