第五章 祭りと幽霊

第1話

 八月下旬。市民会館横の空き地にはたくさんの人が溢れかえっていた。

 普段はなにもないただの空き地でせいぜい駐車場としてしか使い道のない場所だが、今はたくさんの出店でみせが立ち並んでいる。


 今日は夏祭りの日である。夕方には花火も打ち上げられる予定で、花火がよく見える湖のほとりにはこの会場以上の人が集まるだろう。

 花火の時間にはまだ早く明るい空の下を母親と歩く。


「お父さんは急に仕事が入っちゃって残念ね」


 本来なら家族で来る予定だったが、父は急に呼び出しを受けて出社していった。祭りに行くのを楽しみにしていたから名残惜しそうに家を出て行った姿を見て社会人は大変なんだなと不憫に思った。


「やっぱり浴衣はいいわね。夏って感じがする」


 母は私を見て満足そうに笑う。

 母は普段通りのカジュアルな服装だが、私は例年通り浴衣を着ていた。

 今年の浴衣の色は深めの青だ。夜空の色をそのまま染めたかのような綺麗な色をしている。ちなみに選んだのは母だ。


「かき氷とか食べない?」

「私はレモンがいい」

「お母さんはイチゴね」


 母の問いかけに答えると、母は二人分のかき氷代を渡してきた。どうやら私が買いに行けということらしい。

 人混みをかき分けステージの近くに設置されたかき氷の出店の列に並ぶ。私の前には友人と来ている様子の小学生やカップルが並んでいた。

 この会場には前方にステージが設置されており、地域の有志たちがチームを組んでダンスの発表などをしている。今は近くの高校の生徒たちがダンスを披露していた。

 隣の出店に視線を向けると、りんご飴やいちご飴が売られている。あとで中島に買って行ってあげよう。


 しばらくして自分の番がくるとレモンとイチゴのかき氷を頼む。

 かき氷のシロップは色や香りが違うだけで目を瞑って食べると全部同じ味がするとどこかで聞いたことがあったが、本当なのだろうか。気にはなるが試したことはない。

 出店のおじさんからかき氷を受け取り、母の待つ会場の端へと向かっていると、


「あれ、みーちゃんだ!」


 背後から声をかけられて振り返る。


「隆史くん」


 そこには片手にたくさんのヨーヨーをぶら下げた隆史が立っていた。隣には母親の昭子と祖母のトヨもいる。


「トヨさん、さっきは着付けていただいてありがとうございました」

「べつにいいのさ。似合ってるね」


 お礼を言って、ぺこりと頭を下げるとトヨは笑いながら首を振る。

 トヨとは今日の午前中に一度会っていた。浴衣の着付けをしてもらったのだ。


「実緒ちゃん、このまえはありがとう。お祭りには一人できているの?」

「いえ、母ときています。向こうで待ってるんですよ」

「あら、そうなのね」


 昭子の問いにそう答えながら、私はかき氷を持ったまま母のいる方に手を向けた。


「あれ、麻白はきてないの?」


 ヨーヨーをぽよぽよ跳ねさせながら、隆史が辺りを見渡して不思議そうに首を傾げた。


「マシロちゃん、祭りは苦手みたいでな。祭りの日は家にいるってさ」

「ええー、祭りってこんなに楽しいのになんかもったいないな」

「私は一応あとで中島さん家に行く予定ですけどね」


 京都に行ったときに中島の家で花火を見る約束をしたのだ。花火の時間までは母といる予定だが、花火の始まる時間には出店で食べ物を買って中島の家に移動するつもりだ。


「えっ、じゃあこれあげる。麻白にも渡しといてよ」


 隆史はそう言って黄色のヨーヨーを私に差し出した。受け取ろうにもかき氷で両手が塞がっていて受け取れない。

 見かねた昭子が気を遣って隆史のヨーヨーを袋に入れた。


「いっぱい取れたからさ。みーちゃんにはピンクのあげる!」


 隆史はピンク色のヨーヨーを昭子の持っている袋に入れた。


「ありがとう、隆史くん」

「おう!」


 一度昭子にかき氷を持ってもらい、袋を腕に通す。


「かき氷が溶けちゃうので私はこれで失礼しますね」


 かき氷を受け取るとトヨたちに軽く頭を下げて、母の元に向かう。このままでは食べないうちに氷が水になってしまう。


「遅かったわね。そんなに混んでたの?」

「さっきトヨさんたちに会って、少し話してたの」

「ああ、なるほど」


 母にイチゴのかき氷を渡して、遅れた理由を説明する。

 母は話を聞いて納得すると、かき氷を頬張った。


「ん、冷たいわね」


 人が多く、熱気に溢れている会場で食べているからか、かき氷が余計に冷たく感じる。

 母はかき氷を食べながらステージの方を見ていた。どうやら和太鼓クラブが演奏をしているらしい。周囲に太鼓の音が響いている。

 しばらくは母と共にステージ上の発表を観覧していた。

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