第50話 通り夢のかんばせ 3

3


 最初に一種の解放感があった。

 ほぼ同時に頭蓋へ無痛の衝撃。視界が白黒になって揺れ、頭蓋が鐘のように鳴るのを感じた。頭蓋骨全体が大きくたわんだのだと思う。上の何番目かの歯がひしゃげる。

 この時点では撃たれたとは思わず、殴られたか、投石でも受けたのかと想像した。


 ほとんど無意識で、頭に手をやって確認する。

 温泉卵にスプーンの一撃を加えたような状態らしいと分かった。

 幸い中身が溢れるまでには到っていないが、殻の一部が吹き飛んでいる。


 太陽がグルグルする。

 が、どうやら私はまだ立っているらしい。

「おいおいおい、死んでないの。マジか」

 という声を聞いた。

 耳鳴りが激しかったが、どうやら上の方、近くのホテルから漏れた声らしい。

 というのも、周囲は閑散としていて、襲撃者が側にいないのなら、建物はそのホテルしかないのだ。


 それで、私は自分が狙撃されたのだと悟る。

 どうやら私以外の客人がいて〈ホール〉ならではの遊びを始めていたらしい。

 狩りだ。

 初めまして、脳迷のうめいQ太郎です。

 この誘いを嬉しく思い、私は思わずそう名乗った。が、たぶん射手までは聞こえていなかったろう。

 ともかく〈ホール〉では人間狩りも許される。



 〈ホール〉では何をしてもいい。

 かつても、他者に危害を加えようとした客人は存在した。夢の中で人を殺したことのある人は案外多いのではないだろうか? それと同じことだ。


 それがいつだか知らないが、〈ホール〉へやって来た射手は、無人の町を歩き、この世界のことを学習したのだ。

 私が生きていることに驚いていたから、経験値はそれほどでもなさそうだ。

 きっと今日初めてここへ来て、〈ホール〉を学習し、そこへ私を発見して、この狩りを思いついたのだろう。

 狩猟用のライフルなら日本でも手に入るし、もしかしたら服や鞄などのように〈ホール〉へ来た時から持っていたとも考えられる。


 ともかく、私を見て狩りの欲求を感じ、私を狩るために準備をし、待っていてくれたのだろう。光栄なことだ。

 私は〈ホール〉へバカンスに来ている。

 バカンスのコツは、何事も全力でやることだ。この遊びにも本気で対応するべきなのだが、タイミングが悪い。今日は〈通り夢の花嫁〉が来ているのだ。

 時間か場所を変えませんか。

 そう提案しようとした時、第二弾が私の足に撃ちこまれた。

 すとん、と私は地面に転がる。ジョイント部分を綺麗にやられたらしい。膝から下がまるで動かない。


 逃げようにも、拠点にしているホテルはずっと後方だ。とにかく近くの遮蔽物めざして転がっていくしかなかった。

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