第51話 エピローグ

 夏休みが終わりを告げた。

 心無しセミ達の声も日に日に弱々しくなっている気がする。

 気温も少しずつだが下がっている気がして、太陽も徐々に秋に向けて準備してくれているのだろうか。

 それでも充分に暑いがね。


「アーヤーノー! おーきーろー!」


 夏休み明けの1発目の登校日。

 夏休み前から変わらずアヤノを起こしに来たのだが、最近寝起きが良かったアヤノが夏休みが終わると、また寝起きが悪くなった。


「アーヤーノーン! 遅刻するぞー」

「う、うーん……」


 ようやく声が出てアヤノは寝ぼけた顔をしながら上半身を起こす。


「ほらほら。起きた起きた」


 目を掻きながら眠そうにこちらを見た。と思ったらそのまま寝転がろうとするので俺はすぐさま手を伸ばして彼女の背中を支える。


「ファニーファニー。1回起きたならサクッと起きようぜアヤノさんよぉ」

「眠い」

「だろうな。でも、もう夏休みは終わったんだ。現実を受け止めて、朝は早く起きなきゃいけない」

「分かった」


 素直に頷くとアヤノが言ってくる。


「リョータローがおはようのキスしてくれたら目覚める気がする」

「え? ――ととっ」


 突然そんな事を言われて手に力が入らなくなったが、何とか耐える。


「してくれないの?」


 無表情で言ってくる。そんな台詞を寝起き数秒後によく無表情で言えたものだ。


「いや……。それは……。あれじゃない? 恥ずいというか……」

「恥ずかしいの?」

「だって……。ねぇ?」

「変態なのにウブ?」

「へ、変態ちゃうわ!」

「そう……。でも、良い。起きる」


 そう言いながらアヤノは起き上がりベッドから降りる。


「お、おお! 何と素直な事だ。よきかなよきかな」

「リョータローの童貞丸出しのウブな顔が見れたから良しとする」

「ど、どど童貞ちゃ――」

「違うの?」

「ち、違わないです……。はい……」

「ふふ。うんうん。素直でよろしい」


 アヤノは無表情で俺の頭を撫でてくる。

 これ、どういう状況なの……。

 

「つか、そんな事してないでさっさと学校行くぞ」


 俺は照れながらも彼女の腕を振り払う。


「うん。行く」


 そう言いながらアヤノはアクションを起こさない。


「――なんで突っ立ってんの?」

「着替え。したいんだけど?」

「え? あ、ああ……。俺の事は構わずにどうぞ?」

「一緒に着替えたいの?」

「アヤノの育ってない所を久しぶりに拝みたいね」


 そう言うとアヤノは「ふっ」と鼻で笑った後に枕を思いっきり振りかぶって投げてくる。


「出て行って!」




 すぐさまアヤノは制服に着替えてリビングにやってくる。


 ショートヘアの制服姿は今日初めて見るので、俺は固まってしまう。

 ダメだ……。俺、完璧にショート派になったかも……。


「なに?」

「制服姿に見惚れちゃって」


 素直に言うとアヤノは視線を逸らして「なんなの……」と嬉しそうに呟いた。


 そのまま機嫌良くアヤノはダイニングテーブルのいつもの席に座る。


「なに……してんの?」

「紅茶」


 俺は時計を指差して叫ぶ。足はキッチンへ向かっている。


「馬鹿言ってんじゃねーよ。何時だと思ってんだ! 可愛ければ何でも許されると思ってるのか!?」

「思ってる」

「ああ! そうさ! その通りだ! 正解だ! 俺はアヤノの言う通り紅茶を淹れるだろう! 遅刻覚悟で淹れるだろう。そしてお前はこう言う――」

「バイクに乗れば間に合う」

「――ってな! アッハッハ! その通りだぜ。俺達には校則破りのチート技を使うしかないぜ」


 そう言いながら手では素早く紅茶を作り、そのままアヤノに提供する。


「良いの? いつもなら校則が――って、ブツブツ文句言うのに」

「いや、その……」


 アヤノは紅茶を1口飲んで首を傾げる。


「アヤノとくっつける口実になるかなー……と……」


 そう言うとアヤノは無言で立ち上がり俺の前に来る。


 そしてそのまま正面から抱きついて来る。


「くっつきたいのならいつでも言えば良い」

「お、おうふ……」


 アヤノの良い匂いがダイレクトに来て、股間のセンサーが敏感に察知した。

 あかん……。このままずっといたい気になるが、学校に行かなくては……。と自分に勇気がないのを学校の際にしてアヤノの両肩を掴んでゆっくりと離す。


「は、早く学校行かないと」

「ぷぷっ。童貞拗らせてるね」

「う、うるへー! 童貞童貞いうな!」




♦︎




「リョータロー」


 朝は結局チート技で遅刻は免れた。

 そして夏休み明け初日は半ドンで終わり、しかも通常授業ではなく、LHRだった。

 その議題は【文化祭】についてであった。

 夏休み明け1発目から文化祭の議題とは思ってもみなかったな。

 文化祭の出し物はすんなりと決まり、我がクラスは『劇』をする事になった。

 しかも、そのヒロインにクジでアヤノがやる事になったのだ。


 アヤノは決まった瞬間に「演技力はある」と言っていたが、どう考えてもデジャヴなんだよな……。


 そんな事を考えていると、アヤノが俺の席まで来て呼びかけてくる。


「いつもの所に行こう」


 いつもの所。旧校舎の自販機の所だろう。


「あ、ああ」


 俺は頷いて立ち上がり彼女と共に指定された場所へ向かった。




「――演技には自信がある」

 

 自販機前に着くなりアヤノが言ってくる。


「うぇ? 本当か?」


 俺はジト目でアヤノを見てやると「ただ……」と付け加えて言ってくる。


「私の感性に他の者共が付いて来れない可能性がある。だから、他の者共代表でリョータローに私の演技を見て欲しい」

「他の者共て……。分かった。それじゃあ――」


 俺はスマホを操作して、有名な演劇の【ロミオとジュリエット】の簡単な台詞を彼女に見した。


「この『ああーロミオ。あなたはなんでロミオなの?』をやってみしてくれ」

「なめてるの? こんなの余裕」


 そう言ってアヤノは「ごふんっ! ふっ!」と咳払いをして、軽く肩を動かして右手を上空に伸ばして台詞を言う。


「『なんでなん? なんであんさんロミオなん?』」

「ぶっ!」


 なんで関西弁なん……。しかも若干京都風の……。いや、京都の人あんさんとか言わねーよ。


「どう?」

「クセが凄すぎるな」

「クセ? どこら辺が?」

「自分で分からない所と含めてクセがエグい」


 そう言うとアヤノは心底分かってない様な表情を見してくる。


「何が違うのか、しっかり教えてよ」


 そう言われて俺は頭を掻きながら笑ってみせる。


「しゃーないな。教えてやるよ」


 お世話のバイトは辞めて、アヤノと付き合う事になった。

 だけれども、まだまだこのクーデレお嬢様にはお世話が必要みたいだな。


(完)

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クーデレお嬢様のお世話をすることになりました すずと @suzuto777

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