第十八話 怪奇現象で売り上げが低迷、どうすればいい?

 とりあえずウィルにはソファから離れてもらい、私とラステルさんが応接用のテーブルを挟んで対面する。

 まさか占いで、怪奇現象を解決してほしい、なんて言われるなんてな。


「では、お店で怪奇現象が起こっているとのことですが」

「ああ、売り上げが徐々に下がってきていて困っている。なんとかしてくれ!」


 ラステルさんも必死だ。

 お店を開いたばかりだというし、どうにかしたいというその気持ちはよく分かる。


「なるほど。では、『怪奇現象のせいで売り上げが低迷しつつあるので、今後どうしたらいいか?』という内容で占ってみましょう」

「マリーちゃん、怪奇現象の解決法じゃないの?」


 と、尋ねるキリエちゃん。


「さすがにそれは、占いでもちょっと……」


 占いと言っても万能じゃない。出来ることと出来ないことだってある。


「申し訳ないですが、よろしいですかラステルさん」

「とにかくなんでもいい! それでなんとかなるのなら」


 分かりました。と小さく返事を返し、ホルダーから取り出したカードをテーブルの上へ。

 いつものようにカードをシャッフルしてから、カードを時計回りに混ぜ、ラステルさんにも同じようにやってもらう。


「では、いくつか質問をしますので、混ぜながら答えてください。答えたくなければ答えなくて、結構ですので」


 そしていつものように、占い内容を深く知るため、質問を開始した。


「ではまず、このお店を開いて、どのくらい経ちますか?」

「まだ一週間も経っていない……怪奇現象も店を建てた頃からだ」

「それは、なかなか大変でしたね」


 ふむ。

 そうかと思っていたけれど、やっぱりこのお店、賃貸ではない。しかも新築の建物なんだ。


「どうして、交易品の雑貨屋を始めたんですか?」

「昔、家族と西大陸へ旅行に行ったことがあって、その時からあっちの品に興味を持っていたんだ」

「ご旅行ですか。いいですね」

 

 楽しかったよ。と語るラステルさんの表情は、今までの必死な形相から少し柔らかさが見えた気がした。

 西大陸へ旅行。気軽に聞こえるけど、大陸へ渡るだけでも相当のお金がかかるはずだ。私の元いた家でも、ビリアンのヴェールヌイ家であっても、おいそれと行けるような場所ではない。多分、現世での海外旅行以上に費用がかかる旅行だろう。

 そういう意味では、やはり商会を営むインプレッス家は相当なお金持ちなのだろうな。


「それから下積みの時代に知り合った交易商から、西の大陸の品はこっちだと若い女性に人気でよく売れると聞いてな。こうして店を開いたわけだ」

「こうしてお店を開くことは、ご家族からのご理解はどうですか?」

「家族からの理解? ふっ、面白いことを聞くな」


 どういうこと? と頭を捻っているとキリエちゃんが横から話してくれた。


「あのね、インプレッス商会にはね、ちょっとした伝統があるの」

「伝統?」

 

 キリエちゃんが補足するように語ってくれたのは、インプレッス商会の代々伝わる伝統だった。

 商会は一族経営ながらその跡継ぎは、必ず実力で選ばれる。

 インプレッス家の子供は、大人になると独り立ちさせられ、当主である会長が一線を退く時、最も業績を出している子に当主の座が引き継がれるのだ。


「性別や生まれた順も関係なし。ただ実力だけが当主の座に相応しい。ある意味この交易都市らしい考えが、今日の繁栄を語っているというわけ」

「なるほど、そうだったのね。私もこの街に来たばかりであまり知らなくて」

「いや、それは構わないんだが……」

「では跡継ぎへの熱意みたいなのも、お持ちですか?」

「それはもちろん! そのためにも少しでも業績を伸ばしたいんだ!」


 すごいな。お店への熱意というか跡取りへの野望というか。やっぱり商人の家の子ともなれば、そういう野心は強いんだろう。


「なあ、そんなことどうでもいいだろ。私が聞きたいのは怪奇現象のことだ」

「そうでしたね、失礼しました」

「頼む、他に頼れるものがないんだ」



 ラステルさん、ちょっと苛立っている?

 ちょっと質問が横道に逸れすぎたか。軌道修正しないと。

 

 

「では最後に。今起こっているこの怪奇現象、やはり怖いですか?」

「ああ、もちろん怖いよ!」


 ラステルさん、意外とハッキリと言うんだ。

 小柄な見た目もあって、小心者っぽく見えてたから意外だった。


「お客が怖がって店に近寄らなくなってしまう! そうなったら、売り上げが下がる!」


 ふむふむ、そういうことか。

 あくまでも、商売に影響が出るから怖いわけで、個人として怖がっているわけではない、と。

 

「ありがとうございました。ではカードの方もその辺で」


 ラステルさんに混ぜてもらっていたカードを集め山札にし、それを三つに分ける。そしてラステルさんに好きな順番で入れ替えてもらいもう一度山札を作る。


「では、始めます」


 一度ゆっくりと深呼吸。

 鼻から吸った真新しい木像の家屋の香りを体に取り込み、雑念を口からゆっくり吐き出していく。体をよりクリアに、より世界に馴染ませるように、一度、二度と呼吸を続け――山札からカードを引いた。

 テーブルに並べられたカードは、下から、三枚、二枚、一枚と並べられ、大きな三角形の形に配置されていく。いわゆるピラミッドスプレッド。今、問題となっている事への解決方法や行動指針を教えてくれるスプレッドだ。

 そうして並べ終え、裏のままのカードを眺めていると――


「!」


 やっぱりだ。

 今回もやっぱり見える。並べられたカードの一部から漏れ出すように輝くあの光。

 占い小屋をしている時も、見える時と見えない時があるが、今回はしっかり見える。

 並べた順で言うと、二枚目と三枚目。ここはたしか、現状の原因と、そこまでの変化の過程を示している箇所。

 アドバイスや最終結果ではないのか……。

 何度か占ってきて見えるこの光。なんで光るのか、なんで私にしか見えないのか、それは今も分からない。それでも、唯一分かったことがある。

 それは、占う内容について、とても大事なことを示しているということ。このカード達が、占いの内容のキーになるといってもいいということだ。

 とりあえず、いつものように一枚一枚見ていこう。


「では見てみます」

 

 そうして、左下の一番最初のカードを開く。


「おっ?」


 思わず、声が出てしまった。

 三角に配置されたカード達、その一番左下。ここは現在の状況を示す箇所だ。

 そこに置かれたカードに描かれているのは、黒と白の二頭のスフィンクス、無数の星が描かれた天蓋の下に星の冠を抱いた鎧を着た若者が、直立して真っ直ぐ前を見つめている。

 カードナンバー7――《戦車》である。

 この戦車のカードはカードナンバー22の《世界》と同じく、タロットの中で三枚ある勝利のカードの一枚。その正位置となると、それは――


「ど、どうした……?」


 ラステルさんが、心配そうに尋ねてくる。

 しまった。こんなところで止まって不思議そうにしていたら、そりゃ不安にもなるよね


「あ、いえ。続けますね」


 不安そうな表情を浮かべるラステルさんを横に私は、次のカード達を開いていく。そこは先程光っていた二枚目と三枚目のカード。

 二枚目はナンバー19《太陽》、三枚目はナンバー16の《塔》。それぞれ逆位置だ。

 続けて他のカード達も見ていき、計六枚のカードを全てをめくり終えた。

 

「なるほど……」


 こうしてカードを開いてみてもよく分かる。並べられた七枚のカード達から、そんなに悪い感じはない。むしろ、これは――


「はい、出ました」


 ゴクリ、と喉を鳴らし待ちわびるラステルさん。そんな彼に私はいつもの話をする。


「ですが結果をお話しする前に一つ注意が」

「お、おい、なんだよ……早くしてくれ」

「落ち着いてください、ラステルさん」


 勢い余って立ち上がろうとするラステルさんに、ウィルが静止を促す。


「これは大事なことです。ちゃんと聞いてあげてください」

「いや、しかしだな」

「早く結果を知りたいお気持ちはよく分かりますラステルさん」

 

 私も努めて落ち着いた口調でラステルさんへと話し出す。

 

「ですが、これはあくまでも占いです、ウラはありません。深く考えすぎず頼りすぎないようにしなければ、どんな結果でもラステルさんの身を滅ぼしかねません」

「あ、ああ……」

「それにこうして勿体ぶってはいますが……実のところそんなに悪い結果は出ていないんですよ」

「そ、そうなのか?」

「はい。お話ししてもよろしいですか?」


 落ち着いたのを見計らって、私は結果を伝え始める。


「実のところ現在のお店の状況は、非常に成功を収めていると言って間違いないでしょう」


 ラステルさんの顔が、驚きながらもパアッと明るくなっていく。

 

「ほんとか!? お世辞とかじゃないのか!?」

「占いにウラがないように、私は占いに嘘はつきません」


 私は話を続けた。


「肝心の怪奇現象で売り上げが落ちている原因についてですが……」


 期待を込めて目で見つめてくるラステルさんに、私は優しく告げる。


「これはラステルさんが、仕事での成果にこだわりすぎているところにあるようです」

「成果に……?」


 どういうことだ? と尋ねるラステルへ一呼吸置いて続けていく。


「なんとかして業績上げたい、売り上げを伸ばしたい。そう思っている中で予期せぬ事への対応で焦りや混乱が生まれ、それがますます悪影響を作っているようです」

「…………」

「もしかしたらご自身のことを信じることが難しいかもしれません。しかし、今は焦らず腰を据えることが大事な時期です。それを忘れないでください」


 と、占いを締めるような一言を告げた時だ。


「いや……ちょっと待て」

「?」

「それで終わりなのか……? 怪奇現象の解決法はなにも無いのか!」


 ついに立ち上がり、怒り出すラステルさん。

 私の勿体ぶるような話し方、そしてその結果に満足できず、ついに溜まりに溜まった苛立ちが爆発したのだ。


「落ち着いてください」


 たまらずウィルも前に出て、ラステルさんを窘める。


「腰を据えて黙って見てろって? それではなにも変わらないではないか!」

「彼女も言っていたでしょ。占いで怪奇現象は解決できないと」

「私が聞きたいのはそこなんだよ、そこ!」

「ラステルさん!」

「解決法どころか、アドバイスも無し、これでは占いの意味などないでは――」

「あります」


 一言。

 その一言をキッパリと言い放つ。


「ありますよ、アドバイス」


 決して叫ぶわけでも怒鳴るわけでもない、静かに淡々としたその一言。それは、騒いてでいたラステルさんを黙らせるには十分な一言だった。


「あ、あるのか……」

「ええ。ですからまずは席につきましょう。話すことも話せませんから、ね?」


 そう告げて、ようやくラステルさんはソファーへと座り直す。

 それを眺めた後、ゆっくりと私は語り出した。


「この怪奇現象をなんとか解決したい、そう思われるのはごもっともです。ラステルさんも色々と手を尽くしたいのではないでしょうか?」

「あ、ああ。そうだよ、そうなんだよ! だから」

「ダメです」


 再びキッパリと。

 私は力強く断言するように言い放つ。 

 その様子にラステルさんは驚きながらも、小さく、えっ? と尋ねてくる。


「この現象を気にしてはいけません、まして手を出そうなどともっての外!」

「…………」

「冷静さを失えば、間違いなく! 状況は悪化します!!」


 私の言葉と鋭い目線に圧倒されたのか、ラステルさんは今までの苛立ちから一転、目を丸くさせながら驚愕の声を上げる。


「いや、し、しかし……」

「ですが一つ、たった一つ! 問題を解決する方法があります」

「解決する、方法……?」

「はい」

「それは?」

「それは……」

「それは……!」

「それは――!?」


 ラステルさんだけじゃない、キリエちゃんもウィルも。私が次に発する言葉に注目する。

 そして、私は静かにただ淡々と――告げた。


「誠実に仕事をすることです」


 その瞬間、ウィルとキリエちゃんがその場でコケる。

 現世のひな壇芸人もここまで綺麗に転びはしないだろう。とはいえ、まさかこっちでそんな反応見れるとは思わなかった。


「ま、マリーちゃん……」

「もったいぶって、そんなことなのか、マリー?」

「そんなこととは心外な」

 

 改めて私はラステルさんに告げていく。


「これは非常に大事なことですよ。仕事に対して常に誠実であること。これを続けていれば、自ずと怪奇現象も止みます。むしろそれが続くと言うことは……なにかしら後ろめたいことがある、ということです」

 

 などと、ちょっと大仰ぶって言ってみたけれど。

 果たしてラステルさんは?


「…………」


 うん?

 なんだろ、思っていた反応とちょっと違うな。

 口元を抑え、額からは冷や汗も垂らしている。

 なんていうか、占いを信じている、信じていないっていうのとはまた違う反応だな。

 というか、この反応……つい最近も、どこかで見たような……。

 あ、そうか。

 これ、あの時と同じだ。

 ビリアンの時と同じ、言い当てちゃいけないことを言い当ててしまったような感じだ。


「と、ま、まあそんな感じなのですが、所詮は占いですのであまり深く捉えすぎないようにしてくださいね」


 さすがに以前の失敗を繰り返したく無くて、やや強引に占いを締めくくると。


「あ、ああ…………ありがとう、ございました……」


 ラステルさんからはなんとも覇気の無い返事が返ってきた。

 うーん……ちょっと不完全燃焼気味かな?

 で、でもでも、とりあえず無事に終わった……と、思いたい。





「珍しかったな」


 ラステルさんのお店からの帰り道、私達を送ってくれるウィルからそんな言葉がやってきた。

 きっと、さっきのラステルさんの占いのことだろう


「占いに嘘はつかないんじゃなかったのか?」

「そんなことしてないわよ」


 最後のラステルさんのなんとも微妙な反応。あれは今でも気にはなっているけど、それでも、私は本当に嘘はついていない。


「ホントか? だが普段の君なら、あそこまで断言しないだろ」


 さすがはウィルだ、よく見ているな。

 確かに私が人の占いをする時はいつも、「~~ではありませんか?」とか「~~のようですね」のような言い方を使って、断言をすることはまずない。

 断言して外れたら、っていう理由ももちろんあるけれど、でも一番の理由は他人に自分のことを勝手に決めつけられるのは、誰もいい気はしないから。まして占いなんていう曖昧な物ならなおさらだ。


「本当に嘘はついてないわ。実際、占いの結果もそう出ていたし」


 ラステルさんの占いに関して、それは本当のことだ。

 あのスプレッドの二段目。あそこは相談内容へのアドバイスを教えてくれるカードなのだが、そこに置かれた二枚のカードはカードナンバー2《女教皇》とカードナンバー5《法王》、共に正位置だ。

 その二枚の意味はそれぞれ、冷静さと法の遵守。


「あれは、言ってしまえば演出よ」

「演出?」


 怪奇現象などという、どうしたって答えの出ないと分りきっていることにラステルさんは苛立ち、悩み、そして不安になっていた。ラステルさんが答えを出せないように、当然周囲の人達にだって、怪奇現象に対する正しい解決法なんて示してあげることは出来ない。それは占いだってそうだ。


「私が占いで示したのは、解決法じゃなくて安心なの」

「そうか。ああやって強く言い切れば、納得もするし安心してもらえるということか……でもそれにしても珍しいことをしたな」

「うーん。実のところね、あの怪奇現象の原因はなんとなく分かってるのよ」


 ウィルとキリエちゃん驚く。


「マリーちゃん、原因分かったの!?」

「うん、多分ね」


 お店の様子や、ラステルさんの話を聞いた限り、あの店舗は新築の建物だ。 

 新築の建物で木のきしむ音やうめき声のようなものが聞こえる、というのは実はよくあること。

 家鳴りという現象だ。

 新築の建物は、どうしても建材同士がなじみきっていないことが多い。そのため木材の収縮や移動で音を立てたり揺れが発生することもあるのだ。

 よくポルターガイストや心霊現象と勘違いされることがあるけど、現世では原因と理論がハッキリとしているもの。


「でもそれを説明したとしても、多分ラステルさんは納得出来なかったと思うの」


 実際、現世で理論として確立していたとしても、それを信じるか信じないかはまた別の話だ。ましてそれは現世での話で、この理論が知られていないとなればなおさらである。

 なにより、仮に納得してもらえてもやれることは変わらない。建材同士が馴染むまで待つしか無いのだ。


「だからああして少し大げさに言って、すべき行動を示してあげることで、理解は出来なくとも納得は出来ると思うの」


 結局、占いであっても理論であっても結果は変わらない。

 待つにしたってそれがいつまで待てばいいのかも分からないのなら、占いを通してやるべきことを示し、安心してもらう方がいい。


「そうすれば同じ時間が解決してくれることでも、その間の不安はだいぶ和らげるんじゃないかな。それこそ、占いの本来の役割だと思うの」


 理論や根拠でも分からない道筋を、占いというまじないで道を示してあげる。ただそれだけのことだけど、でも時としてそれが必要なことがある。

 それが、占いの役割なんじゃないだろうか。


「なるほどな」


 隣を歩くウィルがうんうん頷く。


「ま、私達にも出来ることはないから、後はゆっくり待ちましょ」

 

 そうして、私達三人は家路へとついた。

 その日はそれで終わったと思ったのだけれども、でもこの占いはこれで終わりにはならなかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る