第六話 ウィルとの再会

「うーん……よく分からないな」


 隣に座るウィルが、先日と同じように紅茶を頼む。彼にとってこのお店の紅茶はお気に入りなのだろう。私だってそれは同じだ。

 だけど、そんな慣れ親しんだやりとりの中でも、ウィルの不思議そうな顔は変わらない。


「どうして、そんなに手こずってるんだ?」

「色々と、ね」

「そうなのか? そんなに難しいことではないと思うけどな」


 こちらの苦労も知らず、ウィルは無邪気に尋ねてくる。

 普通であればイラつきもしそうだけど、そこは子供っぽい純粋なウィルだから、まだ可愛げがあるものだ。

 異邦の地で、身元を明かせない一人の女性が仕事に就くことの難しさ。それは貴族であろうウィルには分からないだろう。


「いや、でもそうか……」


 ふと何かに気づいたように、顎に手を当て考え込むウィル。

 

「役所への届け出に、場所の借り受け……そういう手続きだけでも大変だものな。少し考えが足りなかった」


 すまない、と軽く頭を下げてくれたのだが……ウィルはなにを言っているんだ?

 ただ働くのに、役所への届け出なんて必要ないでしょ。それに、場所の借り受け……?


「よく分からないけど……私みたいに流れ者で身分がハッキリがしていないと、雇ってもらうのも一苦労するのよ」

「? 雇って、もらう……?」


 再び不思議そうに頭を捻るウィル。

 なんだろう。

 どうも私達二人の間で、話していることが食い違っているような……。


「……ウィル、アナタなにか勘違いしていない? 私はこの街で働ける場所を探しているのよ?」

「ああ、それはもちろん分かっているさ」


 そう、よね?

 私の勘違い?

 でも、なんだろうこのチグハグ感は。


「私が不思議に思うのは、なぜ雇ってもらおうとしているのかだ」


 うん……?

 どういうことだ?


「私には専門的な知識はないが、それでも君なら一人でもやっていけると思うんだけどな」

「???」

「それに、昨日も話したが俺は占い師には会ったことがない。この街にいるとも聞いたことがないから雇ってもらおうにも……」

「ちょ、ちょっと待って!」


 まさかウィル……!?


「ん……? マリーは、占い師をやるんだろ?」


 やっぱり、そういうことか……。

 ウィルは、私が占い師になると思っていたようだ。


「ち、違ったのか!? 働ける場所と言ってたから、つい……」

 

 なるほど。

 働ける場所を探している、とは言ったけど、私は雇ってもらえる場所をと言ったつもりだったが、ウィルは店の場所という意味に捉えていたのか。


「そうか……それなら、仕事を探すのは苦労するかもしれないな……」

「あ、あははは……まあそういうことなの」

「だが、その気はないのか?」

「………………」

「君がどんな理由でこの街にやってきたのかは分からない。でもこの機会に、占い師になったらいいんじゃないか」


 占い師。

 その職業に憧れたことはある。それも一度や二度などではない、もっとたくさん。

 小学生の頃、占いをモチーフにしたとある少女漫画が好きだった。その漫画が載っている漫画雑誌に、その漫画のデザインで作られたタロットカードの付録が付いていて、親に頼み込んで買ってもらったものだ。

 それが、私が初めて触れたタロットカード。

 その付録のタロットカードは使っていくうちにボロボロになってしまったけれど、中学、高校、大学とずっとタロットカードと触れてきて、私の成長はタロット共にあったと言ってもおかしくはない。

 だからこそ、それを職業にという夢を何度も見たものだ。


「簡単なことじゃ、ないんですよ………………」


 だけど……大人になるにつれ、大きくなるごとにソレはハッキリと見えてくる。

 夢という輝かしい光の下にある、現実という影が。どす黒く、そして底が見えない程に深い現実。

 占い師という夢の職業もそれは変わらない。

 輝かしく映る占い師という職業だがその実態はとても厳しい。収入は出来高払いで常に不安定、同業者とは客の取り合い、なりたい人間に対して需要はとても低い。

 そしてなにより――私にとって一番の問題が壁として立ちはだかる。

 私は、占いで嘘をつきたくない。

 占いを職業とするのなら、それはもはや客商売。お客には満足のいくものを提供しなければ、お客は離れていくのは自然なこと。

 だが占いの結果というものは必ずしもいい結果を出るものではない。仮に出たとしても、その内容に相手が満足するとは限らないのだ。

 故に客を満足させるために――時として占い内容に嘘をつくことも必要となる。

 相手に占いの具体的な内容が分からないことをいいことに、都合のいいことばかり並べる占い師も決して少なくはない。今になって思えば、それも商売として、お客を満足させるという意味においては一つのやり方なのだろうと理解も出来る。

 でも、私には……それがどうしても出来なかった。

 占いが好きだからこそ、それを汚すような行為はしたくない。それがたとえ、生きるためという理由だとしても。いや、その理由だからこそ。

 占いという神秘と、商売という現実。

 二つを天秤に計った私は――占い師になることを諦めた。

 サラリーマンとして堅実に会社に勤め、社会の歯車として生きることを選んだのだ。

 その結果、仕事に追われ、いつしか大好きだったタロットにも触れることもなくなり、そして――


「……………………」

「理由は分からないが……少し無遠慮だったようだ。すまない」

 

 暗くなった私の表情を見て、ウィルが小さく謝罪の言葉を告げる。

 私達の間になんとも居たたまれない空気が漂う。昼間の酒場という決して騒がしくはない店内が私達の微妙な雰囲気により拍車をかけてくる。


「この間の占い……」

「えっ?」

「この間の、占いのことなんだが……」


 この空気をどうしようかと悩んでいると、ウィルが躊躇いがちに語りだした。


「君のアドバイス通り、みんなに心を開いてみようとして、な」

「そう、でしたか」

「いつもは形式張って一線を引いて対してたから、騎士団の仲間はいつも表情も態度も硬かったんだが、勇気を出して休憩中に仲間に話しかけてみたんだ。それはもう新兵の頃の初めての実戦以上に緊張したよ。そしたら……」

「そしたら?」

「心配されてしまった」


 そう言ってウィルは苦笑いをこぼした。 

 

「突然雑談に交じったものだから驚かれて、会話を交せば、誰かと入れ替わったんじゃないかと疑われ、しまいには『頭の病気なんじゃないんですか?』って騒がれてしまってな」

「それはまあ、なんというか……」

「でもな」


 でも、ウィルの表情はどこか嬉しそうに見えた。


「みんなとも少しずつ打ち解けることができた。こちらの意図も理解してくれて、協力してくれる人間も出てきたんだ」

「そうなんですね」

 

 ウィルの問題が少しずつではあるが解消されている。だからこそ、彼の顔は晴れ晴れとしているのだろう。

 私の占いがウィルの力になれた。

 それだけでも、すごく嬉しいことだった。


「一つだけ聞かせほしい。君は占いが嫌いなわけではないのだろ?」

「それは……」

「自作したカードをいつも大事そうに持って、あれほど素晴らしい占いを披露してくれた。そんな君が占いそのものを嫌っているなんてことはないんじゃないか?」


 ウィルの言う通りだ。

 私は占いが好き。全く知らない異世界に生まれ変わっても、大好きなこのタロットカードが共にあったからこそ、やってこれた。


「占いは、好きです。でも……」


 でも、だからこそだ。

 好きだからこそ、嫌いになりたくない。

 占いにウラはない。嘘も真実もなく、ただカードは結果を示す。だからこそ占いの結果は常に神秘に満ちて純粋なのだ。

 でも、そこに汚れた思惑が混じり込んだら? 相手を喜ばせることだけを考え、ドス黒い期待と欲望で塗りつぶしてしまったら?

 それでは、現実と何ら変わらないではないか。

 純粋無垢な占いを、私には汚すことは出来ない……。


「……そうか。その気持ちが聞けただけでも良かった」


 私の気持ちを察してくれたのか、ウィルはそれ以上追求することはしなかった。

 ウィルには申し訳ないけど、やっぱり私には――


「マリー、一緒に来て欲しい」

 

 私が驚く間もなく、ウィルが強引なまでに私の手を引っ張っていく。


「ちょ、ウィルどこに!?」

「君に占って欲しい人がいるんだ」


 マスターやキリエちゃんの不思議そうな目で見送られ、私達はそのまま店の外へと駆け出していた。


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