第7話

「今回はありがとうございました」


 咲紀の姿が見えなくなると浅川がこちらに向き直り、頭を下げた。


「いえ、咲紀さんが元気になってよかったです」

「これで無事解決ですね、中島さん!」

「えっ、うん」


 私の問いかけに中島は言葉を濁らせた。


「あの、余計なお世話かもしれないんですけど」


 手を口元に当て、少し考え込んだ中島は浅川を見て遠慮がちに口を開いた。


「浅川さん、本当は気付いてたんじゃないですか? 咲紀さんの呪いの正体に」

「えっ、そんなこと……」


 中島の言葉に浅川は息を呑んだ。


「浅川さんは僕たちと話をしているとき、咲紀さんの呪いを解けるか、ではなく治せるかと聞きましたね。それは原因が咲紀さん自身にあると気付いていたからではないでしょうか」


 たしかに呪いは治すとは言わない。普通なら解く、と言う方が自然だろう。

 あまりにも当然に言われたので聞き流してしまっていた。


「治せるかと言ったのは咲紀さんの心の問題を解決できるのか、そう思っていたんじゃないでしょうか」

「……私、これでも女優なんですけどね」


 中島の問いにふぅ、とため息をついて浅川は椅子に座り直した。


「咲紀がモデルを辞めたがってるの、本当は気付いてたんです。でも、私は咲紀と一緒に芸能界にいたかった。だから気が付いていないふりをした。咲紀を苦しめていたのは私のわがままです」

「浅川さんは咲紀さんがモデルを辞めるのに反対してるんですか?」


 私が尋ねると浅川はゆっくりと首を横に振った。


「ほんとうは……本心を言うと、続けてほしい。けどあんなに追い詰められているなんて知らなかったから。自分を呪うくらいなら辞めてしまった方がマシね。咲紀がもし死んじゃったりしたら私はどうしたらいいのか……怖くて仕方がないの」


 浅川は震えた手で自身の顔を覆った。

 友人と輝いていたい、だが相手もそう思っているとは限らない。自分の気持ちを優先して友人を苦しめていたことを後悔しているようだ。


「浅川さんと咲紀さんが隣に並んで笑い合うのは、咲紀さんがモデルをしていないとできないことなんでしょうか」

「えっ?」


 中島の言葉に浅川は顔を上げる。きょとんと目を丸くして中島を見つめた。


「僕には親友と呼べる人物はいませんが……一緒にいる理由がなくても隣に居られるのが親友というものではないですか?」

「そ、れは……」


 浅川は俯いて考え込む。しばらく黙りこくったあと、


「ええ、そうね。そうだわ。よし、私は咲紀が決めたことならなんでも応援するわ! だって私は咲紀の親友だもの」


 浅川は先程の咲紀同様、清々しい表情を浮かべて立ち上がった。


「今日は本当にありがとうございました。中島さん、実緒ちゃん、あなたたちに会えてよかった。遅くまで私のわがままに付き合ってくれてありがとう。気をつけて帰ってくださいね」


 浅川はそう言って頭を下げるととホテルに向かって歩き出す。

 咲紀はモデルを辞めてもう表舞台に立つことはないかもしれない。しかしきっと浅川は元気な姿をテレビ越しに見せてくれるだろう。


「中島さんも帰ったら浅川さんの出演したドラマとか一緒に見ます?」

「いいね。見てみようかな」


 そんな言葉を交わしながら私と中島は帰りの電車に乗り込んだ。

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