第45話 夏の大会

 夏休み初日。

 長期休暇期間に入ったのにも関わらず、いつも通り早く起きる。

 窓の外からはそんな俺よりもずっと早起きな夏の風物詩が雌を呼び寄せる為に、その短い命を燃やしていた。


 寝巻きから私服に着替えてリビングに行く。

 いつもなら電気が点いているのだが、今日は消えていた。

 

 本日はサユキの中学最後の大会の日。

 試合は朝一からだと言っていたので、もう出て行ったのであろう。

 ダイニングテーブルを見ると食器類が片付けられてなかった。

 洗う時間が無かったのだろう。

 オーケーオーケー。今日は大事な試合の日だ。

 それ位は洗ってやるよ。母さんが。


 そんな事を思いながらリビングの隣にある和室の襖に手をかけて思いっきり開ける。


「はーい! 朝ー! 朝だぞー!」


 パンパンパンと手を叩いて和室で寝ている両親を起こす。


 しかし、反応はない。


「おーい! 朝だぞー! サユキの試合ー! 朝からだぞー! 起きろー!」


 パンパンパンと引き続き手を叩いて起こすと、母さんが顔を上げ半目で俺を見てくる。


「りょ……たろ……。早すぎな……い?」

「俺今からアヤノの所にも行かないといかないから。それに寝坊するより早い方が良いだろ」

「あ……そ……」


 母さんはそのまま目を瞑って顔を布団に埋めた。


「あ! 知らないからな! 起こしたからな! 後で文句言っても知らないからな!」


 俺が言うと母さんは辛うじて親指を立てて謎のいいねを送ってくる。そしてそのままコト切れた。

 父さんはあれ程でかい声を出しても、イビキ1つかかずに深い眠りについている。いや、おっさんなんだからイビキかけよ。逆にかけよ!


 こいつら……。娘の最後の大会なのに応援行く気あるのか? もう知らねー。




♦︎




 親を見捨ててアヤノを起こしに来た。

 マンションのエントランスでエレベーターを待っていると、中からアヤノのお父さんが降りて来た。

 お父さんの私服姿を見るのは新鮮である。


「おはようございます」

「おはよう涼太郎くん。しかし……。ふむ……」


 お父さんは俺を疑問視してくる。


「今日から夏休み……。だったね?」

「はい」

「なのにアヤノを起こしに来たのかい?」

「はい。妹のバスケ部の最後の夏の大会なんで、応援に行くんですよ」

「紗雪くんの最後の夏の大会? ああ。そうか、紗雪くんも中学3年生だと言っていたな……」


 お父さんは紗雪を知った様な口調だったので一瞬疑問に思ったが、そもそも紗雪も俺と同じ、幼馴染の子供だから知っていても不思議ではない。


「まさか……。紗雪くんともね……。ふふっ」


 お父さんは嬉しそうに小さく呟いた。

 その言葉の意味は分からないのでスルーしておく。


「そう言う訳でアヤノを起こしに来たんですけど、ウチの父さんと母さんは全然起きなくて放置して来ました」


 笑いながら言うとお父さんも笑った。


「そうかそうか。ははは。それで良い。アイツらは本当に朝が弱いからね」

「昔から……。子供の頃からですか?」


 質問すると懐かしむ様な顔を見してくれる。


「そう。昔からずっとだ……。こんな大事な日でも寝坊してしまう程に朝が弱いんだよ。2人共ね」


 お父さんは無意識に頷きながら、俺の肩にポンと手を置いて頼もしい台詞を放つ。


「私に任せなさい。起こして来てあげよう」

「え? そんな……。何か用事でもあったんじゃないんですか?」

「ははは。なーにコンビニに行こうとしただけさ。今日は特にやる事も無かったからね。ちなみに私も紗雪くんの試合を観に行っても良いかい?」

「勿論です。是非来てください」

「嬉しいね。ありがとう」


 そう言って本当に嬉しそうに俺と一緒にエレベーターに乗り込んだ。

 どうやら車の鍵を取りに行くみたいである。




♦︎




 お父さんは車の鍵を取るとすぐに出て行ってしまった。

 間違いなく俺の家に行くと思うのだけど、どうやって父さんと母さんを起こすのだろう?

 昔々の田舎町じゃあるまいし玄関はしっかりと施錠して来た。まず中に入れない時点でアウトじゃない?

 まぁそこは任せておけと言われたのでお父さんに任せるとして俺は俺でアヤノを起こしに行く。


 ――いや、それならお父さんがアヤノを起こして、俺が父さんと母さんを叩き起こした方が段取り良くない? というか、それが普通じゃない? 何て思ってしまったが、気にしたら負けという事で、そこら辺は気にしない事にする。


 アヤノの部屋の前に立ち、扉をノックする。


 最近のアヤノは起きているのか寝ているのか分からないので、勝手に入ると着替えている場合がある。

 ちょっと前までなら堂々と下着姿を見してくれたのだが、最近はサービスが悪くなってしまい、下着姿を見れていない。

 ここ最近はアヤノの下着姿を見ようものなら怒られる。


 ――いや、それが普通か……。


 アヤノのあの眼は胃が痛くなるので、最近はノックに反応がない場合はソォーっと扉を開けて中に入る事にしている。

 なので今回も同様にソォーっとドアゆっくりと開けていく。


「開け方変態……」

「っノア!?」


 いきなりボソリと声が聞こえてきたので、驚いて飛び跳ねながら方舟の名前を叫んでしまった。

 後ろを見ると寝巻きのアヤノが半開きの目でこちらを見ている。


「こっそり開けて着替え覗く気?」

「違うわっ! 着替えてても良いようにだわっ! 気使ったら使ったで言われるとか、どないしろってんだ」

「結果何してもリョータローは変態」


 酷い言われようである。


「はぁ……。何でもいいや……。ともかく起きてるならさっさと準備して行くぞ」


 そう言うとコクリと頷いてアヤノは部屋に入ろうとして立ち止まる。


「私、今から着替えるけど覗いたら処刑だからね」

「覗くかよ」


 そう言うとこちらをジト目で見てくる。


「覗かないの?」

「覗くメリットを感じない」


 そう言うと「あっそ」と言って強めにドアを閉められる。


 何? どう答えれば正解だったの?

 何しても怒られる人って世の中にいるけどさ、その1人が俺だよね……。




♦︎




 本日行われる大会会場である多目的ホール。

 このホールの名前は……。なんだっけな……。ダイヤモンドなんたら? クリスタルなんたら? なんかそんな感じの建物名だった気がするが、ダイヤモンドだろうが、クリスタルだろうが、多目的ホールには変わりない。


 そこはアヤノの家からバイクで地図アプリのルート的には1時間程度の場所にあるらしい。

 俺からすると1時間のツーリングなんて大した時間じゃないけど、後ろに座っているアヤノは体勢がキツく、しんどいと思われる。

 その為、途中コンビニを挟んで休憩を取ったり、初めて行く場所なので少し迷ったりと1時間以上かかってしまった。


 これなら電車で来た方が賢かったかもしれないな。


 多目的ホールに到着して、サユキ達の試合が行われる観客席を何とか探し出した時には既に前の方の席は埋まっており、後ろの方の席しか空いていなかった。


 母さん達に連絡をすると、前の方との事でキョロキョロと探すとこちらに手を振っている人物が小さく見える。あれが恐らく母さんだろうが……。その隣には父さんとアヤノのお父さんの姿が見えた。

 お父さん、どうやって2人を起こしたのだろうか……。

 なんて事は置いといて、何で早起きした俺が後ろで、あんた達が前なんだよ、なんて世の中の理不尽さを実感する。


 しかしまぁ意外と観客が多いな。

 そのほとんどが恐らくだが、俺と同じ保護者や父兄の方々だろうが。後は学校の連中やら、同じ大会に出ている他校のバスケ部員の偵察だろう。


 それでも俺の中学の夏の大会よりずっと多い。

 バスケ部って人気なんだね。




「――あ、サユキちゃん」


 アヤノが声を出す。


 俺達が席に着くと、すぐに両チームがコートの中央に集まる。

 

「どこ?」


 しかし、ここからだと豆粒――は言い過ぎでも、はっきりと見えない。


「あれ。真ん中の……。あのバッシュ」

「あれか? あの良い感じのバッシュ履いてるやつか?」


 そう聞くとアヤノは誇らしげな顔をしてこちらを見てくる。


「私が選んだバッシュ」

「あー。そういや選んで欲しいって頼まれてたな」

「ふふん。センス抜群」

「自分で言うなっての」




♦︎




 試合が開始しての前半戦。バスケは詳しくないが、第1クォーターというのかな?

 始まってからサユキがバンバンドリブルで攻めてガンガン点を取っている。


「いやー。バスケは爽快だなー」


 点がモリモリ入っていく様は見ていて気持ちが良いな。流石はアメリカのスポーツ。

 アメリカのスポーツは点がバンバン入るのが多いと聞いた事があるな。バスケにアメフト。アイスホッケーに、あと野球もだね。

 逆に点の入りにくいサッカーはあまり力を入れてない気がするな。


 バスケは野球みたいに1プレーずつ止まらないので爽快感があるよね。

 RPGゲームで例えるとバスケがリアルタイムバトルで野球がターン制バトルって感じだよな。

 野球は野球で面白いけど。


「あ! リョータロー! またサユキちゃんが決めた!」


 隣では珍しくアヤノが興奮気味である。


「流石は俺の妹だ」

「違う。私の選んだバッシュの性能がチート」

「どんだけ自分が選んだってアピールしてくんだよ」

「ふふん。最高のバッシュ。もしリョータローが選んでいたならこうはならない」

「いやいや。もしかしたら俺が選んでた方が良かったかもしれないぞ?」

「それはない。ポンコツタローが選んでいたらサユキちゃん活躍出来なかった」

「誰がポンコツタローだ! お前だけには言われたかないわいっ!」




♦︎




 第3クォーターとなり、さっきまで引っ込んでいたサユキが再びコートに舞い戻ってきた。


 バスケは何度も同じ選手を交代出来るのが特徴だよな。


 野球やサッカーは1回引っ込んだらベンチの守り神にならなきゃならん。その点バスケは何度でも蘇る事が出来る。

 まぁバスケの試合は人数少ない上に走り回るから、1人の選手がフル出場ってのはキツいのだと思われる。


「きゃー! サユキちゃーん!」


 既にテンションが上がりきったアヤノは、聞いた事のない声を出して応援していた。

 完璧にキャラが変わってる。


「リョータロー! 見た? 見た?」

「見た見た。また決めたなサユキ」

「見て見て。私手汗凄い」


 そう言って俺に掌を見してくる。


「うっへ……。きったなっ!」


 そう言うと眉を潜めた後に俺の服の袖で拭いてくる。


「ちょ! おまっ! マジきったなっ!」

「女神の滴」

「自分で自分を女神呼びか……。マジで痛いやつだな」

「そんな事より! ほら! また!」

「おっ! 今の凄いな! 流石は我が妹だ!」




♦︎




 長い戦いに終止符が打たれた。


 先程まで爆上がりだったアヤノのテンションはスチールドラゴンの様に一気に下がっていた。

 正直俺も側から見ればそんな感じだろう。

 最後の最後で逆転負け。

 コートではうずくまる選手も数名見られた。


 サユキはそんな人達に声をかけてまわっている。

 ここからは表情はうかがえないが、恐らく無理に笑っている事だろう……。


「アヤノ……。行くか」


 声をかけると、コートを呆けて見ていたアヤノが我に返る。


「う、うん」


 俺達は席を立ち、観客席を後にした。




♦︎




 多目的ホール前の整備された道。そこの花壇の辺りに俺が卒業した中学の制服を着た子達が円陣を組んで座っている。その中心には先生が何やら話をしている。最後のミーティングといった所だろう。


 そこから数m離れた所に保護者連中と思われる人達がまばらにグループを作っていた。

 そこに父さんの姿とアヤノのお父さんの姿を見つけたので近付く。


 近づくとあちら側が先に気が付いて手を挙げてくれた。


「よっ。お2人さん」

「結果は残念だったが、素晴らしい試合内容だったね」


 アヤノのお父さんの発言に対して答える。


「折角見に来て下さったのに……」

「いやいや。久しぶりに胸が熱くなったよ。やはり良いものだね。スポーツは」


 無意識にお父さんが頷くと父さんか笑いながら言う。


「嘘つけ。お前スポーツはからっきしだろうが」

「何を言っているんだ? やるんじゃなくて、見るのが良いと言っているんだが?」

「お前その、だが? ってのやめろって言ってるだろうが」

「君こそ、だろうが、と言うのをやめろと散々言っているのだが?」


 やめろやめろ。おっさん2人の小学生みたいな言い争い何か見てて耐えられない。


「あれ? 母さんは?」


 2人の言い争いを止める為に質問する。


「母さんは……。あれ? どこ行った?」

「恵くんなら他の保護者の人に挨拶でもしてるんじゃないか?」

「ああ……。そういやそんな事言ってた気がする」


 そう言われて辺りを見渡すと、母さんが話をしているのが見えた。


「涼太郎。もう帰るのか? 帰るならベンベに乗っけてってやるよ」

「ベンベ?」


 父さんの意味不明な言葉に困惑が生まれる。

 その様子を見てアヤノのお父さんが笑った。


「隆次郎! 古すぎだろその言い方。私達が子供の頃でも言ってなかったろう」

「あれ? ガキの頃はそんな呼び名じゃなかった」

「違う違う。私達の親世代くらいだよ」

「そうだったか? アッハッハ!」

「勘弁してくれよ。アッハッハ!」


 言い争いの次はおっさん2人のほっこりトークかよ。仲良しか!


「ベンベって?」


 俺が聞くと父さんが答えてくれる。


「ん? ああ……。あれだ。BMWだよ」

「昔々はそんな呼び名だったんだよ。今は完璧に死語になっているがね」

「言いやすいけどな。ベンベ」

「カッコ悪いだろ」

「じゃあ今って何って呼んでるんだ?」

「ビーエムとかじゃないかい?」

「ビーエム? じゃあベンベだろ」

「それはない」


 こいつらホントに幼馴染だな。

 お互いの子供放置で談笑しやがって。


「おっと……。話が逸れたな。どうする? 乗って帰るかい?」


 ようやく放置に気が付いたアヤノのお父さんが聞いてくる。


「あ、すみません。僕、今日はバイクで来たので」

「そうか。なら、綾乃も涼太郎くんと帰るのか?」


 聞くとアヤノはコクリと頷いた。


「ほんじゃ俺らは母さんが戻って来たら行くわ」

「サユキ送ってあげねーの?」

「いや、最後だし紗雪も皆といたいだろう。帰ったら秀の金でお疲れパーティだ」

「なんで私の金なんだよ」

「あかんの?」

「別に良いけど」


 良いんだ……。




♦︎




 数分後に父さん達は帰って行った。俺達はサユキに声をかけて帰ろうとなったので、ミーティングが終わるのを待つ。


 ミーティング中は半数位が泣いていた。恐らく3年生の子達だろう。


 そこの近くで待っていると解散となり、サユキがこちらに気が付いて駆け寄って来てくれた。


「兄さん。綾乃さん。来てくれてありがとう」


 いつも通りの声を出して言ってくるサユキ。


「サユキちゃん。凄かったね。いっぱい点取って。私見てて興奮した」


 アヤノが拳を作り言ってあげる。


「綾乃さん。ありがとうございます」


 サユキは笑顔で答えた。


「今日は……調子良かったんですよ。シュート打つと吸い込まれる様にゴールに入って。過去最高に絶好調! って感じでした」


 そう言いながらシュートを打つフリをする。


「凄いカッコ良かったよ」


 アヤノが頷きながら言う。


「えへへ。カッコ良かったですか? 照れます。ふふ……。――でも、負けちゃいました」


 ふぅ。と一息吐いて再度笑うサユキ。


「でもでも。後悔はありません。今日は3年間の全てを出して、ほんっとーに今までで1番点が取れた日だったので」


 そう言って笑うサユキに俺は我慢の限界が来た。

 サユキのほっぺを軽く両手で抑える。


「作り笑いはやめろよ」

「え?」

「何年お前の兄貴やってると思ってんだよ? 無理してるの位分かる。俺の――俺達の前くらい本音出して良いんだぞ?」


 そう言ってやると、先程まで無理で固めた笑顔が剥がれていき、サユキの綺麗な瞳から一粒の涙が溢れ出して来た。


「兄さん……」

「悔しかったよな? 辛かったよな? サユキは気遣い出来る奴だから、他の人が泣いてるのに自分も泣く訳にはいかなかったよな? もう無理しなくて良いから。な?」


 そう言ってやるとサユキの瞳からは溢れんばかりの涙が大量に出てきた。

 そして俺の胸に飛び込んでくる。


「悔しいよ……。悔しい……。張り裂けそうなくらい悔しいよ……。3年間ずっと辛い練習して……。眠たいのに朝早くて……。遊び行きたいのに練習して……。ずっとずっとしんどい練習して来て……。なのに……。なのにこんなにあっさり終わりなんて……。こんなのってないよ……」


 俺はサユキの頭に手を置いて撫でてやる。


「よく頑張ったな。ずっと見てたぞ。サユキが頑張ってる姿」

「頑張っても……。意味無かった……。負けたら何の意味もないよ……」


 そう言うサユキの両肩を持ち、ゆっくりと引き剥がして目を見て優しく言ってやる。


「そんな事はない。意味はある」

「ないよ……。3年間無駄に終わっただけだよ……」


 俺は首を横に振る。


「サユキの頑張ってる姿は絶対誰かに届いている。1番近いのはサユキの後輩だと思う。サユキ先輩の様になりたいって子が沢山いるはずだ。それに届いているのはバスケ部だけじゃない。先生や保護者。それに俺やアヤノにだってサユキの頑張りは届いたよ」


 そして俺はもう1度サユキの頭を撫でてやる。


「だから無駄なんかじゃない。むしろ胸を張って誇って良いんだ。試合に負けたけど勝負には勝った。だってサユキは誰よりも感動を俺達に与えてくれたんだから」


 そう言うとサユキは周りの目など気にしない程に、まるで幼児が泣き叫ぶ様に泣きじゃくった。




♦︎




 落ち着きを取り戻したサユキはアヤノの手を取って話をしていた。


「綾乃さん。今日は来て下さって本当にありがとうございました」

「私の方こそ誘ってくれてありがとう」

「今日から練習も無くなるんで、良かったら夏休み遊びに連れて行ってくれませんか?」


 サユキの誘いにアヤノはこれ以上ないくらいに喜ばしい顔をする。


「う、うん!」

「また連絡させてもらいますね」

「うん。またね」

「それじゃ。綾乃さん。兄さん。またね」


 そう言い残してサユキはバスケ部の仲間の元に戻って行った。


「――凄いね……」


 アヤノがこちらを見て呟いてくる。


「ん?」

「サユキちゃんのあれが作り笑いだって気が付いたの。兄妹愛ってやつ?」

「まぁ……。愛だな。兄妹限定って訳じゃないと思う。夫婦なり恋人なり愛があれば何も言わなくても通じ合えるものさ」


 臭い台詞を言う。

 「中二病」なり「きも」なりの言葉をかけられると思ったが、予想に反してアヤノは何も言って来なかった。


「愛……か……」


 そう小さく呟いた後に言い放つ。


「――決めたっ!」

「何を?」

「ふふっ。秘密」

「はいはい。俺には関係のない事なんだろ?」


 そう言うとアヤノは笑いながら言ってくる。


「関係あるよ」

「え? あるの?」

「関係ある」

「なになに?」

「だから、それは秘密」

「なんだよー! 気になるなー」

「ふふっ。ほら、いつまでもこんな所に立ってないで帰るよ」


 そう言ってアヤノは歩き出す。


 その後も頑なに教えてはくれなかったが、彼女が言ったその秘密を知る事になるのは、そう遠くない夏の日の事であった。

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