第22話「とっても可愛い人でしょう?」⑧


「……というわけで、あなたとの馴れ初めをキャロル様にお話しして、とても盛り上がりましたのよ」

「なぜそんな話に……」


 頭が痛そうなアデルバートにジェシカは、ニコリと笑う。


「それはもちろん──ライリーがどんなプロポーズをしたのか、キャロル様から聞き出すためよ」


 キャロルはプロポーズの言葉だけは教えてくれなかった。そのため、自分たちの馴れ初めを話すことで、あのライリーがどんなふうにプロポーズをしたのか聞き出したのだ。


「さすが兄弟と言うべきかしら。ライリーも跪いて『結婚していただけますか?』と言ったのですって。とても真っ直ぐで素敵だと思いませんこと?」

「……ひねくれていて悪かったな……」


 そう言って拗ねるアデルバートにくすくすと笑う。


「あなたのプロポーズも、バートらしくて、とても素敵だったわ。でも、そうね……リベンジしたいとおっしゃるのなら、喜んでお付き合いいたしますけれど?」

「……二度目は期待しないでほしいと言ったはずだ」


 半眼になってジェシカを睨むアデルバートに、ジェシカは「そうでしたわね」と惚けてみせた。

 もちろん、わかっていて言ったのだ。


 ジェシカは少しトーンを下げ、真面目な顔をしてアデルバートに言う。


「……ご安心なさって。あなたの病気のことは省いてキャロル様にお話しましたから」

「そこは心配していない。だが……いずれは言わなくてはならないだろう。キャロル王女もまだこちらに慣れておられない。慣れてきたら、王女には知らせなくては」

「……ライリーにはおっしゃらないの?」

「……」


 アデルバートは黙り込んだ。

 キャロルが来たことで、この兄弟の仲も多少改善されている。それがアデルバートは嬉しくてたまらないようなのだけど、もちろん素直ではない彼はそんなことは言わない。


 そんな改善された今の兄弟仲なら、言ってもいいのではないか──そう、ジェシカは思っている。

 そもそも、ジェシカはこのことはライリーにも知らせるべきだとずっと思っていた。

 たった一人の兄弟なのだ。心配くらいさせてあげてといいと、ジェシカは思う。


「……まだ言わない。王女が来て、派閥の情勢がどうなるか、まだ見極めがついていない」

「そう……後悔だけは、なさらないでね」

「心配するな。……いつも後悔してばかりだ」


 そう言ったアデルバートの手に、ジェシカは自身の手を重ねた。


「わたくし、あなたと結婚できて幸せだわ」

「……そうか」

「ねえ、バート。あなたの言う後悔の中に、わたくしのことは含めないでね。わたくしはあなたの傍にいられるだけで、とても満たされているの。あなたの名を呼ぶたびに、幸せなの」


『バート』という愛称はジェシカだけに許されたもの。父親である国王から『アデル』と呼ばれているから、ジェシカに同じように呼ばれるのが嫌だったらしい。


「わたくし、本当に幸せなのよ」

「……何度も言わなくても、ちゃんと聞いている」


 素っ気なく言うアデルバートだが、その耳が赤い。どうやら照れているようだ。


「……弟たちも、私のように幸せになれるといいのだが」


 さり気ない複数形の言い方に気づき、ジェシカは笑いそうになるのを堪える。きっとこれが彼の精一杯なのだ。


「それはライリーとキャロル様次第だわ」

「そうだな……ならば私は祈るだけだ」


 憂いに満ちた表情を浮かべたアデルバートに、ジェシカは力強く言う。


「ライリーたちならきっと大丈夫よ。だってライリーにはキャロル様がおられるもの。鏡写しみたいに似ているけれど、正反対なお方がね」




     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 仕事を終えてキャロルの部屋を訪れたライリーは、いつになく明るい笑顔のキャロルに出迎えられた。


「お帰りなさいませ」


 お帰り、と言われたことに胸が熱くなる。

 今までそんなふうにライリーを出迎えてくれた人はいなかった。


「ああ……ただいま」


 少し照れくさく感じながら答えると、キャロルはニコニコしたまま部屋に通してくれる。

 そしてお茶を勧める。


「こちらのお茶はリラックス効果が高いのですって。お仕事でお疲れでしょう? よろしければお飲みになって?」

「ありがとう、いただくよ」


 一口含むと、花の香りが広がる。

 この花の香りには覚えがあった。


「これは……ジャスミンかな」

「その通りです。ジャスミンの他にも別のハーブが入っているそうなのですけれど……お口に合いませんでしたか?」

「いや、とても美味しいよ」


 そう言って笑うと、キャロルはほっとしたように表情を綻ばせた。


「ところで……今日はいつもよりも機嫌が言いようだが、なにか良いことでも?」

「良いことはありませんでしたけれど……わたしは不運体質なので……」


「今日もジェシカ様とのお茶のときに鳥が侵入してきて……」と話すキャロルに苦笑する。

 キャロルの不運体質はどんなときでも発揮されるものらしい。


「でも、良い話を伺うことができました」

「良い話?」

「はい。アデルバート様とジェシカ様の馴れ初めです」

「兄上とジェシカの?」


(そういえば……お二人の馴れ初めを聞いたことがなかったな……)


 気づいたときには二人は婚約していたし、結婚式では二人と話す時間はなく、そのあとも仕事で城を離れることが多くてずっと聞けず終いだった。


「お二人はどういう経緯で結婚されることになったんだ?」

「それは……ふふ、内緒です」

「内緒……?」


 まさかの言葉にライリーが目を見開くと、キャロルはくすくすと笑う。


「ジェシカ様に口止めされておりますの。でも……これだけはお教えしますね。お二人の愛の架け橋をしたのはライリーです」

「俺……?」


(なにかしたかなあ……)


 まったく記憶にない。

 うーんと記憶を辿っていると、キャロルはニコニコとしてライリーを見つめた。


「ふふ……アデルバート様とライリーは似ていらっしゃらないけれど、兄弟なのですねえ」

「は……?」

「だって、プロポーズするとき、同じようにされたそうですから」

「なんだって……?」


 プロポーズをするときにしたことと言えば──。


「まさか……あの兄上が公衆の面前でプロポーズを……?」

「……違います」


 呆れた目で見つめるキャロルに「冗談だ」と言って笑う。

 あの兄が人目のある場所でそんなことをするとは、ライリーも思っていない。


「プロポーズにしたことか……跪いたくらいしか思いつかないが……まさか?」

「ええ、アデルバート様もジェシカ様に跪いてプロポーズされたそうですよ」

「あの兄上がなあ……」


 正直なところ、あの兄が誰かに跪いている姿なんて想像できない。


「わたし、ジェシカ様のお話を聞いていて、もしかしたらアデルバート様はジェシカ様のおっしゃる通り、とても可愛いらしい方なのではないかしら、と思えてきました」

「兄上が可愛らしい?」


(どのあたりが? 俺にはまったくわからない感覚だな……)


「わたしも正直なところ、アデルバート様を可愛らしいとは思えないですし、むしろ面倒くさい方だなとしか思えないのですけれど……でも、アデルバート様のお話をされるジェシカ様が本当に愛おしそうなので、そうなのかもしれない、と」


 ──バートは本当に面倒くさいところも多いけれど、でもね、それは全部あの人なりの優しさだとか誠実さの裏返しなの。そう思うと、なんて不器用で可愛らしいのかしら、と思えてきてしまって。


 ジェシカはそんなふうに兄のことを語ったのだと言う。


「確かに……兄上はお優しいし、とても真っ直ぐな方ではあるな」

「ええ、ですから、ジェシカ様に『ね、とっても可愛らしい人でしょう?』と聞かれて思わず頷いてしまったのです」

「なるほど」


 その話の流れなら、頷いてしまうのも仕方ない。

 なにはともあれ、兄とジェシカが上手くやっているようでなによりだと、ライリーは思った。


「アデルバート様とジェシカ様……とても素敵なお二人ですね」

「そうだなあ……ジェシカがあんな感じだから、兄上とも上手くやっていけるのかもしれない」

「あら、ライリーはご存じではない?」

「なにが?」


 きょとんとしてキャロルを見つめると、彼女はニコリと笑って言う。


「アデルバート様がジェシカ様を見るとき──とても優しい目をされるのですよ」

「へえ……」


 そうだったのか、とライリーは感心した。

 今度二人と一緒になったとき、よく観察しようと心に決めた。


「わたしたちも、お二人のように素敵な関係になりたいですね」


 キラキラとした目をして、憧れを語るキャロルに、ライリーは心から、「そうだな」と答えたのだった。



〈番外編 おわり〉

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