第46話 花火大会(序)
早くも月を跨いだ夏休み。
なんだか無駄な日々を過ごしている気がする。
アヤノは仕事をよこしてこないし、コンビニバイトは全然入ってないし、遊んでくれる地元の友達は少ないし、その数少ない友達も部活やバイトだし。
バイクに乗って山道でもブラブラするのも良いけど、流石に毎日乗るのはしんどいしな……。
去年はバイト漬けの夏休みだったので「休みほしー」何て思っていたが、今年は「ひまー」と叫びたくなる。
人間は何て贅沢な生き物なのだろうか……。
こういう時は任◯堂様に頼るしかないな、それしかない。
ゲームでもしよう……。
という事で先程からリビングで1人、ゲームをしている。
折角だしバスケ部を引退したサユキを誘おうと思ったが、部活がない今、本格的に受験勉強をしなければならない時期に入っていると思うので誘うのはやめておいた。
なんて気を使ったらあの野郎遊びに行きやがった。大丈夫かよ……。
そんな訳で1人悲しくレースゲームでもしている。
コンピューター相手もつまらないので、オンライン対戦をしているんだけど、ガチ勢がガチで俺みたいなにわかを潰しにかかってくるから勝負にならない。
いや……。俺が下手くそなだけか……。
「があ! ぜんっぜんあかん! ダメー!」
あれから何時間経過したのだろうか……。
時間を忘れてオンライン対戦に挫けずにチャレンジするが全然勝てない。
「ただいまー」
昼に出て行ったサユキがリビングへ入ってくる。
「あれ? おかえりー」
ふと窓の外を見ると、まだ明るいが陽が傾いているのが伺えた。
リビングの時計に目をやると19時を少し過ぎた辺りである。
「うわ……。もうこんな時間かよ……」
「兄さん。お腹空いたー」
「母さんに頼みなさい。兄さんは超忙しい」
「ゲームしてるだけでしょー。しかもおかあ――ぷっ」
サユキはテレビ画面を見て吹き出した。
「下手ぁ」
「うるせっ。これから上手くなるんだよ」
「そんな無駄な努力よりご飯作ってよー」
「だから母さんに頼みなさい」
「お母さん今日は友達と出掛けるから夕飯はいらないって昨日言ってたでしょ?」
「ぬ?」
サユキの言葉を聞いて昨日の会話を思い返す。
そういえばそんな事言っていた様な……。言ってなかった様な……。
「自分で作るという選択は?」
提案するとサユキはにっこりと笑って言い放つ。
「良いの? 紗雪スペシャルフルコースをおみまいしても」
「よし、分かった。落ち着け。俺が悪かった。俺が悪かったからキッチンへの歩みを止めてゆっくり戻って来い」
俺の胃が少し痛くなる。
昔、サユキの料理を食べて急性胃腸炎になった記憶が蘇ったのだろう。大丈夫だ俺の胃。あの惨劇は繰り返すまい。
「お、俺も腹減ったし、俺が作るかなー」
「わーい」
なんだかサユキに上手いことのせられた気もするが……。
ゲームへの情熱よりも胃への労りが勝った俺はゲームの電源を切って立ち上がりキッチンへ向かう。
まずは米がないからサクッと洗い、炊飯器の早炊きモードを選択してご飯を炊く。
その間に冷蔵庫から母さんが買ってくれていた合挽肉のミンチを取り出してボールに移しこねる。
「ハンバーグ?」
キッチンに付いて来たサユキが俺の作業を覗いて聞いてくる。
「そうだな」
「おお! 兄さんバーク」
「なんだ、その語呂の悪いハンバーグは」
「兄さんのハンバーグ好きなんだよね。えへへ」
上機嫌で言ってくるサユキ。
ハンバーグでそこまで機嫌良くしてくれるならありがたい。
ま、今から作るのは時短ハンバーグだけど。
卵、玉ねぎは使わずに塩をミンチにふりかけながらこねる。
卵、玉ねぎは接着剤の役割をしているみたいだが、塩でも充分な接着剤代わりとなるらしい。
この前、それでハンバーグを作ったら意外と上手く出来たので、今回もそれで調理していく事にする。
こねて、こねて、パンパンとマウンドでピッチャーがボールをグローブに投げるかの様に軽くエア抜きをしてやる。
そんな俺の姿をサユキがジーっと見てくる。
「――なに?」
「ふふふ。兄さんは果報者だなーっと思って」
「いやいや。料理作らされてるのに何で俺が果報者なんだ?」
まさか「こんな美少女に料理を披露できなんて幸せだねー」なんて事は言わないだろうな。
「ふふ。さぁ? なんででしょうねー」
予想外れだが、なんだか意味深な言葉を嬉しそうに言ってくる。
今日のサユキの気分は上々みたいだ。
「なんだ? 何か良い事でもあった?」
「良い事というより……楽しい事? ううん。楽しみな事?」
「俺に疑問形を投げられても分かるかよ」
「ともかく、ふふ。この果報者めっ!」
そうやって肘で「このこのー」なんて古いからかい方をしてくる。
「おいー。邪魔すんなっての」
「良いなー。私もあんな風になれるのかなー。あーあー」
「お前は一体さっきから何の話をしとるんだ?」
「それは秘密だよ。えへへ」
サユキは調理中に終始そんな感じで邪魔してくるのであった。
♦︎
夕飯を食べ終えた後に父さんと母さんが一緒に帰って来た。どうやらエレベーターで偶然会ったらしい。
食器の片付けは母さんがやってくれるとの事で、そこは素直に甘えておく。
父さんはプロ野球を見たいらしい。
俺はゲームの続きをしようとしたが、プロ野球は俺も好きだし素直にチャンネル権を譲る。
サユキもスポーツは幅広く好きなので親子3人が南方家ご贔屓のプロチームのナイターゲームを観戦する。
『ーーおおっと? どうやら……? ピッチャー交代の様ですね』
7回にご贔屓のチームがピッチャーを交代するタイミングでテーブルに置いていた俺のスマホが踊り出す。
「綾乃さん?」
サユキが俺に首を傾げて聞いてくる。
画面を見るとアヤノから電話であった。
サユキに「何で分かった?」と言わんとする視線を送る。
すると彼女は嬉しそうに笑った。
「やっぱりねー」
肘をついて頬を手で支えて足をバタつかせる。
誰から電話がきたのか予想が当たり機嫌が良いのだろうか? しかし、それにしてははしゃぎ過ぎな気もするな。
「出ないのか?」
父さんが尋ねてくる。
「あ、ああ……」
俺は席を外して自室に向かいながら電話に出る。
「もしもし?」
『リョータロー。今、忙しい?』
「んにゃ。全然大丈夫」
そう言いながら自室に入り、ベッドに座る。
「珍しいな。電話なんて」
『う、うん……』
「どうした? 仕事か?」
質問しながら、仕事であれと軽く願う。
『え……っと……。違う……というか……』
歯切り悪くそう言われて軽く肩を落とす。
なんだ……。仕事の電話じゃなかったのか。
「んじゃどしたよ? 何か相談とか?」
『相談……? えっと……。いや、やっぱり仕事! うん。仕事の話!』
「なんだよそれ」
笑いながら言ってやる。
仕事という事でやる事が出来てテンションが上がる。
「なんだ? 頼みにくい事か?」
『そうだけど……。そうじゃないというか……』
はっきりしないやっちゃ。
「もしかしてガチパシリとか? 何か買って来い系の仕事?」
『そうじゃない……』
「んー? なんだろ……。いつも通り、朝早く起こして系?」
『ち、違うよ……』
「運搬系だ。どっかに送って行け」
『当たらずとも遠からず』
もはやクイズっぽくなってるな。
「わーらん! 降参だわ。何の仕事なんだ?」
『えっと、えと……。その……。花ーー会……』
「ん? ごめん。後半聞こえなかったー」
『は、花火大会!』
アヤノは大きな声で言ってくる。
「花火大会?」
『そ、そう。あ、明日花火大会だ、だから、その……。誘導! そう誘導をお願いしたい』
そういえば明日は全国でも有名な花火大会が行われるな。
「花火大会かー。久しく行ってないな……」
去年はバイト、一昨年は受験勉強ばっかりしてたから行けてない。
『明日は何か予定あった?』
「ないない。だから別に誘導だっけ? 全然大丈夫なんだけど、良いの?」
『い、良い。仕方ないでしょ……。1人で行くのはちょっとあれだし……。仕方なくリョータローを雇ってあげたの』
「俺と一緒で良いの?」の意味では無かったのだが……。まぁ俺の聞き方が間違っていたな。
「そ、そっか。それはどうも……」
しかし、わざわざ「そういう意味じゃなくて」なんて言うのも面倒なので、流れに任せて適当に相槌を打つ様な事を言った後に、聞きたかった事を聞く。
「でも、誘導だけで良いのか?」
『ど、どういう事?』
「いや、仕事なんだろ? だったらさ、浴衣探し任せた、みたいな? 花火大会だし、浴衣の方が風情があって良いだろ?」
そう聞くとアヤノは電話越しでも分かるくらいに慌て出す。
『そ、それは大丈夫。だ、大丈夫だから。リョータローは誘導してくれれば良い』
「さ、さいですか」
『そ、それじゃあ、また明日ね』
そう言ってこちらの返事を待たずして電話は切られた。
なんだか焦っている様な気がしたが……。
しかし、なんだ。花火大会か。本当に久しぶりだな。いつ以来だっけ……。
自分が過去いつ花火大会に行ったか思い出そうと脳を働かせながらベッドに横たわり天井を見ると、いつ行ったかは思い出せないが、ある事に気が付いた。
これ……。普通にデートじゃない?
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