7次会 2nd ポップ
「そんなに白塗りしなくても良いじゃないですか、海ではちゃんと日焼け止め塗ってましたよー」
南部さんは海で遊んだことで、少しだけ日焼けしていた。
白を基調とした柔らかなワンピースの衣装と比べると、肌が焼けているのが気になってしまう。
「ほらほら、元々私こんな色ですよ? 焼けてない部分と比べても差がないです。日焼け止めの効果はばっちりですよ」
「いいから塗られてろ。お前がメインなんだから少しでもよく見せる方が良いんだよ」
「えー。えへへ、そうですか? えへへ。私初めてのセンターです! ポップに決めちゃいます! シュワシュワ弾けちゃいます!」
相変わらず可愛いが、それだけでは勝てないのは分かっている。
小さなことでも出来ることはやる。うちみたいなチームが勝つためには些細なことにも気を付けなければならない。
衣装を着たりと準備をした後、他チームの演目を見学に行った。
何校か見た後、うちの高校の酒姫部のエースチームが午前中の最後であった。宣言通り久保田さんがセンターで、ポップな装いで可愛らしい踊りと一緒に歌っていた。
各チームが披露するポップを見ているが、頭一つ抜き出て可愛かったと思う。
「ありがとうございました」
演目が終わり、酒姫部がステージから降りて控え室の方までやってきた。
茜さんや泡波さんは、酒姫部が来ると顔を合わさないように遠ざかっていった。
南部さんだけは、逆に酒姫部に寄っていって話しかけていた。
「久保田さん、可愛かったです! あんなに可愛く歌うなんて、尊敬しちゃいます」
久保田さんは、一瞬南部さんを睨んだように見えたが、ニコッと笑いながら答えた。
「ありがとう。あなたたちのチームは午後からだったっけ? 頑張ってね!」
「ありがとうございます」
「それが衣装なのかしら? 可愛らしいわね。……そうだ! 応援に飲み物でも差し入れますわ」
久保田さんは会場にあった自動販売機で缶コーヒーを買うと、南部さんへと渡した。
「……コーヒーですね。私あまりブラックコーヒーは飲めないんですけども、久保田さんの気持ち嬉しいです。これを飲んで気合入れて頑張ります!」
南部さんが缶コーヒーの蓋を開ける。
「ふふふ。私も同じものですわ。これから一緒に頑張るライバルとして応援します。せっかくなので乾杯しましょうか?」
久保田さんは良い人に見えた。茜さんが言ってたような悪い人ではないかもしれない。
久保田さんも缶コーヒーの蓋を開ける。
「それじゃあ、最終ステージに進めるようにかんぱーい!」
乾杯の合図を受けて、南部さんが缶に口をつけて飲み始める。
久保田さんは缶コーヒーをすぐに飲まずに、じっと南部さんを見つめていた。
南部さんが二口目を飲み始めた瞬間、久保田さんは何かに躓いてたようで、南部さんの方へと転んでしまった。
久保田さんが当たってきた衝撃で、南部さんは手に持っていた缶コーヒーを衣装にこぼしてしまった。
久保田さんの缶コーヒーも、南部さんの衣装へかかり、大きな黒い汚れが何ヶ所もできてしまった。
純粋さをあらわしたような白い衣装には、とても目立つ汚れでった。
「あ、ごめんなさい。転んでしまって……。 衣装大丈夫ですか? これじゃあ、その衣装使えないですよね」
久保田さんは不的に微笑んでいた。
「やばい……、大変だ……。あっ、久保田さんは大丈夫ですか?」
「私は、もう終わっているので全然平気です」
「なら、良かったです。私はどうしよう……。みんなに相談しに行きましょう……」
別れ際も久保田さんは、嫌な笑顔をしていた。
◇
「これどうした!……あいつがやったんだろ……。卑怯な真似ばっかりしやがって、 わざとだぞそれ……」
茜さんが声を荒げて怒っている。
部長だって衣装の替えなんてさすがに持っていない。
どうしようもないので、南部さんは黒くシミのついてしまった衣装を脱いで、制服へと着替えた。
何の変哲もない学校の制服。
黒い地味なスカート。ただのワイシャツにはリボンの飾りすらついていない。
こんな仕打ち。……わざとだとしたら、絶対に許せない。
「……良いんです、皆さん。久保田さんは悪くないです。私の不注意です……」
南部さんが元気なく答える。
――次の高校準備に入ってください。
うちのチームの番がまわってきたようだった。
僕は、なんとか南部さんを励まそうと声をかけた。
「……南部さん、ロックが魂の叫びだとしたら、ポップは魂を素直に伝えることです。いつも通り、ありのままの姿を見せてください!」
「私は、私しか表現できません。大丈夫です。こんな地味な制服なんて、私らしいでしょ……?」
強がって言っているようだったが、目にはうっすら涙が浮かんでいた。
そのまま、ステージへと向かってしまった。
推し活部のステージが始まった。
酒姫らしからぬ衣装で出てきたことで、審査員達がざわついていた。
ステージの真ん中にたどり着くと、審査員からいきなり指摘が入った。
「衣装の着こなしについても採点の対象ですよ? それが衣装でいいんですか?」
南部さんは、力なく頷く。
「それが衣装? このコンテストをなんだと思っているんでしょうかね?」
審査員達は呆れながら、採点用紙に印をつけていった。
見た目の印象から採点が始まる。
衣装が無いと、それだけでやる気のないチームと思われてしまい、他の採点にも響いてしまうだろう。
それでもやるしかない。
「……私は酒姫が好きです。酒姫になろうとしている人達も大好きです。みんなとても頑張っています」
歌い始める前に、南部さんが歌の紹介をするのだが、いつもと口上が違っていた。
「酒姫にどうしてもなりたくて、けど、それはどうしても険しい道なので手段を択ばないことだってあると思います。それでも、それを含めても、私は一生懸命に酒姫になろうとする人の姿が大好きです。私たちの思い聞いてください」
優しい語り口から入る南部さんの歌。
飾らない歌声。
誰に対しても同じ口調で喋りかけている南部さん。
それと同じように飾らずに歌う。
あんなことをされても、南部さんの声からは優しさが溢れ出ていた。
南部さんは、この曲で初めてセンターになった。
ここまで一生懸命に練習していたのを知っている。夏休みに入ってからは、毎日朝から晩まで。
清酒祭から含めると、ずっとずっと頑張っている。高校に入ってから始めた者にとっては、とても辛かっただろう。
ずっと上手い人達に囲まれて、自分の出来なさを毎日痛感させられただろう。
それでも諦めずに、前を向いて走ってきたんだ。
南部さんの今まで積み重ねてきた努力が全て溢れ出ていた。
曲の途中、南部さんは微笑んだ。
一心に後ろの方に向けて歌っているようだった。
南部さんの視線の先が気になって見てみると、後ろの方で久保田さんが見学しているのを見つけた。
♪〜人と比べて争って、好きって気持ちより大事なものって何でしょうか〜♪
南部さんの飾らないで歌う姿、頑張っている姿はとても惹きつけられた。
妨害を受けた相手に対して送っている言葉とは思えなかった。
「ありがとうございました」
歌い終わると、久保田さんの姿は見えなくなっていた。
他のチームと比べると、歌はそこまで上手くなかったが南部さんらしさが溢れていた。
審査員たちは、ニコリともせずにシビアに採点をしていた。
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