閑話休題

第23話オールドメイド【前編】


 唐突にジェシカが言った。「兄弟で親睦を深めるためにお茶会をしましょう」と。


 その提案にライリーは困った顔をし、アデルバートはいつもの渋面をさらに深めた。

 なんとかやめさせようと言葉を紡ぐアデルバートに頷きながらも、ジェシカは「週に一度、月の日に皆の予定を空けるよう、わたくしから頼んでおきますわ」と有無を言わさずに決めてしまった。


 キャロルは、ライリーに頑張れと心の中でエールを送った。兄弟仲を改善するのに良い機会だと思ったのだ。


 ──そう、ジェシカの提案はキャロルの中で完全に他人事だったのだ。

 ジェシカに「キャロル様もよろしくお願いいたしますね」と言われるまでは。




          ☆




「お待ちしておりましたわ」


 ニコニコするジェシカとは対照的に、アデルバートはいつもよりも不機嫌そうな顔をして座っていた。

 そんな二人の様子にキャロルとライリーは顔を見合せる。

 そして形式的に「お招きいただき、ありがとうございます」とお礼の言葉を述べた。


「まあまあ。堅苦しい挨拶など不要ですわ。わたくしたちは兄弟なのですから。さあ、お二人ともおかけになって。楽しい時間にしましょう」


 ご機嫌なジェシカに「は、はあ……」とライリーが気のない返事をする。そしてジェシカに促されるまま、二人は席へ座った。


「……フン」


 アデルバートの前の席に座ったライリーに対し、アデルバートはさらに眉間の皺を深めて鼻を鳴らす。

 そんなアデルバートにライリーは畏縮した。キャロルが素直ではないなと呆れていると、アデルバートは小声で「……悪かったな、付き合わせて」と謝った。


 ライリーはハッとした顔をしてアデルバートを見つめた。しかし、気まずいのかアデルバートはライリーから視線を逸らしてどこかを不機嫌そうに見ている。


 本当に素直ではない。

 しかし、アデルバートなりにライリーに歩み寄ろうてしているのもわかるから、キャロルは苦笑するだけに留めた。

 それをアデルバートはしっかりと見ていたらしく、ギロリとキャロルを睨んだ。


「……いいえ。こうして兄上と過ごせる時間をいただけて、私は嬉しく思っております」


 微笑んでそう言ったライリーを見て、アデルバートは目を見開いた。

 そして、プイッと顔を横に逸らし、「……ふ、ふん。そうか」と鼻を鳴らした。


 まるで子どものような照れ隠しに、キャロルは笑いを噛み殺した。

 ちらりと横を見れば、ライリーは不思議そうな顔をして兄を見ており、そんな兄弟の様子がおかしくて、キャロルは笑いを抑えるのに必死になってしまう。


 今、声を出したら笑いが止まらなくなる。

 そうわかっているので、キャロルは声を出さないように必死に口元を手で覆い、最近あった悲しい出来事を思い出した。


 自身の不運な出来事を思い返せば、この笑いも引っ込むはず。なにせ、不運な出来事にはこと欠かさないのがキャロルだ。

 ほんの数時間前、中庭を散歩をしていただけで、例のごとく鳥の糞を落とされ、どこからか侵入した鶏に追いかけ回されたあげくに転び、そこにちょうど水の入ったバケツがあって水浸しになってしまったのだから。


 自分の不運な出来事を思い出し、キャロルは遠い目をした。笑いは完全に引っ込んだけれど、その代わりにとてもやるせない気持ちになってしまった。


 黄昏ているキャロルに気づいたライリーが「どうかしたのか?」と不思議そうに声をかけてきた。

 それにゆるゆると首を振り、力なく微笑んで「……いいえ、なんでもありません」と答える。


 そのすぐあとに、キャロルたちを出迎えたあと席を外していたジェシカが戻ってきて、キャロルたちを見て楽しそうに「まあ、まあ、まあ!」と声を上げた。


「わたくしがほんの少し目を離した隙に皆様仲良くされていたようね? ずるいわ、わたくしも仲間にいれてちょうだいな」

「……どこをどう見てそんな解釈に……?」


 ライリーの呟きに、キャロルは大きく頷いた。

 アデルバートはそっほを向いたままだし、キャロルは先ほどの不運な出来事を思い出して黄昏ていたし、ライリーはそんな二人にどう反応すべきか戸惑っていた。

 そんな状況のどこが『仲良く』見えるのだろうか。実に謎だった。


「あら。だって、少し前ならもっと硬い雰囲気だったはずよ。でも今は、各々独自に反応を取れるようになったくらい気安くなったということなのではなくて?」

「……まあ、そう言わてみれば確かに……」


 ジェシカの言い分にライリーは納得しかけているようだった。

 確かにジェシカの言う通り、以前よりも気安くはなったかもしれないが、だからと言って『仲良く』なったわけではないと、キャロルは思う。

 今の状況はどこからどう見ても『仲良し』には程遠い。


「でもね、バート……その反応はいかがなものかしら? 子どもみたいですわよ」

「なっ……!」


 アデルバートは目を見開き、すぐに苦虫を噛み潰したような顔をした。


「……見てたんだな?」

「ええ、それはもう、ばっちりと」

「……君は意地が悪い」

「あら。今更ではなくて?」

「……」


 ムッとした顔をしてアデルバートは黙り込む。

 ジェシカと一緒にいるときのアデルバートは普段の冷たさのようなものがなりを潜め、どことなく可愛らしい。それはきっと、彼がジェシカに対して絶対の信頼を抱いているからこその態度なのだろう。


 ……ただ単に、ジェシカの方が何枚も上手である可能性も高いが。


「ふふ、バートをいじめるのもそれくらいにして」

「なんだと……?」

「兄弟水入らず、せっかくなのでカードゲームをしましょう」

「……無視するなよ……」


 ガックリと肩を落とすアデルバートに、ジェシカはニコリと笑いかける。

 しかし、特に彼をフォローすることなく話を進めた。


「お互いのことを知るために、オールドメイドをしようと思うのですけれど、どうかしら?」

「オールドメイドか……いいんじゃないでしょうか。ルールも複雑ではなく、あまり運も関係ないゲームですし」


 チラリとキャロルを見てライリーはそう答えた。

 ジェシカは大きく頷く。


「キャロル様もよろしくて?」

「ええ、もちろん」

「……バートもよろしいですわね?」

「……別に構わない」


 立て直したアデルバートはいつもと変わらない調子で答えた。

 それにジェシカはにこりと笑みを浮かべる。


「では、オールドメイドで決まりね! 通常、オールドメイドはクイーンのカード一枚を抜いた51枚のカードで行いますけれど、今回はクイーンを抜かず、代わりにジョーカーを加えた53枚で行います」

「なぜ?」


 不思議そうに首を傾げたライリーに、アデルバートはフンと鼻を鳴らす。


「クイーンを一枚抜くよりも、ジョーカーを一枚を加えた方が勝ち負けがわかりやすい。ジョーカーはペアのないカード──つまり、ジョーカーを最後まで持っていた者が負けということになる」

「その通りですわ。ジョーカーを最後まで持っていたら負け。つまり、自分のところにジョーカーが来た場合、早く相手に引かせるための駆け引きが発生するわけです。こちらの方がお互いを知るためにも楽しそうでしょう?」


 確かにその方がわかりやすい。それに、このメンバーで駆け引きをするのも楽しそうだとキャロルは思った。


「では、わたくしがカードを切りますね」


 ジェシカはメイドからカードを受け取り、慣れた手つきでカードを切っていく。

 そして、各々の前にカードを配った。


 配られたカードの山に手を伸ばし、きちんと揃えてから確認する。

 各々ペアになるカードを机の中央に捨ていき、すべてのペアを出し終えたところで互いに顔を見合う。


「カードは出し終えたようね」


 ジェシカの言葉に頷く。ライリーもアデルバートも同様に頷いた。


「では、どういう順番でカードを引いていくかだけれど……今回はキャロル様から時計回りに引いていくことにしましょう」

「えっ。いいのですか?」


 驚くキャロルに、ライリーは頷く。


「そうだな、それでいいと思う」

「私は誰からでも構わない」


 ライリーのあとにアデルバートもそう答え、それを聞いたジェシカは「決まりですわね」と口角をあげた。


「では、キャロル様、どうぞライリーのカードをお引きになって?」

「は、はい……」


 少し緊張しながら、ライリーを見る。すると、ライリーはニコリと笑い、カードを差し出す。


「どうぞ」

「し、失礼します」


 広げられたカードのうち、真ん中のカードを選んで引く。

 キャロルが引いたカードは手元にあったカードとペアになり、ほっとしながらカードを捨てた。


「次は私の番ですね。兄上、失礼します」

「好きに取ればいい」


 ライリーは迷いなく右端のカードを引く。ライリーもペアになったらしく、カードを捨てた。

 アデルバートはジェシカのカードを引いたがペアにはならなかったようで、少し忌々しそうにカードを自分の手札に加えた。

 続いてジェシカがキャロルのカードを引き、ペアになったカードを捨てる。


 一周して、キャロルの番になる。

 キャロルはライリーの手札のうち、どのカードを引こうかと考えた。


(わたしはジョーカーを持っていない。ということは、ライリーがジョーカーを持っている可能性もあって、この手札の中にジョーカーが紛れているかもしれない……)


 キャロルは自分の運をまったく信じていない。

 だから、勝つためには誰がジョーカーを持っているのかを知り、ジョーカーを引かないように相手の反応を窺うことが重要だ。


(でも……別に勝つ必要はないのよね……負けてもペナルティはないのだし……)


 そう考えてキャロルが肩の力を抜いたとき、唐突にジェシカが言った。


「……そうだわ。ジョーカーを最後まで持っていた人は、一番恥ずかしかった出来事を話すことにしましょう! そういうのがあった方が、ゲームに真剣になれるものね」


 ニコニコとして言ったジェシカが、今だけは悪魔のようにキャロルには見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る