第6話

 公園の中では比較的明るい自動販売機前に設置された休憩スペースの椅子に腰掛けた。


「話の続きといきましょうか」


 風に当たって少しは冷静さを取り戻した咲紀を見て中島が話題をふる。


「ラウンジで咲紀さんはひとりかくれんぼを作り話だと言いましたね」

「ええ、言ったわよ」

「もし本当にひとりかくれんぼが嘘でも、誰かが言い始めた作り話だとしても、それはもう関係のないことなんです」


 中島は咲紀を真っ直ぐに見据えてそう言葉を放った。


「病は気から、という言葉がありますよね。あれと似たようなものですよ。例え嘘や作り話でも、信じればそれは本当のことになり得る」


 浅川は咲紀を心配そうに見つめている。


「咲紀さんの周りにいる霊たちは、咲紀さんの自分を呪うという負の感情に引き寄せられてきたんです」


 怖い話をすると霊が近寄ってくるという話を聞いたことがあるが、あれと似たようなことだろうか。


「咲紀さん、あなたはモデルを辞めたかったのではないですか?」


 黙り込む咲紀に中島は問いかけた。

 咲紀はその言葉を聞いて目を見張る。そして観念したのかゆっくりと頷いた。


「……そう、その通りよ」


 咲紀は静かに語り出す。

「あたしはそもそもモデルなんてやりたくなかったの。でも周りに説得されて、断るに断れなくなったのよ」

「咲紀……」

「広美は言ったよね。咲紀がモデルになったら私も女優として成功させてみせるって……本当にそうなるとは思わなかった」


 咲紀の大きな瞳から涙がこぼれ落ちる。


「広美が女優として成功しちゃったから、余計に辞めづらくなっちゃった」

「咲紀……そんなにこの仕事は嫌だったの?」

「最初は、まあまあ楽しかったよ。でもね、途中でいやになってきちゃって」


 咲紀と浅川は高校時代からの親友だった。

 浅川は昔から女優に憧れがあり、高校に入学した年に運よく街中でスカウトされて事務所に所属した。だが事務所に入っただけではなかなか日の目を見ることはなかった。

 そんなときに咲紀も街中で浅川とは別の事務所からモデルにならないかとスカウトされた。それを知った浅川は喜び、咲紀に一緒にテレビに出ようと言ったそうだ。

 元々整った容姿をした咲紀はモデルとして着実に人気を得て、学生時代はいまいち人気に火がつかなかった浅川も経験を積んで主役の座を勝ち取り、話題の人となった。


 浅川や他の人間から見ると素敵なお話に聞こえるが、咲紀にとってはそうではなかった。咲紀はしばらくしてモデルという職業を辞めたいと思うようになったのだ。

 最初はすべてが新鮮で楽しかった撮影も、慣れるとやりがいが見つけらなくなり、マネージャーとの相性もよくなかったそうだ。

 辞めたい、そう思っても家族や浅川の期待に満ちた眼差しを向けられて身動きが取れなくなってしまっていた。


「だからひとりかくれんぼをしたの。べつに本当になにか起きるとは思ってなかったけど、なにか起きたらいいなってそのくらいの気持ちで。ほら、怪我でもしたらモデルを辞められる……とまではいかなかったとしてもしばらく休みは取れるかなって」


 微かな期待を胸に咲紀はひとりかくれんぼを実行した。


「べつになにも起きなかったわ。勝手にぬいぐるみが動いたりもしなかったし」


 ひとりかくれんぼはなにも起きることなく終わり、咲紀は落胆しながら眠りについた。

 しかしその翌朝、目が覚めるとテーブルの上に置いてあったテレビのリモコンの位置が変わっていたそうだ。

 最初は気のせいだと思っていた咲紀だったが、日に日にポルターガイストが起きる回数が増えていく。


 咲紀が直接怪我をするような危険なことにはならなかったが、こんな身の回りでおかしなことが起きる咲紀を不気味がって事務所は自分をクビにするのではと咲紀は期待した。

 しかしポルターガイストが起きることをマネージャーに伝えたところ、彼は咲紀を霊感のあるモデルとして売り出そうとした。


「やばって思ってさ、とっさに今のは作り話だって言ったら、マネージャーは作家モデルもいいかもなとか言い出したのよ」


 ただでさえ辞めたいのにこのままではもっと売り出されてしまう。咲紀はそう考えてその話をするのはやめたそうだ。


「今のマネージャーはさ、あたしのことを一つの商品としてしか見てくれないの。仕事の量を増やしたり、あたしはいやだって言ったのにテレビの仕事を取ってきたり。それがすごくつらかった」


 咲紀はそう言うと鞄からハンカチを取り出して涙を拭う。


「咲紀……」


 涙を流す咲紀を見て浅川も泣きそうな顔をしていた。


「ごめんね、広美。一緒にテレビに出ようって約束したのに、あたしにはモデルは向いてなかったみたい。あなたの期待が、あたしにはつらかった」

「咲紀さん、このままでは本当に怪我をするかもしれません。ショッピングモールで看板が咲紀さんの近くに落ちてきたでしょう?」

「あ、やっぱりあれ、あたしに落ちてきたんだ。当たんなくて残念」

「咲紀!」

「咲紀さん!」


 咲紀の言葉に浅川と中島が声を荒げる。中島がこんな怒気を含んだ声を出すのは珍しい。


「なんでそんなことを言うの? 私はいやだよ、咲紀が怪我しちゃうなんて」


 浅川は咲紀に泣きついた。


「小さな看板でも打ちどころが悪ければ人は簡単に死んでしまうんです。怪我ではすまないかもしれなかったんですよ」


 どこか楽観的な咲紀の態度に中島は怒っているようだ。普段より語気が強い。


「私は社会経験はないし、この中では唯一未成年で年上の方に偉そうなことを言える立場ではありませんけど、咲紀さんが怪我をしたら悲しむ人はたくさんいると思うんです。どうかそれだけは忘れないで欲しいです」


 一歩、咲紀に近づき頭を下げる。

 私には咲紀の苦しみをなくしてあげることも、周りの環境を変えてあげることもできない。でも他人のためにここまで泣いて、怒れる人が近くにいることには気がついてほしかった。


「そう、ね。あたしだって死にたくはないし」


 咲紀は泣きながら自分に縋り付く浅川の頭を撫でた。


「うん、あたし自分を呪うのはやめるわ! そんなことするくらいならちゃんと自分の口で辞めたいって伝える。きっと家族は残念だって言うと思うけど……このまま黙ってても変わらないものね」


 先程とは打って変わって咲紀は清々しい表情を浮かべている。


「でも今あたしに取り憑いてるっていう幽霊たちはどうすればいいんだろ?」

「あ、ああ。それなら心配なさそうです。咲紀さんに取り憑いていたれいたちなんですが、先程どこかへ行ってしまって。たぶん咲紀さんが前向きな気持ちになったからだと思いますが」

「そっか。あたしの負の感情に集まってきてたから、その感情が消えちゃってどこかに行ったのね」

「こんなこと、僕も初めてですよ。自分で霊を払い除ける人がいるとは」


 中島は驚きながらも咲紀に感心しているようだ。

 いくら力の弱い霊だったからと言って、除霊することなく霊を祓うとはたいしたものだ。


「あたし、もう帰るね。早くホテルに戻って家族に電話しなきゃ。幽霊すら祓っちゃう今の強い気持ちのうちにね」


 咲紀は軽やかな足取りで公園を出て行く。手を振る咲紀に私たちも手を振りかえして見送った。

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