6次会 夏は海へ
数日間にわたる夏休みの補習授業も終わり、これでやっと部活に専念できる。
南部さんは補修を終わりの再テストで見事合格して、晴れやかな顔で教室を去っていったのが印象的だった。
「やはり、私はやればできる子でした! 白州先生、補習授業ありがとうございました!」
そう言って、最後の補修を出て行った。
南部さんの自信の源を知りたいです……。
僕はというと、正規の補修は終わったのだが、酒姫についての勉強会が特別に開かれていた。毎日。なんの補修なのかと不満に思った所もあったが、白州先生の酒姫講座はとても奥が深く、為になった。僕も酒姫への知識が大分ついた気がする。
白州先生との個別の酒姫補修終わりに部室へ向かう。
生徒がいない学校は、いつもと違い静かであった。
ふと、夏休み前の先生の一言を思い出した。
”高校一年生の夏休みは今しかない。”
一回しかないんだよな……。
僕は精一杯楽しめているのだろうか……。
「あっ! 藤木君! おはようございます!」
南部さんが登校したところであった。耳につけていたイヤホンを外して、こちらに声をかけて来てくれた。
「まだ白州先生の補修続いているんですか? 藤木君、私よりもおバカだったんですね?」
「……いや、僕は違う補修をして……」
途中まで言いかけたが、勘違いをしているならそのままでも良いと思った。
うんと頷いて、うやむやにした。
「ふふふ。部活、楽しいですね! 私こんなに夢中になれることって初めてです。推し活部を選んで良かったってあらためて思ってます」
素直な笑顔で話す南部さんの様子を見ていると、その通りだと思った。
毎日誰よりも練習して、できなかったところを部活のメンバーに確認して、どう改善するか頑張って考えて前に進んでいる。
毎日がとても楽しそうだった。
「……僕も、この部活で良かったって思う。南部さんに会えて良かった」
「へ? ダメダメな子はプロデュースし甲斐があるってやつですか? プロデューサーの鏡ですね! もっと上手くできるコツを教えて下さいよ」
南部さんは鈍感だけど良い子なので、こちらの思いを素直に話せる。
やっぱり僕の推しだ。
この部活で夏休みを過ごせて本当に良かった。
◇
部室につくと、怒声が飛んでいた。
「こんな熱い部屋やってられないぞ! なんでお前の目を気にしなくちゃいけないんだ! クロ! お前は別部屋に行け!」
Tシャツ姿で、お腹の隙間から扇風機の風を入れている茜さんがいた。
汗だくだくな様子で、おへそなど隠す様子も無く見えていた。
泡波さんも同じ様子であった。
部屋は窓を開けていても、蒸し風呂のようになっていた。
「お、おはようございます……」
「藤木も! 暑いからドアは閉めるな!」
部長は、目をそらせながらもうちわで風を送っていた。
僕も見ないように目をつぶるくらいしかできない。ここは女子高じゃないのだが……。
「あああああ! 熱い! 毎日練習もいいけど、終わったら海に行こう!」
茜さんは限界のようであった。ロックの演目以来の魂の叫びを聞いた。
「なるほど! 海行くの良いね」
部長は逸らしていた目を茜さんへ向けて、ニヤッと微笑んだ。
そして、何かを思いついたように立ち上がってアイドルグッズの棚へと向かった。
「そんなこともあろうかと、ちょうどいいのを僕持っているよ!」
棚を開けようとしたところで、茜さんに制止された。
「……おい、水着なんて出したら、ドン引きするからな」
「部長、女性物の水着を持ってるなんて絶対嫌ですし、絶対着ませんからね!!」
「……変態」
「……信じられない」
女性陣から一斉に軽蔑の視線が送られた。
「いや……、ね、藤木君。分かってくれるよね僕の気持ち……」
「絶対にわかりません!」
部室の棚には触れず、強制的に処分されることとなり、次の日にみんな自分の水着を持参して海に行くことになった。
◇
湘南の海。
雲一つない晴天。日差しがまぶしい。
潮の香りが漂う海風が、頬を撫でる。
夏の海は気持ちいい。
まさか僕がこんなリア充みたいなことをするとは。女子4人、男子2人の海デビューであった。
レジャーシートをひいて、パラソルを出して荷物を置く。みんな、水着の上にラッシュガードをつけて紫外線対策をしていた。部長対策もあるかもしれない……。
「行くぞ、南部! 海まで競争!」
「私、足も早いんですよー!」
荷物を置くと、すぐに茜さんと南部さんは海に向かってしまった。
「レイ、泳ごう?」
「……私は日陰で……」
「そういうところだよ? 海なんだから一緒に楽しむ!」
白小路さんは泡波さんの手を取って無理やり海へと引っ張った。
数歩進むと泡波さんは抵抗するのを諦めて、二人で手を繋ぎながら笑いあって海へといった。
みんなまぶしい青春を送っているようだ。
……僕もリア充になったかと一瞬勘違いしたが、結局のところ部長と二人で荷物番をするのであった。
「みんな若いですなー」
「……そんなこと言って、部長はいったい何歳なんですか」
「僕の年齢は秘密だよ。永遠の17歳ってやつ」
「……普通に高校二年生は17歳でしょ」
丸々太ったザ・オタクな人にてへぺろをされて、少しだけ涼しい気持ちになれた。
「皆さん楽しそうですね。息抜きにはちょうどよかったです」
「そうだね。みんな最近のめりこみすぎてたからね。自然に笑えてこそ酒姫だよね。今の彼女たちが一番輝いている」
「……そうかもしれないですね」
海ではしゃぐ茜さんと南部さん。
楽しそうに水をかけあっている。
「楽しそうだね。僕ここで荷物番してるから、藤木君も行っておいでよ」
「え? いいんですか?」
部長の言葉に甘えて、僕は南部さん達の元へと向かった。
南部さんに近づいていくと、酒姫部の久保田さんが一緒にいるのが見えた。
「久保田さんじゃないですか? 息抜きですか?」
「そんなとこです。あら? 茜さんもいるんですね……」
茜さんは久保田さんを冷たい目で睨みつけていた。
「また男とでも遊んでるのか? ファンサービスだか知らないが、取っかえ引っ変え。そんなのやってて楽しいのか?」
「……ふん。あなたに何が分かるのですか? 努力することから逃げた癖に」
茜さんも怯まずに久保田さんに食ってかかった。
「そんなファンサービスが努力か。まぁ、手段を選ばないもんな、お前は。……この前、二階堂から聞いたよ。1年の時に私を退部に追い込んだ主犯……」
それを聞くと、久保田さんの顔から可愛らしい表情が消えた。
「……そうよ。同じ部活内だとしても、負けたら酒姫にはなれない。どんな方法を使ってでも勝つ。勝たなきゃなんの意味も無いわ。趣味でやってるんじゃなくてよ!」
久保田さんは語気を強めた。
「……その根性だけは認めてるよ。ちゃんとした手段だったら応援でもするのにな」
2人が強い口調で言い合いをしている中、南部さんは二人のわだかまりを気にせず入っていく。
「お二人とも大会で戦うかも知れないですけど、酒姫を目指す仲間です! 正々堂々勝負しましょうね! 今度のポップは私がセンターです!」
「……そう、あなたがセンターなのね。私も今度の曲はセンターなの。正々堂々ね……。何があっても頑張りましょうね?」
二階堂さんはニコッと笑って南部さんと握手をした。
一見可愛く見えるが、等身大を売りにする酒姫とは違った歪な笑顔であった。
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