第七話 騎士団の団長さん

「ここは……」


 私が連れられやってきたのは、切り株亭とはまた別の酒場だ。

 夕暮れも近づく時間。店内にはそれなりに人が入っていて、切り株亭とはまた違った賑やかさがあった。


「いらっしゃい」


 カウンターで出迎えてくれたのは、顎髭をたくわえた太った店主。見た目とゆっくりとした言動が、大らかなイメージを与えてくれる。


「お仲間の皆さんは上だよ」

「ありがとう」


 まるで分かっているかのようにマスターに告げられると、ウィルに連れられ階段を上り二階席へ。

 切り株亭と違い、ここのお店は席が一階と二階に分かれていて、その分テーブルの数も多い。

 特に二階席は階下がよく見渡せ、一階席のようにテーブルと椅子がひしめき合うような狭い空間ではなく、席と席の間隔が空いた少しゆったりとした空間だった。


「えっ!?」


 そんな場所で、酒を片手に談笑していたグループがいた。そのうちの一人がこちらに気づき驚きの声を上げる。

 同様に、同じ制服を着た五、六人ほどの連れもウィルの姿を見るや、なぜここに!? と言わんばかりに驚愕し、中には口にしていたお酒を吹き出す人も。


「ふ、副隊長!?」


 団員達は持っていたグラスや食器を慌ててテーブルに放り出し、僅かにふらつく足で立ち上がって、姿勢を正そうとする。 


「そのままでいい。こんなところでまで口うるさくするつもりはない」

 

 ウィルはそれを片手で制す。

 副隊長と呼ばれていたし、やっぱり騎士団でも結構な役職なのだろう。私と話す時とは違い、雰囲気が少し固い気がする。

 団員の人達も緊張、というより萎縮しているって感じだ。


「随分飲んでいるようだな」

「あ、っと、はい……」

「そう固くならないでくれ。普段厳しくしている代わりというわけではないが……たまには酒の一本くらい驕らせてほしい」

「え?」

 

 団員の人達、ちょっと戸惑ってる?

 心を開こうと努力している、ってウィルは言っていたけど、なんだかまだ空気が微妙みたい。


「ウィル……」

「ん? なんだ?」

「みんな戸惑ってるよ。もうちょっと言い方とか……」

「言い方? まさか『俺の酒が飲めんのか!?』とでも言うべきか?」


 そうじゃなくて……ってあれ?


「ふふっ……」

「おい笑うなって……」


 団員の中から少しずつだけど笑い声が聞こえてくる。

 そっか、みんなウィルの人の良さは分かってるんだ。

 きっと立場とか役職のせいで、それが上手く噛み合わずぎこちなくなっていたんだろうけど、それがようやく動き出しているんだ。

 団員の人達の輪に、ウィルが入れた。それを見れただけでも、なんだかほっこりしてしまう。

 やってきたウェイターに、ウィルが追加の酒を頼みはじめると、団員の一人から声をかけられた。


「あの、さっきから気になっているんですけど……アナタは?」

「えっと、私は――」

「ああ、言いそびれていたな」


 注文を終えたウィルが、思い出したように話し出す。


「彼女はマリー、最近この街にやってきた子で少し前に知り合ったんだ」

「よ、よろしく……お願いします」


 ぺこりと頭を下げる私に、団員の人達も少し遅れて頭を下げる。

 でも……なんだろう。またみんなが困惑している。

 それも、さっきとはちょっと違うような……。


「えと、副隊長……確認をよろしいでしょうか……?」


 頬にそばかすの残る団員の一人が、恐る恐る手を上げると、ウィルも一言「なんだ?」と言って質問を促す。


「あの、まさかその方は……我々男性が望みに望む、いわゆる「か」で始まる、あの関係なのでしょうか?」


 か、で始まるあの関係って……もしかして、彼女!?

 まさか、私ってそういう目で見られてた!?


「バカ、お前失礼だろ!?」


 質問をしてきたそばかすの団員に、別な若い隊員が頭を小突く。


「私達はそういうのでは……」  

「? なにを言っているのかよく分からないが……彼女は私の知り合いだぞ?」


 ウィルがごくごく当たり前にそう口にする。

 間違ってはいない。間違ってはいないよ。

 でもそれはそれで、なんだか妙に虚しい……。


「実は団長に会わせたくてな。一緒なのだろ?」

「あー……」

「その……」

「一緒には、来ているんですけど……」


 そう言って、団員達がよそよそしい目で奥のテーブルへと目をやる。

 目線の先を追うと、隅っこのテーブルで、一人静かに座る男性がいた。

 店の暗い隅でも分かるくらいの凜々しそうな顔立ち、切れ長の目の奥には水晶のように光る綺麗な碧眼。生やした顎髭は綺麗に整えられ、まさにダンディと呼ぶに相応しいイケメンおじさん、なのだけれども……


「あん? ウィル殿かぁ?」


 鍛えられた大きな体を子猫のように曲げて肩を落とし、落ち込んでいるのか……なんだか、随分と寂しそうに見える。

 酔っ払っている、っていうわけではなく、むしろ……泣いてる……?

 それにしたって大の大人が泣いているのも結構なことだよね。


「マリー、こちらはこの街の騎士団長、ドレイク・デリオレット殿だ」

「初め、まして……」

 

 この人が、ウィルのいる騎士団の団長さん……。

 私が遠慮がちに頭を下げるが、ドレイク団長は特に返事を返しはしなかった。


「団長、こちらはマリー。最近知り合った子でして、占いが得意なんです」

「…………」

「団長、あの件について占ってみませんか?」

「占いだぁ? そんなもん信用できるか」


 うわぁ……かなり荒れてるなぁ。

 酔っ払っているわけではないのが幸いだけど。


「ゴメンね、マリーちゃん」

 

 さっきウィルに質問を投げかけた、顔にそばかすの跡が残る団員だ。


「オイラ、副隊長の部下で、マルコって言います。実は団長、娼館にお気に入りの子がいたんですよ」

「しょ……っ」

「ゴメンね、ビックリするよね……でも、騎士団ってどうしても女っ気がなくてさ……」


 他の街なら騎士団と言えば街の花形とも言える存在だったりして女性からも人気がるけれど、切り株亭のマスターが言っていたように、少し前まで騎士団の評判がよろしくなかったとなれば、女性も簡単には寄り付かないよね


「団長もその例に漏れず、って感じで、とある子にドハマりしちゃったんだけどね」

「……私はよく分かりませんが、そういのって、その……」


 いわゆる、ビジネス的な付き合いでしかないんじゃないだろうか?

 私の言いたいことをマルコさんも察してくれたのか、うんうん頷いてくれている。


「普通はね。うちらもその辺は割り切ってるし、団長だって俺達以上にわかってると思うんだけど、ね……」

「けど?」

「どうも団長とその子、割と本気っぽかったんだよ」


 話を聞くと、どうやら二人はそういう付き合いとは関係無しに、よい関係だったようだ。

 頻繁に外でも会って一緒に食事をしたり、買い物にも付き合っていたらしく、その光景を団員達も何度も目にしていたらしい。


「だからお互いにいい関係なんだなって思っていたんですけど……」

 

 それだけ聞けば珍しい話だな、くらいの感想にはなるけど、さっきから気になるのは、マルコは全て過去形で話していることだ。


「なにか、あったんですか?」

「実はその娘……急にいなくなっちゃったんだ」


 いなくなった? 


「え、それって……!?」

「ううん、大丈夫大丈夫。事件性がないのは確かなんだ」


 もし失踪や行方不明の類いであれば、店側も通報するし街の治安を守る騎士団にも、その手の情報は一番にやってくるはず。そういう意味でも事件性がないというのは確かなことなんだろう。


「お店に全然出て来ないし、店の店主に聞いても、『事件でもない以上個人の情報は教えられない』の一点張りで……それで団長あんな風に途方に暮れているわけ」

「なる、ほど……」

「まあ、そういうわけなんだ、マリー」

 

 と、ウィルも言ってきて、とりあえず話の概要は分かった。

 分かったのだけれど……うーん、どうなんだろう。

 いい関係だと周りからは見えていた。それは間違いないにしても、あくまでそれは団長や騎士団の人達から見た話だ。いなくなったその本人が、本当はどういう想いだったのか、そこまでは分からない。

 外で食事をしたり、買い物をしたりしていたと言うけれど、そういう手管を持っている子なら弄んでいた可能性もあるだろう。同性から見ても、女性ってのは怖いからなぁ……まして夜の職業の方ともなれば、それこそ――

 なにより、女の子側が嫌がっていた可能性もなくはない。

 騎士団の団長という立場の相手を、下手に断ったりすれば自分の身や店の評判にも繋がりかねず、彼女も断り切れなかったってこともある。それでついに限界に来た彼女が店を去り、別なお店や他の街へと移ったと考えることは十分ありえる話だ。

 お気の毒だが、よくあること……で片付けられること思うけれど。

 それ以外にも、なにか別な理由があったりするのだろうか。


「正直、騎士団の情報網を駆使すれば消息は掴めるだろう。だが事件性もない、個人的なくだらないことに騎士団の力を使うわけにもいかなくてな」

「それで、私の占いですか……」


 なるほど、そういうことだったのか。

 でも……


「占いといっても、この場にいない人間のことまでは分かりませんよ?」

「私もそこまでは期待していないさ。まあ、せめて気が晴れてくればと、ね」


 ウィルが苦笑を溢す。

 ウィルにとっても団長さんのことを本気で心配しているのだろう。でも、その本人はといえば。


「占いが何だ!? そんな胡散臭いもんに頼るか!?」


 占いを信じる信じない以前に、当人が占って欲しいと思っていなければ、なんの意味もない。

 これじゃあ単なる余計なお世話になるだけじゃないかな。


「団長。率直に申し上げます」


 変わった。ウィルの表情が突然、一変した。

 今まで朗らかな笑顔を浮かべていた顔が、愚直なまでに真摯で真面目に、少し怖いとすら感じるほどだ。


「正直、今の団長の態度は目に余ります。熱を上げるのはご自由ですが、それが理由で騎士団の業務に支障をきたすのは看過できません。これでは団員の士気や騎士団のメンツにも関わります」

「むぅ…………」

「なにも全面的に信じろとは言いません。あくまでも一つのアドバイスとして聞いて、区切りをつけてみてはいかがでしょうか?」

「………………」

「それに、実際藁をも掴みたい思いなのでしょ……?」


 ムキになっていた団長さんから、徐々に力が抜けていく。

 そして大きく息を吐くと―― 


「……分かったよ」

 

 観念するように、そう告げた。


「マリーも、お願いできるかな?」


 他人を占う、か。

 以前なら抵抗はあっただろう。なにせ、請われるように占いをして、酷いことになったのはつい最近のことなのだから。

 でも、先日のウィルを占った時、彼に感謝されて少しだけその考えも変わってきた。ウィルは騎士団の中で変わろうとしている。騎士団をより良くしようと、みんなに心を開き、仲間のために力を尽くそうとしている。

 それなら――


「分かりました、占いましょう」


 私も、変わってみよう。

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