第二章 占いを信じていない人の占い
第五話 お仕事探し
「はぁ……」
ため息と共に、私の顔がテーブルの上に投げ出される。
そこは先日ウィルに連れられてきた酒場、切り株亭のカウンター。この数日で、私もすっかりこのお店の常連だ。
夜は酒場としてやっているけど、お昼はカフェのようなお店のこの切株亭。だけど……いまだに晴れやかな気分でこのお店に訪れたことがない。
「お疲れさん。いつものでいいか?」
「ええ……」
カウンターの奥から、マスターが呼びかけてくる。
マスターの名は、ボルドさん。頭髪を綺麗に剃り落とし、目力が強く、彫りの深い顔。そして戦士と見間違うような屈強な体で最初は少し怖そうに見えたけど。見た目からは想像できないほど、すごく丁寧で上品なお茶を入れてくれる。
「ああ、ゴメンなさい。やっぱり今日はクッキーはなしで、紅茶だけで」
「はいよ」
「その様子じゃ今日も全滅だったみたいね、マリーちゃん?」
横から話しかけてきたのはこのお店のウェイター、キリエちゃんだ。
左右でお団子状にまとめた髪、そして時折八重歯が覗く笑顔が、なんとも晴れやかな気分にさせてくれる。
私とは同い年で、なんとあの強面のマスターの一人娘。
マスターのような怖そうな顔から、どうしたらこんなかわいらしい子供が生まれてくるのか。ついでに私と同い年とは思えないほど発育もよろしい。どうやったらそんな育つんだ?
「うぅ、キリエちゃーん」
「おわっ!? もうマリーちゃんってば」
泣きつくようにキリエちゃんへと抱きつくけど、なんだこのぬいぐるみのようなふわっとした抱き心地は。羨ましすぎる。
そんなキリエちゃん目当ての男性客も多いらしく、言い寄る人も少なくないようで、マスターの目が鋭くなったのはそれが原因だとか。
この交易都市ダグワーズにきて早数日。
初日は色々なことがあったけれど、運良く住む場所も見つけられ気のいい人達にも出会うことができ、なんやかんや幸先がいいかと思いきや――
「全ッッッ然、仕事が見つからないのぉ……」
交易都市と聞けば、人の行き交いは自然と多くなる。だから追放された時も、ここなら仕事もあって生きていくのに困らないかと持っていたんだけど……甘かった。
仕事はそれなりにあった。内容を選ばなければ、それこそ無数に。
でも、そのほとんどの場所で私は断られてしまった。
理由は簡単だ、私の身元がハッキリとしていないことだ。
交易都市だけあって人の行き交いも多いが、その分先日私を襲おうとした男達のような、ろくでもない人もやってくる。そのため身分のハッキリしていない人物というのはどうしても煙たがられるようなのだ。
これは私にとってはとても大きな問題だった。
絶縁を言い渡されている以上、アリアンロッド家の名前は使えないし、かといってそれを出したとしても元令嬢というまともに働いたこともない人間だ、そんな女性を雇おうと思う店はなかなかない。たとえ現世で社会人をやっていたとしてもだ
甘かった。現世でも、未経験者の再就職ほど難しいものはないが、それは異世界でも変わらないとは。
当然ながら、切り株亭のマスターにも雇ってくれと一番最初に頼み込んだものだ。でも人手は足りているし、給金を払えるほどお店に余裕はないとのことだった。
「後、残っているとしたら……」
チラリと、店の窓から外を見る。少し離れた先に、街の光景とは一風変わった一角があった。
いわゆる歓楽街というやつだ。
男性達を相手にした、夜のお仕事。そこならばあるいは……。
いやいやいや!
それは、本当にどうしようもなくなるまで、なんとかして避けたい
「できたぞ」
マスターが紅茶を運んできた。それと一緒に小さなお皿に丁寧に盛られたクッキーが。
私がいつも頼むメニューだけど、お金の寂しさから今日は遠慮したはず……。
「マスター今日は、頼んでないけど……」
「ツケにしといてやる。気が向いたら払いな」
ツケ、とは言っているが、お金のない私へのマスターなりの心遣いなのだろう。
「あ、ありがとうマスター……」
その優しさに感謝しながらゆっくりとカップに口を近づける。
仄かなハーブの香りが、鼻腔をくすぐり、口にしたお茶の温かみが、お腹の奥を優しく包んでくれる。
一口かじったクッキーも、ミルクの甘みとココナッツの歯ごたえがシンプルながら優しい味わいでサクッとした食感が心地よい。
「ふぅ……」
たった一杯のお茶、たった少しのクッキー。それだけでも、私に落ち着きを取り戻してくれる。
そういえば、仕事を探すなかである噂話を耳にした。
私の婚約相手、ヴェールヌイ家のビリアンの話だ。
元婚約相手で私を追放した人の噂話なんて耳にもしたくなかったのだが、こればっかりは聞き逃すことが出来なかった。
それもそのはず、なんと新たに婚約をしたらしいのだ。
おいおい……。
私との婚約破棄をして、まだ二週間も経ってないわよ。それなのにもう新しい婚約話って……いくらなんでも早すぎるでしょ。
改めて冷静に考えてみても、いくら貴族だからってそんな無茶なことできっこないはず。恐らくだけど……私とは別に、元々交際していた相手がいたのだろう。
「隠し事なんてない!」なーんてあれだけ騒いでいたくせに、ちゃっかり隠し事してるじゃないの。
「ああ、もう!」
私は、頼んだ紅茶を勢いよく飲み干す。
「おおっ、いい飲みっぷり、私も惚れちゃいそうだよ。飲んでいるのが紅茶じゃなかったらね」
そんなキリエちゃんの声を耳にしながら、カップに注がれた紅茶を飲み干した。
ビリアンのこと考えてても仕方ない。私にはもう関係のないこと。今は、自分のことを考えなくちゃ。
「でもなぁ、どうしたらいいんだろ……」
「うーん、私もいい仕事を紹介できたらいいんだけど」
キリエちゃんまで唸ってくれて……。
でも仕事を探すのが、ここまで大変とは思わなかった。私の全財産もそれほど余裕はないし、そろそろなんとかしないと……。
「いらっしゃい」
マスターが入店してきた客に声をかけた。
「マスターいつもの……ん?」
なんとなく店の入り口へと振り返ると、そこには見慣れた人物がいた。
今日もいつもの王子様スタイル、爽やかながら元気で明るい笑顔を振りまく、王子様のような彼。
「マリーじゃないか」
「ウィル」
彼との、二度目の再会だった。
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