第7話 メリー・メアーの火冠 7

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 ホテルの前へ戻った我々の体は、炙ったソーセージのように煤け、顔も溶けて判別がつかないようなありさまだった。

 少年の頭上には、あいかわらず炎の王冠が輝いて、たいそう美しい姿だった。

 脳の煮立った少年は、笑い声とともにこう繰り返した。声が大きいのは耳がやられているからだ。

「僕、死にますか。死にますね」

 死にません。と私。悪夢ですから。

「やってやりましたよ。綺麗だったなあ」

 と少年。私に何もいわせないよう、彼は立て続けに話し続けた。

「家事の夢を見るとおねしょするって本当ですかね? ええ。やってやりましたよ。僕は。見ていてくれましたか? 楽しかった。あなたも笑っていた。僕は。僕は――」

 もうお帰りなさい。ついに私は遮っていった。

 少年は立ち止まった。

 私は横に並んだ。また来ればいいのです、といった。〈ホーム〉では、私たちは何をしてもいい。でも、それは現実の生活あってのことなのだ。

 帰りましょう。私がまた来た時、あなたに会えないと寂しいですから、というと少年は不承不承ではあるが歩きだした。

「大人の言い方ですね。バカンスが台無しなのではないですか?」

 そうかもしれない。きっとそうだろう。しかし私もそろそろ時間がいっぱいだ。

 我々は支え合いながら歩いた。朝帰りの酔っ払いのようだ。しかも彼の王冠が光源になっているから、私達の影は、回転行灯みたいにぐるぐる酩酊しがちだった。

「本当はもう思い出しているんです。出口のこと」

 やがて彼はそういった。

 我々は向かった。朝日を浴びて、ゴミ収集車が息を吹き返した。彼は私を先に〈扉〉まで送ると言い張った。

 それでは。

 回転板を眺め、挨拶を交わした。

「外でも――いいえ。〈ホール〉でまた会えますかね」

 少年はそういった。〈ホール〉でならきっと、と私が応えると、彼は漁港の方を指さした。

「海に陽炎が立ちます。それが僕の〈扉〉のようです」

 私は朝日にギラギラ輝く海へ目をこらそうとする。焼けた目にたいそう眩しかった。少年が私の〈扉〉の方へ飛びで行ったのは、その隙を突いての行動だった。

 私が聴いたのは、悲鳴とも祈りともつかない少年の短い声と、ガツンという回転板の咀嚼音。最後にゴミ収集車が一度だけ振るえて、それきりだった。


 その後、彼がどうなったのかは知らない。

 帰れなかったのか。それとも、私の〈扉〉でも無事帰れたのだろうかか。調べる術もあったろうが、私はそうしなかった。〈ホール〉での出来事を現実へ持ちこむつもりはなかった。それは私の硬いルールだった。彼は「癒やし」を得られただろうか? それだけは気がかりだった。

 それから〈ホール〉へ来ると、私はときどき、少年の残した小箱を取り出して確かめてみる。封をした小箱へ耳をよせると、中からはいまだに炎の燃える音がした。

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