第八話 二度目の占い
周囲を物珍しそうな目で見る団員の人達に囲まれながら、私は団長さんの対面の席へ。
占いなんて、と言っていただけに団長はどこか不審そうな目を向けているが、傍にはウィルもいてくれて、少しホッとする。
「それで、占う内容なんですが……残念ですが、先ほどもお話ししたようにこの場にいない人間のことまでは占うことはできません」
タロットといえど万能ではない。
分からないこともあれば、やってはいけないことだってある。
有名なところで言えば、人の生死を占ったり、同じ事を短い期間に何度も占ったり。
特にその場にいない他人を占うことは、非常にトラブルになりやすい。勝手に気持ちを推し量られて、それでいい気分になる人間などいないだろう。
ただ、占いの中で相手や周囲の心境、という項目もあったりする。そういう時は相談者と相談内容の関係性という範囲でのみ視ることはできるが、基本的に「他人のこと」単体で占うことは色々と難しい。
「ですのでここは、『好きな子がいなくなってしまって、これからどうしたらいいのか?』ということでよろしいですか?」
と、申し訳なさそうに告げると。
「ああ……勝手にしてくれ…………」
と、ぶすっとしたまま団長さんが返事を返してくれた。
やれやれと言わんばかりに肩をすくめるウィルに私も苦笑を溢す。
「それでは――」
以前と同様、山札を軽く切ってテーブルに置く。そこからゆっくりと時計回りにカードをシャッフル。カードが渦巻き状になっていく。
「では、団長さんも同じようにして頂けますか?」
「………………」
「団長」
ウィルに催促するように薦められ、団長も渋々カードをシャッフルしていく。
「そのままで構いませんので、いくつか質問をさせてください。答えにくいことでしたら、お答えせずとも結構ですので」
そう告げて、私は質問を始めた。
「お話を聞いた限り、その子との付き合いはかなり長そうなようですが、具体的にはどれくらいの期間になりますか?」
「………………」
無言。団長はただ黙々とカードを混ぜている。
「じゃあ、彼女のどんなところに惹かれましたか?」
「………………」
やはり無言。団長はなにも言わない。
「団長は、その子を探しに行きたいですか?」
「………………」
「団長……」
「ちょっと大人げないですって……」
周囲の団員達の声に、団長はフンと不機嫌そうに鼻で笑う。
「答えたくなければ答えなくていいと言ったのはそっちだろ。それに言ったはずだ、私は占いなど信じていないと」
「団長……すまないマリー、これでは占いも無理だろ……」
ウィルが困り果て、私に申し訳なさそうに頭を下げる。
確かに質問に答えてもらえないのは少し寂しい。
「いえ、大丈夫ですよ、ウィル」
それでも、決して占いが成立しないわけではない。
「では、最後に一つ。その子のことを今でも好きですか?」
「…………」
やはり無言。
三度目の質問も変わらないか、そう思っていたら。
「……………………あぁ」
顔はブスッとしたまま、そして視線も合わせてはくれなかったが、それでも
小さく返事が返ってきた。
その様子がおかしくて、思わず笑いが溢れちゃった。
「ありがとうございます。ではその辺で」
シャッフルする手を止めさせ、私は山札へとまとめていく。
そこから山札を三つに分けて、団長に好きな順番で入れ替えさせる。
「これから行う占いは、ホースシューというものになります」
「馬蹄、という意味か?」
「はい。ウィルの言うとおり、カードの並びが馬蹄のように見える占い方です」
ホースシューは、占う内容がどんな流れで進んでいくのか、なにが問題で、どう対策すればいいのか。そういったことを占ってくれるスプレッドだ。
団長も顔を背けてはいるが、話は聞いてくれている。
「では、始めます」
私は目を閉じ、軽く深呼吸。
下の階から聞こえてくる賑やかな音。
酒や食事の香ばしい香り。
それらを呼吸と共に鼻と耳で感じながら、内面の雑念を呼吸と共に吐き出していく。
周囲の団員達から緊張が伝わってくる。ピンと張り詰めた糸のような空気に彼らも固唾を呑む音すら聞こえてきた。
私の中の雑念を吐き出しきって、外から綺麗なものを取り込み、意識もクリアに。
ゆっくりと目を開きそして――カードを一枚引く。
裏のまま私の左上に。
そしてまた一枚、また一枚と。そのままUの字にカードを配置し計七枚がテーブルの上に裏面で並ぶ。
そして黙って、並んだカード達をまじまじと眺めてみた。
「………………」
まただ。
また、あれだ。
並べたカードがほんのり光って見える。それも今回は複数枚。
並べた順に2,4,5,6番目のカード達が。
やっぱり、他の人達は気付く様子はなく、私にしか見えないようだ。
前回のウィルの時のように、なにか意味があるのだろうか。
「では、見ていきます」
ともあれ、結果を見ていこう。
並べた順に一枚一枚丁寧に裏返す。先程光っていたカードを手に取り、裏返すと仄かに光っていた光も消え、いつものカードと変わらない状態へと戻っていた。
そうして七枚のカードが開かれ、改めてもう一度全体を見てみる。
Uの字状に並べられたカード達を見ていると、やはり気になるのはさきほど光っていたカード達。
それぞれ並べられた順に――
二番目に置かれた《ペンタクルの5》の正位置。
四番目に置かれた《運命の輪》の逆位置。
五番目に置かれた《カップの6》の正位置。
六番目に《ソードの4》の逆位置。
「はい……出ました」
私の一言に、周囲の団員達が一斉に息を吐く。張り詰めていた糸が解けるようにみんなの緊張も解けたようだ。
「結果をお話しする前に……一つ大切なことが」
「なんだ、まだあるのか?」
相変わらず不機嫌そうな団長だったが、私は小さく頷き、彼の目を真っ直ぐに見る。
「これはあくまで占いです、ウラはありません。団長は占いを信じられていないようですが……正直それで構わないと思います」
「えっ?」
今まで顔を背けていた団長が、その時初めて顔を上げ、そして初めて視線が合った。
「占いなんて大それた言い方をしていますが、所詮は他人のアドバイスです。そもそも、私という未熟者の解釈も交じりますし、決めるのはあくあまでも団長ご自身ですしね」
「……………………」
「ですが覚えておいてください。占いを信じる信じないは別として、引かれたカードには必ず意味があります」
シャッフルされたカード達は選ばれたのが偶然のように見えて、そこには運命的な繋がりがあり、必ずなにかを示している。
「このカードが引かれたという一つの結果に、私は思惑や嘘偽りなく、出たままをお伝えします。ですので……」
「………………」
「あまり、深く思い込まないようにしてくださいね」
団長が再び顔を背けてしまった。私が突然微笑んだことに驚いたのだろうか。
とにもかくにも、これでようやく説明に入れる。
「では、お伝えしていきます」
私は視線をテーブルへと向け、読み解いた結果を話していく。
「心中お察しします団長さん。その子の消息が分からなくなって、かなり深い悲しみに襲われているようですね」
「そんなの、見れば分かるだろ……」
「静かに」
団員がぼそりと言った一言に、ウィルが小さく釘を刺す。
私は気にせず話を続ける。
次に話すのは二枚目に置かれたカード。最初に光っていたカードだ。
ここは、問題に対して今どういう状態なのかを指し示してくれる。
置かれたのは《ペンタクルの5》その正位置だ。
「今の状況はあまりに悲しみに浸りすぎていて、騎士団のことや他のことに目が向いていないのではないですか?」
「ふっ、なにを言うかと思えば……」
小馬鹿にするように、団長が口を開く。
「自分で言うのもなんだがな、悲しい人間が視野も狭くなるのは当然だろ。どうせそうやって誰にでも当てはまりそうなことを並べるだけじゃないのか?」
だから占いは好きになれん、などと団長が聞こえる声で呟く。
「なるほど、確かにそうですね」
いわゆるバーナム効果というやつだ。
占いの経験がある者ならば、似たようなことはよく言われるもの。だけど、私はあくまでも占いに出た結果しか答えていない。
「ところで団長……」
「?」
「この件で、近々なにか行動に移そうと思っていませんか?」
「!?」
私の指摘に、団長の顔が一瞬引きつる。
僅かに驚き、それを隠すように焦りの表情が浮かんでは消える。
団員の一人が尋ねる。
「団長、どうしたんですか?」
「い、いや……別に……」
しどろもどろな様子に、団員達からも不思議そうな声が上がる。
「? 団長、急に態度変わったよな」
「うん、確かに」
「ほら。さっきまで否定的だったのに、急に誤魔化すみたいに……」
「あっ」
と、声を上げたのは、ウィルの部下マルコさんだ。
「そういえば団長、長期休暇の申請出してましたよね?」
マルコの指摘に「この時期に?」「なんでまた?」と、周囲の団員達がざわめき始める。
「もしかして……団長、探しに行くつもりだったんですか!?」
ええっ!? と驚きの声を上げる団員達。
その中心で、団長が開き直るように声を上げた。
「べ、別にいいだろ、私の休みくらいなにに使ったって!?」
「だからって、騎士団の仕事放り出して好きな女追いかけるのはどうなんですか……」
周囲から、呆れ果てた視線が注がれる。
これには団長も、ばつが悪そうだった。
「なるほど。そういうことでしたか」
周りが見えなくなって、まさか仕事まで放り出そうとしていたなんて。
でも仕事を放り出そうとしていたことにも驚きだが、そこまでしてでも探しに行きたくなる相手だったとは……。
となると、キーになるのは四枚目のカードだ。
ここに置かれたカードは、アドバイスや対策法を教えてくれる。そして、先程光っていたカードの一枚だ。
四隅に天使と3匹の有翼の獣、ヘビ、アヌビス、スフィンクスの三体がまるで輪廻を回すように巨大な車輪を囲む。
カードナンバー10――ホイールオブフォーチュン、《運命の輪》その逆位置だ。
もしこのカードが正位置に置かれているのなら、名の通りまさに運命と呼ぶべき絶好のタイミングを示してくれる。
けれども今回はその逆位置だ。となると……。
「団長、ハッキリとお伝えします。今は時期ではありません」
この《運命》のカードの逆位置が示すのは、正位置とはまさに逆の意味。チャンスを逃したり、トラブルや失敗、すれ違いを暗示させる。
「むぅ……しかしだな……」
それでも諦めきれない様子の団長。
でもカードが告げているのだ。
「どうもそうやって動こうとすること自体が、結果を悪くしそうです」
先日、似たようなことを言われたウィルもうんうんと頷いてる。
順番は一つ飛ぶが、六番目に置かれたカードは、問題に対してなにが障害になり妨害してくるのかを示す。これもまた、先程光っていたカードだ。
「大人しくしていることがいいでしょう。それが難しいのなら……どうでしょう、周囲を頼ってみては?」
「周囲?」
「騎士団のみなさんです」
一つ戻って五番目に配置されるカードは問題に対する周囲の状況だ。
人によっては相手の気持ちを探る場所でもあるのだけれど……私はここにいない人の気持ちまでは占えないと言ってしまったため、あえて騎士団のみなさんに捉えて解釈してみた。
というのも、実を言うとここのカードの読み方がよく分からなかった。
白いユリの刺されたカップを受け渡す二人の子供、《カップの6》。
感情や愛情を示す「水」の象徴であるカップ。その六番目である《カップの6》のカードは調和のとれた数字の一つであり、養育や共生を示す。
カップに刺された白いユリも純粋さを表し、思いやりを示したりもする。
「今日こうして集まっているのも、みなさんが団長を心配しているからです。私を連れてきたウィルだって、団長を思って私の手を借りれないか、とやってきたくらいですよ」
恥ずかしそうに顔を背けるウィル。
そして団員達は――
「そうですよ団長!」
「うちらだって、団長に幸せになって欲しいんですから」
「俺達も頼ってくださいよ」
「お前達……」
団長さんのしようとしていたことに呆れ果ててはいたが、根っこはみんな団長さんを心配していたことに変わりはない。
彼女のことを思うばかりに視野が狭くなって、団長さんもそのことに気づけなかったのだ。
そして、私は最後の説明を始める。
「まだ、最終結果をお伝えしていませんでしたね」
最後に残った七枚目のカード。ここは、最終結果を示す場。
そこに置かれたのは、薔薇のティアラを被った女性が雄々しき獅子を優しく愛撫し、手懐けるように鎮めているカード。
カードナンバー8――《力》のカード。その正位置だ
「団長さんが彼女のことを思う気持ちも、心配する気持ちも分かります。しかしあえて動かないことこそが、よろしいでしょう」
「つまり、諦めろと言うことか……?」
私は首を横へ振る。
「必ずしもそうとは限りません。自ら動かずとも結果が出てくることも人生にはあることです」
タロットは、愚者の若者が旅をする物語である。
新たに生まれた若者が、旅を経て成長し、やがて世界の真理を知っていく。それが大アルカナ22枚に秘められたストーリー。
故に、タロット一枚一枚にも繋がりがある。《力》の前のカード、ナンバー7《戦車》のカードは内側から湧き上がるエネルギーや前進する行動力のカードだ。
だが、湧き上がるエネルギーに対しただ放出することしか出来ないのは幼い子供と変わらない。沸き上がるエネルギーに理性的に向き合いそれを律する。それが《力》のカードの意味であり、旅をする愚者が成長した証でもある。
そして、それこそが真の力とも言えるだろう。
「今は動かず耐える。その忍耐が必ず団長さんにより良い結果を呼び込んでくれるはずです」
「……………」
「以上が、占いの結果になります。どうか団長さんに良い結果が訪れますよう私も祈っています」
そうして、私は二度目の占いを終えたのだった。
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