第28話「行きたい場所があるんだ」
途中で降りた街で一泊し、砦の前の駅にある街オストエンデに到着した。
この街を見回ったあと、列車は東の砦に向かうことになっている。
オストエンデは活気溢れる街だった。
東の砦に近いからか、軍人らしき人の姿もちらほらと見かけた。
「この街は私が案内しよう。砦に詰めていたときは通っていたからな」
「では、お願いいたします」
今までは案内をしてくれる人が各街で待っていたけれど、この街にはいなかったのはそういうことだったのか、とキャロルは内心納得する。
迷いなく歩くライリーに続くと、街の人たちから声が掛けられる。
「あ、殿下だ。こんにちは!」
「殿下、今回はうちの店に寄ってくれます?」
「殿下、婚約されたって本当ですか!?」
「殿下、今日は新鮮な野菜がたくさん入荷したんで、ぜひ買ってってください!」
その声ひとつひとつにライリーは答えていく。
市民たちとライリーの近さに驚いた。今までの街ではここまで気軽に声をかけられることはなかった。
「この街の住人は殿下に感謝しているんですよ。殿下のお陰で街が占領されてもすぐに取り返せましたし、復興作業もどこよりも早く行ったので」
「そうなのですね」
「街の住人にとって殿下は恩人でもあり、近所の子どもみたいに思っている人も少くないんです。殿下は軍に入られてから、ほとんどの時間をこの地で過ごしていましたから」
ベンの話を聞いて、住人との近さも納得した。
オストエンデはそれほど大きな街ではない。だから、この街に住んでいるほとんどの人が顔見知りということも有り得るのだろう。おそらくその中にライリーも含まれているのだ。
それからも、ライリーは行く先々で街の人たちから気安く声をかけられた。
楽しそうに街の人と会話をするライリーを見て、彼がこの街に馴染んでいるのがよくわかった。
王族でここまで市民に馴染んでいる人物はいないだろう。市民たちもライリーが王族だからと畏まるわけでもなく、少しだけ目上の人に接している感じだ。
そんなライリーを見て、威厳がないと眉を顰める人もいるだろう。だけど、キャロルには街の人と楽しそうに話すライリーが、とても輝いて見えた。
オストエンデはそれほど大きな街ではない。
だから、街を回るのもそれほど時間はかからなかった。
「……最後に行きたい場所があるんだ。付き合ってくれるか?」
街を一通り回ったところで、ライリーはいつになく真剣な顔で言う。
そんなライリーを不思議に思いながら、はいとキャロルは頷く。
(わざわざ聞かなくてもいいのに……なにかあるのかしら?)
ライリーはキャロルの言葉に少しほっとした顔をし、「ありがとう」と言う。
そしてライリーが向かった先は、街の花屋さんだった。
白い花束を購入するのを見守り、花束を持ったライリーが次に向かった場所は、街のはずれだった。
その場所には大きな石碑が置かれていた。石碑にはなにか文字が刻まれているようだ。
「ライリー、この石碑は……?」
「……戦が始まり、砦を落とされたあと、敵軍に真っ先に占領されたのがこの街だった。これは戦争で亡くなった街の人たちを供養するために置かれた石碑だ」
ライリーは石碑の前に設置された台に花を置く。
「今でこそここまで復興されたが、戦争が終わったあとのこの街の有様は酷いものだった……建物は壊され、焼かれ……とても人が暮らせるような状況ではなかった。この先には旧市街があるんだが、そちらは今もまだ復興できていない。取り壊すか、新しく作り直すか……それもまだ検討している最中で、現状は危険だから一般市民は旧市街への立入を禁止にし、軍で定期的に巡回をしている」
「……戦争の爪痕はいろんなところで深く残っているのですね」
「そうだな……まだ完全に復興はできていないし、緊張状態は今もまだ続いている。そんな我が国の状況をキャロルに肌で感じてもらいたくて、ここに案内したんだ。キャロルも一緒に手を合わせてくれるか?」
「はい、もちろんです」
キャロルはライリーの隣に並び、手を合わせる。
戦争というのものの悲惨さを、キャロルは完全には理解できていない。
それでも、ただ数字や文字で見るだけよりも、実際にこうしてこの場を訪れ、石碑を見て、その前に置かれた多くの献花を目にすることで、多くの大切な人が喪われたのだと実感できた。
石碑に手を合わせながら、もう二度と理不尽な目に国民たちが遭わないように、キャロルも精一杯この国に尽くそうと石碑に誓う。
「わたし、ここに来られて良かったです。連れてきてくれて、ありがとうございます」
キャロルがそうお礼を言うと、ライリーは目を細めた。
「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう。ここへ来たら必ず手を合わせると決めているんだ。もう二度と戦争を起こさせないと決意を新たにするためにも」
「わたしにもできる限りのお手伝いをさせてくださいませ。もう二度と悲しい思いをする人が現れないように、わたしも頑張ります」
「ああ、頼りにしている」
ライリーが、優しく微笑む。
二人はもう一度石碑を見つめる。そのとき、二人の手は自然と繋がっていた。
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