第十七話 雑貨屋の怪奇現象

 店内は、思っていた以上に賑わっていた。

 真新しい木造の店内はその辺の個人商店よりもかなり大きい。昼間でもランプをつけて照明代わりにして、店の中を明るく照らし、店の各所には花が飾られ、よい香りも漂っている。棚の数やそこに並ぶ品数も驚くくらい多い。

 西の大陸で作られた雑貨を輸入し販売しているお店のようだ。並んでいる商品は、ここら辺では見慣れない柄をしたお皿なんかの日用品にちょっとしたアクセサリーまで。雑貨屋というだけあって、様々な商品が取り扱われている。

 そんな店内ともなれば、お店にいるお客も男性よりも女性の方が多くなるのも当然なわけで。

 そうなると、当然……


「うっ……」

 

 お客でひしめく店内でウィルは、どうにも居心地が悪そうだった。

 男性、というだけでも目立つのに、その上騎士団の外套まで羽織っているウィルは、この場では異様とも言える存在感である。


「驚いたよ。まさか、ウィルも同じお店に用があったなんて」


 私達と一緒にいるから多少緩和はされているけれど、もしウィル一人であったら、どんな目を向けられていたか。

 想像するとちょっと笑えてきちゃうな。


「ウィルさん、ウィルさん」

「な、なんだよ、キリエ?」

「このお店に用があったって言ってたけど~ウィルさんってこういう可愛らしい物好きなんだ~」

「べ、別にそういうわけでは……マリーは、そういうの好きなのか?」


 話を逸らす様に私へと尋ねてくるウィル。

 その時、私が手に取っていたのは、丸くて可愛らしい犬が、ちょこんと座っている小さな置物だ。


「うん、興味はあるかな」


 令嬢の身分から追放されたとはいえ、これでも私も女性なのだ。

 こういう小さな小物や可愛らしい食器なんかは見ているだけでも心が和む。どれもオシャレで私のお店が開店する前に知っていたら、きっとここで物を買いそろえていたに違いない。

 ……とはいえなぁ。我が家のお財布事情を考えると、ちょっと手を出しづらいかな。

 すまないね、ワンコ君。君を我が家にお迎えできないんだ。心なしか、キューンと寂しそうな泣き声さえ聞こえてくる気がする。でも、ここは心を鬼にして棚へと戻す。

 すると、その犬の置物へウィルが手を伸ばす。


「私が買おう」

「ウィル……」

「あっそっか~そうだよねぇ~」


 なにやらキリエちゃんがニヤニヤと変な笑みを浮かべていた。


「女性渦巻く敵陣に、騎士様のウィルさんが単身突入するなんて、そりゃあ理由は一つしかないよねぇ~」

「…………ッ!」

「そっかそっか~。麗しの女性にプレゼントか~」


 ウィルの顔が突然真っ赤に。


「お、おいキリエ」

「うふふ、隅におけませんなぁ騎士様も」


 こんな照れた顔するなんて、ウィルも分かりやすいなぁ。普段の落ち着き払った様子と違って、こうして慌てだすウィルの姿もちょっと面白いかも。


「へー。ウィルにもそういう人いるんだね」


 屋根の上に上って見回りするような子供っぽいところもあるけど、ウィルもやっぱり一人の男性なんだな。

 

「な、違」


 ところで、なんでキリエちゃんは急に信じられないものを見るような顔つきになったんだろう? まあこっちもこっちで可愛らしい表情だ。


「そういうことではなくて、これはき――」


 ガシャァァァァァァッン!

 ウィルの慌てふためく言い訳のなか、突然ガラスが落ちる音が響いた。

 一瞬、慌てたウィルが落としたか? なんて思いもしたけれど、どうやらそうではないらしい。

 突然の破砕音に他のお客さん達もビックリし、その場所を注目。見れば、私の隣の棚に陳列されていたガラスのカップが、床に落ちたようだ。

 でも――


「えっ……?」


 そこには誰もいなかった。

 棚の周囲に人はおらず、ウィルがぶつけたわけでもなければ、私だって触ってすらいない。

 これではまるで……。


「なに、あれ……ひとりでに落ちた……?」

「えーなにそれ」

 

 様子を伺っていた他の女性客達。

 そんなヒソヒソとした声がところどころから聞こえてくる。

 でも、聞こえてきた声はそれだけじゃなかった。

 

「………………ァァー……アァー…………」


 まるで人のうめき声。

 明るい店内には似つかわしくない低くおぞましい声が、どこからともなく聞こえてくる。


「え、なになに!?」

「怖い怖い!?」


 お客の一部から幽霊でも見たかのような怯える声が上がり始める。

 そしてついには……

 

「もう出よう、ここ!」

「うん、行こ行こ」


 店にいた何人かのお客が、店から飛び出す。釣られて数名も店を後にし、ひしめき合っていたお客は一気に激減。騒がしかった店内は、とんと静まりかえってしまい、店の活気は一気に霧散してしまった。


「なんだ……今の?」

「さ、さぁ……」


 ウィルとキリエちゃんが不思議そうにしている。

 地震でもないのに、突然棚から物が落ち、人のうめき声のような物が聞こえてきた。これって、まるで――


「ああ、クソまたか!」


 悪態と共に店の奥から、一人の男性が現れた。

 どうやらお店の人らしい。背は低いが少し小太り気味の若い男性。彼は店員にガラスの破片の片付けを命じると、私達の傍へと小走りに駆け寄ってくる。

 

「大丈夫ですか? お怪我は?」

「ああ、はい……でも、私達なにも」

「いえ大丈夫、分かってるんでそこは気にしないで。とにかく怪我がなくて良かった……」

 

 そう言って、大きくため息を溢す。

 すると、ウィルの姿を見ると。


「ん? その格好、アンタ騎士団の方!?」

「あ、ああそうだが」

「頼む、助けてくれ!」


 突然目の色変えて、小さい体でウィルの足へと縋り付く。


「騎士団の人だろ、そうだろ!?」

「あ、あぁ」

「困っているんだ。助けてくれ! 頼む!!」

「わ、分かった。分かったから」


 縋りつく彼が落ち着くまで、僅かばかり時間が必要になった。 







 店の奥はお店の事務所になっていた。

 事務作業用の机の他に、応接用のソファーとテーブルはあるけど、店舗の四分の一の広さもない。そんな部屋に小柄で少し気の弱そうな店主さんとウィルが対面で座り――


「私は、この店の店主のラステルだ。ところで……そちらのお二人は?」

「どもども~」

「ははは……」


 ウィルの背後に、面白そうだからとついてきたキリエちゃんと、それに巻き込まれ苦笑するしかない私もお邪魔させてもらっていた。


「ああ、私の連れだが、気にしないでくれ」

「はぁ……」

「それで、どうされたのです?」


 ゴホンと咳払いをして、ラステル店長が話し出す。


「実は、この店で怪奇現象が起こるんだ」

「怪奇現象?」


 小さく頷くと、店長は話を切り出していく。


「さっき見ただろ? 触ってもいないのに突然棚が揺れたり、商品が落ちたり。そういうのが頻発するんだ……」

「そういえば、人のうめき声みたいなのも聞こえたね」


 キリエちゃんの一言に、ラステルさんもそうなんだよ、と大きく頷く。 


「それだけじゃない。夜中にミシッ、ミシッと誰かが歩くような音が聞こえることもあってな」

「見回りは?」

「当然したさ、でも誰もいない……そんなことばかり起こって、もう困ってるんだ」

「なる、ほど……」


 話を聞いていたウィルが唸る。

 横目でチラリとウィルの表情を伺うと……あまりこういう顔は見たことないな。ちょっと困ったような顔だ。

 すると、キリエちゃんが尋ねた。

 

「ねえ、ラステルさん。インプレッス、って名字もしかして……」

「ああ。オヤジがインプレッス商会の当主で俺はその末息子さ」

 

 すごーい! とキリエちゃんが声を上げて驚くいているけど……インプレッス商会?


「ああ、マリーちゃんはこの街に来たばかりだから知らないか」

「有名な商会なの?」

「この街にはね、大きな商会が三つあってね、そのうちの一つがインプレッス商会。この街が作られた時から続く老舗よ」

「へー」


 そんなすごい商会がこの街にあって、しかもラステルさんはその息子さんとは。世間は狭いな。


「息子と言っても、一番末ではあるがな」

「でも、自分の店を持てたってことは、ラステルさんもかなり頑張ったんじゃないですか」

「そうなんだよ! 独り立ちしてから下積みを重ねに重ねて……ようやく開いた店なんだ」

「はあ……」

「なんとか貿易商と取引して、海外の雑貨品を集めて、ようやく開いたこの店。せっかく客足もついてきたっていうのに……もう散々だ」


 涙ながらに語るラステルさんは、ホントに悔しそう。

 ここまで来るのにすごく苦労したんだろう。私も最近店を出したばかりもあって、その気持ちはよく分かる。それなのにこんな現象に悩まされるのは、さすがにかわいそうね。


「それは大変でしたね、ラステルさん……」


 ウィルも同じく、同情している。


「分かってくれるか……?」

「ええ、ただ……」

「?」

「残念ながら、騎士団としては解決の協力はできないでしょう」


 困り顔は変わっていなかった。


「そんな……」

「我々としてもなんとかして差し上げたいのですが、怪奇現象となると……」


 ウィルの一言にショックを受けて、意気消沈のラステルさん

 さすがにこの問題は、ウィルも騎士団もどうしようもないだろう。

 困り果てたウィルが助けを求めるように、こちらに目を向けてくるが、私にだってどうすることも出来ない。思わず目をそらしてしまう。

 逸らしたついでに事務所を見回してみるが、部屋には調度品や額縁に飾られた絵画など、どれも真新しい物ばかり。窓には曇りも無ければ柱や床に至るまで傷一つ無い。

 ラステルさんも、きっと頑張ってこのお店を建てたんだろう。


「ふっふっふ……お困りですねラステルさん」


 そんな時、キリエちゃんが意味深に笑い出す。


「ですが朗報です。騎士団でも解決できないお悩みに、相談に乗ってくれる人がなんと――この場にいるのです」

「な、なんだって!?」

「そう――この占い師、マリーさんがね!」


 んん?

 ババーンと言わんばかり、キリエちゃんが私を紹介したぞ!?


「ちょ、ちょっとキリエちゃん!?」

「マリーさんの占いでパパッと相談乗ってあげなよ」

「いや、いくらなんでも怪奇現象なんてさすがに……」

「大丈夫大丈夫。怪奇現象も占いもハッキリした物じゃないんだから似たようなもんでしょ」


 キリエちゃん、言い方ぁ!


「それに……ここで相談に乗って上手いこといけば、占いの評判だってあがるでしょ」

「うっ……」

「しかもお相手は、末っ子とはいえインプレッス商会の血縁者、これは太い顧客ゲットのチャンスでしょ~」


 それは……。

 ちょっと……というかかなり、ありがたいかもしれない……。


「ま、マリーさん」

「はい?」

「なんとか、なんとかお願いできませんか……!?」

 


 幸いというか何というか、今日もカードは肌身離さず持っている。やろうと思えば占いもできないことはない。

 縋り付くような目で頼み込むラステルさん。

 期待を寄せた眼差しで、こちらを眺めるキリエちゃん。

 申し訳なさそうにしたまま、なにも言わないウィル。

 これは、仕方ないな。


「……分かりました」


 こうして私は、怪奇現象の占いをすることになった。



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