3次会 ‌1st ロック

 熱い日差しは弱まることなく照りつける。

 セミの鳴く声も聞こえてきて、夏本番と言えるだろう。


 僕たち推し活部は、炎天下の中電車を乗り継いで全国品評会、関東の部ファーストステージ会場へとやってきた。


「ここですね、会場は! やっとつきましたー」


 ファーストステージの会場はあまり大きくない市民会館のようなところで行われる。

 関東の高校の酒姫を目指す子たちが続々と集まってきていた。

 その中に、うちの高校の酒姫部の姿が見えた。


 酒姫部は複数チームがいて、先日夏祭りであった二階堂さんもその中にいた。


 二階堂さんは茜さんの姿を見ると、仲間内で笑いあっていた表情が一気に消えて、真顔になった。

 茜さんと睨み合っているようであった。


 二階堂さんの方からこちらに近づいてきた。

「茜、いろいろと悪かった。もう取り繕ったりはしないけど、今日だけは正々堂々勝負しよう!」


 二階堂さんは握手を求めて手を出してきた。

 茜さんは手を取らず、ずっと睨んでいる。


 沈黙に耐えかねたのか、部長が空気を読まずに話しかける。

「二階堂さん! 今日が本番ですね! 正々堂々勝負です!」

「……クロ、うるさい。そんな奴に話しかけるな、行くよ」


 茜さんは二階堂さんと会話することなく立ち去った。


 ◇


 うちの高校の酒姫部は何チームかエントリーしており、清酒祭で1位を取った獺さん率いるエースチームもいるが、それとは別に二階堂さんが率いるチームもあった。


 うちの高校以外にも、会場には他の高校も集まっており、先に到着していた高校はロックの衣装を身にまとっていた。冷房で冷える屋内では、その上から簡単な上着を着て、体を冷やさないようにしていた。


「可愛い衣装の方もいますね。ロックって言っても、いろいろあるんですね。藤木君、あれあれ! 写真撮ってください!」

「は、はい」


 僕の左腕には黄色い腕章をつけている。

 ‌これは写真を撮るために、事前に申請をしているものだ。これをつけないと写真撮影は禁止されている。

 盗撮の被害が後を絶たなかったため、厳しく取り締まられている。


 南部さんに言われるまま、別の高校にカメラを向ける。


 露出度の高いようなロックの衣装もあるようだ。

 先の出番の高校はメイクもきっちり済ませており、かなりきつめな印象を与える化粧のチームもいた。


「部長、うちのチームはメイクとかは気合入れなくていいんですか?」


「藤木君、南部氏も。ロックって何か知っている?」

「……いえ、あまりわからないです。どちらかというと、ポップの方が好きでして……」

「私も、ロックはカッコいいということしかわからないです!」


「ロックはね、魂なんだよ! 周りの子達を見て、を気にしたでしょ、そこじゃないんだよ、歌に魂を込める。それこそがロック!」


「は、はぁ……」

「魂とは……」


 僕も南部さんもキョトンとしてしまった。

 ‌歌が上手ければ良いってことか?

 けれども、あのイカついメイクにもきっと魂が込もっているのだろう。



「――それでは、第一ステージを始めます。最初の発表高校は集合してください」

「はい!」


 きっと強豪校なのだろう。気合の入った返事とともに、発表会場へと向かっていった。

 みんな身体は引き締まり、容姿も整っている。

 この人たちと戦うのかとあらためて思うと、不安になる。


 全国品評会といっても、ファーストステージは地方での戦いとなっている。

 県大会の予選をパスした我々は、関東大会から戦いを始められている。

 なので、今会場にいるような面々はかなりの強豪校にあたった。


 ◇


 数校が出番を終わらせていく。

 カメラ撮影許可をもらう生徒は、優先的に良いポジションで鑑賞できた。


 さすがに強豪。歌唱力に圧倒される。

 カメラには残らないのだが、歌う表情からも魂を込めて歌っているのが見えた。


 写真を撮り終え、もうすぐうちのチームの番だと、推し活部の元へと合流をした。

 そこで、部長と茜さんが言い合いをしていた。



「茜氏、準備途中なんだけど、ちゃんと聞いて欲しい。二階堂さんが正々堂々と勝負しようって言ってたよ。昔のことは気にしないで、仲直りしなよ!」

「……分かってるよ。私だって、あいつが悪く無いのは本当はわかってるんだよ……」


 二階堂さんについての話だ……。


「試合前だけど、ちゃんと挨拶しに行こうよ! わだかまりがあるままだと、どちらも実力を出し切れないよ!」

「……でも」


 ――正々堂々勝負しよう。

 二階堂さんが言ってた言葉だ。

 自分のことを悪いと認めて謝って、その上できちんと戦おうと向き合っていた。


 それに答えようとしない茜さんに苛立ってしまい、僕は声を上げた。


「……茜さん! 二階堂さんのところに行きましょう! 二階堂さんは、自分がいけないことを分かっているんですよ! 茜さんだって、本当はもう許しているんでしょ! 素直になって下さいよ!」

「……」


「自分の気持ちに素直じゃない人のロックなんて聞きたくないです!!」


 つい大きい声を出してしまった。


 ……茜さんにこんなこと言ってしまって、怒られることを覚悟したが、静かに茜さんは答えた。


「……そうだな。藤木の言う通りかもな。うららのところに行ってくる」



 ――大会の様子は、他チームにもすべて公開されている。別の地方の人達にもわかるようにネットにも中継されている。

 まだ、うちの酒姫部の順番は回ってきていなかったが、そろそろ出番が迫っているのが順番表から分かった。


 酒姫部はパフォーマンス前に、最後の打ち合わせをしているところであった。

 ‌そんな中に茜さんが入っていった。


「麗! パフォーマンス前に悪い! さっきの答えに来た!」

 二階堂さんは出番がもうすぐということもあり、かなり顔が緊張しているようであった。


「麗、あらためて正々堂々勝負しよう! 昔のことはもう気にしてない! 応援してるから、頑張ってきて!」

「……茜」

 ‌茜さんは握手ではなく拳を出した。


「次の高校の方お願いします」

「行くよ、麗」


 ‌チームメイトはそそくさとステージへと向かう。

 ‌二階堂さんは真正面から茜さんを見ている。


「ありがとう、茜。見といてくれ。飛び切りのロック、決めてくるぜ!」

 ‌二階堂さんも茜さんに答えるように拳を合わせて、ステージへと向かっていった。



 僕も酒姫部に続いて、写真撮影のためステージ前列へと陣取った。


 横には審査員が複数並んでいる席のすぐ後ろ。

 

 二階堂さん達のチームがステージに上がった。

 センターが二階堂さんでメイン部分を歌うようだ。

 センターマイクが立っており、ダンスというよりも歌唱がメインのようだった。


 ‌真っ直ぐ前を向く二階堂さん。

 ‌審査員というよりは、その後ろの方を一点に見つめていた。


 曲が始まり、二階堂さんがメインで歌い始める。

 ‌二階堂さんの歌声を初めてちゃんと聞いた。

 心からの精一杯の叫び。一点の曇りもない、どこまでもまっすぐな声。


 二階堂さんの見つめる先が気になり確認すると、そこには茜さんがいた。

 ‌茜さんは、二階堂さんの歌を真正面から受け止めていた。


 最後の歌詞を歌い終えると、二階堂さんは拳を前に突き出して曲を終えた。


「私の魂の声ロック。聞いてくれてありがとう!」


 茜さんもそれに応えるように、拳を前に突き出していた。

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