本祭2日目

1次会 ‌合同合宿

 大会の日程の2日目が終わった。

 ポップ部門では、ハプニングが起こったせいで加点は期待できないだろう。

 残り3つの演目を頑張るしかない


 推し活部の練習はいつも通り、部室でしていた。


「次の曲は踊りが少ないから、気が楽だな」

「その分歌唱力が試される。私がメインで良いの?」


 次の演目はバラードだ。

 泡波さんがメインボーカルとしてセンターで歌う。


 ‌ひたすら歌の練習が続いていた。


 南部さんはずっと表情が暗かった。

 大会2日目のポップの演目が上手くいかなかったことを引きずっているのであろう。


 どう声をかけたものか……。



 ――ガラガラガラ。


 部室のドアが開き、久しぶりに部室に山崎先生がやってきた。


「みんな、暇か?」

 山崎先生はニコニコと微笑んでこちらをうかがっている。

 何か企んでいる時の目をしている。


 これはうかつに答えてしまったら、よからぬことが起きそうだ……。


「……暇なわけないじゃないですか。もう後が無いんですよ。暇なのは先生くらいです」


 一番切羽詰まっていた南部さんが答えた。


「まぁまぁ、そう言うな。みんなはもっと練習に打ち込みたいんだよな? 例えば学校に登校する時間も惜しいんだろ? ‌きっと」


「そうです! 数少ない日数で練習してて、登下校の時間も惜しいです。こうやって話している時間だって……」


 南部さんの発言に、山崎先生の目は輝きを増した。

 悪だくみが成功したような少年のように目を輝かせていた。


「なるほどなるほど、そうだよな。その確認だった! みんな、喜べ! 夏合宿の許可が下りたぞ!」

 ‌山崎先生はとても嬉しそうにしている。


「えぇ? 合宿って何するんですか?」

「1日中、学校で練習をするんだ」


「いつも、朝から晩まで練習やってますよ」

「そうだろうけど、いつもこの部屋で、同じメンバーで練習していても刺激が無いだろ? 合宿は酒姫部との合同合宿だ!」


「えーーーー!!」


 設備も整っていない高校で合宿することになるとは……。

 それもよりによって、酒姫部と合同なんて……。


 南部さんが暗くなっている原因となった久保田さんもいる。

 ‌ついこの前のことだ。気まずいにも程がある。

 ‌合同という部分を撤回できないものだろうか……。


 そう思って南部さんの方を見ると、南部さんに目の輝きが戻っていた。


「なるほど! 良い機会をありがとうございます! これは酒姫部と、久保田さんと仲直りするチャンスですね! 酒姫を目指す人に悪い人はいないはずです! 合宿しましょう!」

 南部さんは明るさを取り戻していた。


 ‌元々酒姫部にいたメンバーの茜さんと泡波さんは怪訝な顔をしていたが、覚悟を決めたように頷いた。


「後が無いもんな……。やらないで負けるくらいなら、なんでもやってやるか」

「正々堂々と向き合って、高め合う事ができるのであれば……」


「よし! ‌じゃあ正式に了解出しておくよー。推し活部の男子達は、酒姫部のマネージャは補助に回ってくれ! ‌直前で申し訳ないが、明日から合宿な!」


「えええーーー! ‌明日からーー!?」


 ‌◇


 次の日、‌合宿をするにあたって、まずは荷物を持って部室に集まっていた。


「……合宿って言っても、僕と藤木君はそんなに荷物無かったね……」

「そうですね……」


 ‌特に練習着などの要らない僕と部長の荷物は少なかった。それに比べて南部さんは大きめのキャリーバックとリュックとを持ってきていて、僕たちに比べると荷物が多かった。


「南部は、なんでそんなに荷物が多いんだ?」

「私、枕変わると寝れないんです! ‌あとはアイマスクとかー、耳栓とかー……」


「……わかる。私も持ってきた」


 泡波さんは分かるらしい……。

 ‌あんなに能天気に見える南部さんでさえ気にするのだ。泡波さんの荷物はもっと多かった。


「意味わかんないなー。枕なんて気にするか? ‌クロとか気にする方?」

「いや、僕は全く気にしないよ」


「そうだよなー」


 そう言っている‌茜さんが1番荷物が少なかった。



「おー! ‌みんな揃ったかー? 寝泊まりはこの部室な。‌荷物置いて、練習着に着替えたら早速酒姫部の所に行くぞー。朝の練習が始まるらしい」


「え? ‌酒姫部の練習って、こんな朝早くからなんですか?」

「もちろん。あいつらも本気だからな!」


 ‌◇


 ‌着替えを済ませて体育館へ来た。

 ‌夏の体育館は蒸し風呂と同じと言っても良いだろう。部室とは比較にならないくらい暑かった。


 ‌酒姫部はステージの上に揃っていて、ストレッチをしていた。ペアになって入念に体を伸ばしていた。

 ‌推し活部が体育館に入ってきたのに気づいて、ステージからこちらを見下ろしてくる。

 ‌まるで邪魔者でも見るように。


「……ちっ。気分は良くないが、こっちも覚悟を決めて来てるんだ。みんな、挨拶するぞ!」


 ‌茜さんが率先して酒姫部に頭を下げて挨拶をした。


「お世話になります! ‌今日から合宿、よろしくお願いします!」

 ‌それに続けて、南部さんも泡波さんも頭を下げて「よろしくお願いします」と繰り返した。



 推し活部の挨拶は聞こえているはずだが、‌酒姫部のメンバーは何事も無かったようにストレッチを続けた。


 ‌1人だけこちらに反応を示した人がいた。

 ‌二階堂さんだけが、ストレッチを中断してこちらに答えてくれた。


「邪魔しに来てんじゃねえぞ、茜? ‌私達の練習レベル下げたら承知しないからな? しっかりついてこいよ!」

「……当たり前だ!」


 ‌二階堂さんは一瞬ニヤッと笑ったように見えた。‌きっと二階堂さんなりの激励だったのだろう。

 悪口などではなく、‌茜さんの覚悟をわかった上での鼓舞に聞こえた。


「……相変わらずだな……。口が悪いから勘違いするんだよ、ばか……」



 ‌茜さんは二階堂さんとちゃんと仲直りしてるんだな……。

 ‌こんな風に、南部さんも久保田さんと仲直り出来たら良いんだけど……。


 ‌そう思っていると、南部さんは1歩前に出て酒姫部へ向かって大きい声を出した。


「久保田さん! 合宿一緒に頑張りましょう!‌ ‌そして、一緒に酒姫になりましょう!」


 ‌久保田さんはチラッと南部さんを見ると、舌打ちだけして返事はしなかった。

 何事も無かったようにストレッチを続けた。


 ‌部長の獺さんは、久保田さんの態度に難色を示したようで、久保田さんを叱責した。

「……無視は良くないです。清酒祭であったように、南部さんは私のライバルです。無視することは私に対する侮辱でもありますよ?」


 ‌そう言われても挨拶する気の無い久保田さんに代わり、獺さんが代わりに答えてくれた。


「南部さん、気を悪くしないで。酒姫は厳しい世界! ‌せっかくの機会なので、切磋琢磨しましょう!」


 こうして、‌合宿一日目が始まった。

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