桃太郎異聞

Bamse_TKE

桃太郎異聞

『OK?じゃあ、行きます。』

いつも通りのテロップがYoutubeの始まりを告げる。フォントは怪しげに水に浮かぶようなゆらゆらした明朝体。

『始まりましたYoutube、異聞怪聞伝聞Youtuberのバムオです。』

その怪しげなフォントが自己紹介を始める。音声は無いが繰り返す木琴のメロディーにちょっと不思議チックな雰囲気を感じてほしい。

『今回は以前コメントで教えて頂いていたS県に伝わる桃太郎・・・』

頂ける数少ないコメント、ネタを提供していただける数少ないフォロワーさん感謝です。

【怪異、桃太郎異聞!!】

皆様ぜひご視聴ください。


ぼくは動画の配信者、他称はなくても自称する。

動画で食えない、ぼくの生活、支えてくれるおばあちゃん。

長生きしてね、おばあちゃん、いつか錦を飾ります。

さてと話を動画に戻そう。テーマは童話。そして童話はなんだろう、いよいよ語ろう、桃太郎。スマホにスイカ、忘れてないか、それではS県、いざ行かん。


いつでもどこでも便利で無料の図書館は、僕の調査にもってこいの場所である。

「桃太郎、やっぱりO県の話ぢゃん。」

S県の資料や書籍に悪態をついても仕方がないですが、わざわざS県来たのにこれじゃあんまりだ。まず桃太郎のお話を整理してみよう。

桃太郎はあまりにも有名なお話であるが、実は大まかに分けて二通りのストーリーがあるらしい。一つは定番の

「ドンブラコッコ」

と流れてきた桃を割ると桃太郎が出てくる

【果生型】

もう一つは

「ドンブラコッコ」

と流れてきた桃をおじいさん、おばあさんが食べると二人が若返り、それで二人に子供ができ、その子が大きくなって桃太郎の

【回春型】

どっちにしても、やはりO県発祥説が有力。ほかにA県に桃太郎を冠する神社があったり、K県にも鬼ヶ島のモデルがある様子。でもやっぱりS県所縁のエピソードは無さそう。

だまされたかな?

今回の調査は近場であったことから、つい下調べを怠ってしまった。こりゃ無駄足かも・・・

わざわざS県に来たのだから少しでも何かを見つけなければ。風土記関連のコーナーを眺めていると、S県民達による自主投稿、自主製本の風土記集を見つけた。言ってみれば手書きの県民同人誌。数冊パラパラめくってみると、あるじゃないですか

【S県、桃太郎異聞】

来たかいがあったというもの、早速読ませて頂きます。


その昔、大きな地震がありその被災者がS県のこの町に相当数移住した。町は人口増加によりかつてない賑わいを見せるようになる。町が大きく栄えれば、そこに盛り場ができ、そして遊女たちが大挙して移り住んだ。遊女たちはこの町に生活基盤を置いたが、彼女たちにとっての恐怖は病気と妊娠であった。病を患いなおかつ腹が膨らんで客をとれなくなった遊女は船に載せられ、川に流される。その流された先には老夫婦がおり、その遊女の腹を掻っ捌いて赤ん坊を取り出す。遊女はもちろん助からず、取り上げられた赤ん坊もその後行方が知れないと。運よく長じた幼子は町に売られたり、老夫婦のために働かされたりしたと聞く。


読むんじゃなかった。

そりゃもともとの桃太郎のように桃を割ったら人間出てくるとか、桃を食べたら若返るとか、童話にしても現実感が無さすぎる。だからって良く思いつくなこんな恐ろしい話。要するにこういうこと?

流れてくる桃が流れてくる妊婦さん、その腹を搔っ捌いて・・・。産まれたその赤ん坊が桃太郎。

いくらなんでもグロ過ぎる。リアリティを求め過ぎて、かえって現実感から遠ざかっている。ていうかこんな現実あってたまるか。吐き気を催しつつもこっそり文章を写真に収めぼくは帰路についた。YoutubeチャンネルBANされないように、グロ過ぎてチャンネル離れが起きないようにうまくまとめられるかなぁ?


【怪異、桃太郎異聞!!】

従来型の桃太郎を動画上でおさらいし、その上で【S県、桃太郎異聞】に記されていた悲惨な妊産婦と赤ん坊の話をつなげる。

『最後に非業の運命を辿った母子が幽世かくりよで安らかならんことを切に祈る。』

とテロップを入れて終了。

なんとか動画アップロードに漕ぎつけた。テロップによる説明はなるべく柔らかく、残酷な描写は遠回しな表現で。

なんとかYoutubeチャンネルを停止されることもなく、自分なりにそこそこ見られる動画に仕上がった。さぁ、今回こそバズっておくれ。


やはり動画はバズらない。それでもぽつぽつとコメントが立ち始めた、再生数もそれなりには動き始めた。フォロワーさんたちいつもありがとうございます。コメントは相も変わらず、読むに堪えないきつめの文章多し。それでも動画を見てくれた証と前向きに考えるぼく。そんなぼくを地獄に突き落とすようなコメントが出た。

『動画内容の訂正を求めます。必要あれば法的処置も検討します。』

キタコレ、もっとも怖いコメントです。誰かを誹謗中傷した覚えはないけど、こんな時には丁寧な対応が大事。早速SNSのダイレクトメッセージで謝ってしまおう。ぼくは謝罪スキルは高いほうだと思う、自己評価では。

心情を傷つけてしまったならすみません。

もしよろしければどこが気に障ったか教えて頂ければありがたいです。

的なメッセージを怒りのコメント主に送ってみた。お返事はすぐに帰ってきた。この返信の速さにコメント主さんの怒りを感じるぼく。こわい。

送られてきたのは白黒写真、柔和な感じのおじいさんとおばあさんがこちらを向いて微笑んでいる。まさに原作桃太郎のおじいさん、おばあさんて感じ。ぼくが上げた動画にでてくる妊婦の腹を裂く鬼ジジ、鬼ババの類ではなさそうだ。続いて古い新聞記事が送られてきた、さっきの写真は新聞記事の一部を切り抜いたものらしい。拝見します。


昭和初期のS県、大震災後の移民と復興景気に沸くこの町には沢山の移住者が押し寄せ、そこには大きな盛り場ができ、アメリカ西海岸のゴールドラッシュよろしくそこに遊女たちが住み着いた。遊女たちは稼ぎが良かったものの、苦界くがいに住む苦しみにもがきながらも生きていた。感染予防や避妊の概念に乏しかったこの時代、多くの遊女たちが病を隠して働き、望まざる妊娠にきゅうしていた。病を背負った遊女が運よく我が子を産み落とせても、遊女の赤ん坊たちは大概生まれつき目が不自由、このことがさらに母子を苦しめた。遊女たちの多くは淋病に感染していた。そしてその病に侵された母親が我が子を産み落とす瞬間が皮肉にも母子感染をさせるタイミングであり、風眼ふうがんと呼ばれる感染症にて失明する赤ん坊が多かった。淋病が発見されたのは明治時代であったが、抗生物質(細菌感染を治療する薬物)による治療が一般的になったのは昭和後期の話であった。そんな遊女たちが縋った夫婦こそ前出の老夫婦であった。老夫婦は現在でいうところの産婦人科医師、川沿いの町はずれに小さな医院を構えていた。遊女たちは評判を聞いて腹が膨らむと、船を漕いでその身をそこへ運んだ。残念ながらその医院では彼女たちの淋病を治療できるほどの抗生物質を持ち合わせてはいなかった。しかし遊女たちは我が子を産み落とすタイミングの感染を防ぐ方法、帝王切開に希望をかけた。もちろん淋病を治すための抗生物質すら足りない状況での手術、術後感染症によって命を落とす遊女も少なくなかった。それでも遊女たちは腹の子の未来に自分の希望を託したのである。桃太郎の桃は、自らの命と引き換えに我が子の健康を願った遊女、その腹を割っていたのは彼女らの切ない想いを託された産婦人科医師夫婦であった。彼らが救った小さな命が長じて、鬼を倒すほどの偉業を成し遂げたものあったかも知れない。


儚くも悲しい物語のなか、沢山の子供たちを救ったであろう老産婦人科医師夫婦が優しく写真の中で優しく微笑んでいた。

ぼくが読んでしまった【S県、桃太郎異聞】はこの悲話が何かの拍子で歪み、伝わった話だったに違いない。

ぼくは怒りのコメント主に改めて心から心の中でお詫びをして、動画修正に取り掛かることにした。


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