2次会 ‌納涼祭

 大会に向けて、5曲も踊れるようにならなければいけないと、練習に明け暮れる日々が続いている。


「……よし、ちょっと休憩挟むか」


 ‌夏の暑さも本格的になって来ており、部室の中は気温とみんなの熱とでサウナ状態だった。

 ‌エアコンなんて部室には付いていないので、扇風機を持ち込んでみんなで浴びて熱を冷ましている。


 ‌ただ、全員に扇風機の風は行き渡らないので、部長と僕とで気休め程度にみんなをうちわで仰いだ。

 推し活をしに来たのに、部活動の‌マネージャーのような活動をしていた。

 ‌きっとこれも推し活なのだろう……。



 休憩中、‌部長から世間話を始めた。

「……そういえば、裏の話らしいけど、ファーストステージの最初の審査は酒姫の昔話に出てくる”石作皇子”にちなんで、ロックらしいよ」

「……何のシャレだよ。そんなんで決めてるわけないだろ。最近はアイドルがロックをするのも売れてるからだろ」


 ‌部長の発言に茜さんは呆れて答えた。

 ‌南部さんはあまり納得出来てないようで、茜さんに尋ねた。



「ロック売れてるんですか? 酒姫は可愛さが売りなんじゃないんですか?」

「荒々しい曲調の中に、可愛らしい声が響くっていうギャップが良いって、コアなファンがついてたりするんだ。あと、曲によっては低音を歌ったりもして、そういうのもカッコよかったりするよ?」


「なるほど……。カッコいい中にも可愛い、可愛いの中にもカッコいいがあるんですか……、なんか難しいですね……」


 部長は、にやっと口角を上げて、コミカルに指をさした。

「ここ、ここ、南部氏、ここにいるじゃかない、カッコいい中にも可愛いを兼ね備えた見本が!」


「なるほど! 茜さんロック似合う!」



「……はい! ‌休憩終わり!」


 ‌褒められ慣れていない茜さんは顔を赤くしていた。話を打ち切るために休憩を終わらせたようだ。


 ‌◇


 僕はひたすら練習風景を写真に収めていた。

 ‌酒姫として頑張ってる人たちに月次の報告書を作ってもらうのは酷だと、7月分の報告書も僕が担当になってしまい、活動報告書を作っているのだ。



「ふう。じゃあ、今日の練習はこのくらいにするか」

 最初に行われる審査のロック楽曲について、‌かなり仕上がってきていた。


 音楽を止めて静かになった部室内に、遠くの方から祭りばやしが聞こえてきた。


「あれ? ‌この音なんですか?」

「あれかな? 高校の裏にある神社でお祭りがやってるんだったっけ?」

「もうそんな時期か。せっかくだから、気晴らしにみんなで行ってみるか」


 みんな頷いて、帰り支度を始める。


 ‌部長は何かを思い出したようで、いきなり手を叩いた。

「そうだ! みんなお祭りといえば、浴衣だよね!」

 部長は、アイドルグッズ棚の横からゴソゴソと何かを探し始めたかと思うと、机の上に数着の浴衣が出された。


「みんなの分ちゃんと用意してあるよ! こんなことがあると思ってね!」



 ……部長はなんでも出してくるな。

 そんなに私物を持ってきて良いのだろうか。

 ‌……というか私物で女性ものの浴衣を持っている時点でおかしいが……。


 部長の丸々とした体系もあいまって、なんでも道具を出してくれる猫型ロボットに思えてきた。


 出してきた浴衣は数種類あった。きっと部長の趣味であろう。


「浴衣って、サイズは気にせず着られるからね! みんなこれに着替えて、お祭りに行こう!」


 例によってお着替えなので、部長と僕は部室を出た。

 ‌手持ち無沙汰になってしまうので、先に祭りの会場へと向かうことにした。


 ‌◇


 日が落ちるのは遅くなったとはいえ、すでに暗くなりかけた神社への道には、提灯が等間隔に吊り下げられていて、淡く明かりを灯していた。


「すごいですね。こんな立派な神社が学校の近くにあったんですね。出店もいっぱい。金魚すくいやら射的やら……」


 ‌部長は目をキラキラさせて、出店を眺めていた。


「部長こういうの得意そうですよね」

「うんうん、得意だよ。けど昨年やりすぎちゃってね、ここも出禁になっちゃったんだ」


 ……なるほど、可哀そうに。


「藤木君やってみる? コツなら教えてあげるよ。南部さん達に何か景品取ってあげなよ。みんな来る前に練習練習!」


 そう言って金魚すくいのお店の前へ行くと、髪を上げて高い位置で結んでいる小さい女の子の先客がいた。

 ‌鮮やかなオレンジ色の浴衣を着ていて、とても幼い女の子に見えた。


「おじさん、これ取れないんだけど! どうなってるの!」

「お嬢ちゃん、一匹も取れないなんて、初めてやるのかい金魚すくい? しょうがないから一匹あげるよ。好きなのを選んでいいよ」


 小さい女の子はムスッとして立ち上がると、オジサンに対して怒った。

「初めてじゃないし! それにお嬢ちゃんって呼ぶな! 私はこれでも高校二年生!」



「……あれ? よく見ると、二階堂さんじゃないですか? 酒姫部の」

「ほんとだ」


 部長は過去のしがらみを気にする様子も無く、ニコニコと笑いながら二階堂さんへ近づき話しかけた。


「こんにちは。二階堂さん、金魚のすくい方のコツを教えてあげようか?」

「げ、黒小路! と、酒姫部にいる黒小路の手下! こんなところまでカメラ首に下げて来やがって……何が目的だ!」



 ‌……いやいや……、僕は手下って思われているのか……。


 部長は暴言にもめげずに、コツを教え始める。

「金魚すくいをする時はね、金魚の頭を狙うんだ。尾びれはいわば金魚の手足と一緒だからね、そこを狙ったら良く動いてしまってポイを破られちゃう」


「……ん、そうなのか?……なんか納得した気がする。オジサン、とりあえずもう一回!」


 をもらうと、二階堂さんは金魚に狙いを定め始めた。


「二階堂さん、ポイを水に入れる前にポイをよく確認した方が良いよ。ポイにも裏と表があってね、使い分けが重要なんだ。金魚すくいをあまり知らないと、裏表があることにも気づかない人がいるからね」

「……そうなのか? そんなのがあるのか……」


 部長を毛嫌いしていた二階堂さんだったが、素直なところもあるようで部長の話に真剣に聞いている。


 ……二階堂さんは酒姫部で茜さんを蹴落とそうとしていたと聞いたけど、こういう一面も持っているんだ……。

 ポイとは違うけれど、人も近くで見てみないとわからないこともあるようだと思った。


 部長の金魚すくいの解説を店の人も一緒になって聞いていて、すごく嫌そうな顔をしていた。

 部長は、金魚すくいに近づくことさえも禁止されそうだ……。



「ゆっくりゆっくり……今だ!」

「よいしょ!……取れたーーー! 黒い出目金!!」


 二階堂さんは部長とハイタッチをして喜んでいた。

 ‌その光景は、まるでカップルのようであった。

 ……茜さんには秘密にしておこう……。



「でかいの取っちまったか……。それやるから、もう取らないでくれ……」

 ‌店のオジサンはガックリと肩を落とした。


「……黒小路、サンキューな!」

「いえいえ、楽しんでもらえたなら良かったよ」

 ‌満面笑みで二階堂さんはお礼を言った。


「……けど、今度あった時は敵だからな! ファーストステージのロック、推し活部はもちろん茜がメインで来るんだろ? 私もメインで歌う。正々堂々勝負しようって言っといてくれ」

「わかった!」


 なんだか、二階堂さんは悪い人には見えなかった。本当に茜さんを酒姫部から追い出した人なのだろうか……。



「あ、そうか、藤木君ごめんね。本来は藤木君に教えるはずだったのに。……今日は金魚すくいは無理そうだね……射的とか練習しにいこうか!」

「はい! ‌部長に教わればなんでも出来そうな気がしてきました!」


 ‌そう言って射的の練習を始めたのだったが、推し活部の女性陣が来る前には、射的も出入り禁止になってしまった。


 ‌そして、お祭りのゲームを楽しみたい女性陣とは別行動する羽目になってしまった。


「こういう日もあるよね、藤木君!」

「無いですよ、そんな日。初めてです。……みんなの着物姿、写真に取るだけ取っておきます……」


 ‌僕と部長を遠巻きに、祭りを楽しむ酒姫達の様子が写真には残った。

 ‌僕は半泣きしながら、部長とわたあめを食べて時間を潰して祭りを過ごした。

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