第44話 本当の正体は……

 結局アヤノの所のバイトは、また働いて欲しい時に彼女の方から連絡をするという事で落ち着いた。


 落ち着いたと言えば……。この人はどうやら落ち着きがない。


 今日の夕方からはコンビニバイトの日である。

 なんだか久しぶりな気がするが、本日の相棒は水野とであった。

 久しぶりに一緒に入った彼女は今日は絶不調なのか、商品を袋に入れ忘れたり、フランクフルトとアメリカンドックを間違えたり、郵便物の計測を間違えたり、商品の検品にやたら時間がかかったり、レジ点検は何度も何度も間違えて小さな行列が出来たりとやらかしが多かった。


 もう本日のバイトも終わりかけの時間。

 バックヤードには今日は急遽夜勤の店長がスパスパ煙草を吸って待機している。


「――はぁ……」


 店長が煙草を吸っているので、わざわざ副流煙を吸いに行くのもバカらしい。その為、レジ前で残り時間をまだかまだかとバイト上がり時間を待っていると、壮大な溜息が聞こえてきた。


「ごめんね南方くん。足引っ張りまくっちゃって」


 肩を落として、テンションガタ落ちで言ってくる

 

「いやいや。まだ1ヶ月程度でレジ点検まで任されて凄い人だなーって思ってたのが、今日でやっぱり水野も人の子なんだなーってなったから逆に良かったよ」

「私は普通の人間……。ていうか、駄目人間だよ……。はぁ……」


 仕事の出来る人間程、失敗した時の落ち込み方が半端ないよな。


「今日は何か上の空だったけど、何かあったのか?」


 そう聞くと小さく溜息を吐いた。


「まぁ……」


 彼女が肯定した所で昼間の事を思い出す。


「ああ……。そういや告られてたな……」

「え?」

「あ……」


 しまった。つい口に出しちまった。


「見てた……の?」

「いや、あれ……。たまたまね。たまたま教室の前通ったらあれよ? 告って来た奴が逆上してからの蓮が助けに行く所をね? ちょろっと見ただけよ」

「ほぼ見てんじゃん……」

「いや……。すみません……」


 素直に謝ると水野は「まぁ良いけどね」と許してくれる。


「でも、知らなかったな……。水野と蓮が付き合ってるなんて」

「えっ!?」


 俺の発言に心底驚いた声を出す。

 立ち読みしていた奴がコチラを反射的に見てくるがすぐに自分の読んでいるパチンコ雑誌に戻る。


「あれ? 違うの?」

「ち、ちち、違うよ。付き合ってなんか……」

「でも『俺の女に手を出すな』って……」

「あれは……。多分私を助ける為に咄嗟に出た台詞だと思うよ」

「なんだよアイツ。ナチュラル王子様か」


 そう言うと水野のツボに入ったのか、彼女は吹き出した。


「なにそれ。ダサい」

「でも、ナチュラルにそんな事言えるの少女漫画の主人公か蓮くらいだろ」

「ふふっ。それは言えてるかも」

「しかし、まぁ、よく付き合ってもない相手にそんな台詞言えたもんだ」

「そう……だね……」

「あ……。分かった」


 俺がポンと手を叩くと水野が首を傾げる。


「蓮に惚れて今日は上の空とか?」


 まぁあんなんされたら惚れてまうわな。


「い、いや……。そうじゃない。そうじゃないんだけどね……」


 なんだか照れた様な表情を見せてくれる。


「えー? なになに? なにがあったよー」


 ニヤニヤとして聞いてやる。

 この前やられたやり返しだぜ。悪く思うなよ水野。


「その……。蓮くんに花火大会に誘われて……」

「お? おお! お! 行くの?」


 そう聞くと頷いて答えてくれる。


「花火大会に誘うって事は……。その……。蓮くんはどう思ってるのかなー? って考えてて……」


 それで仕事にならなかったと……。

 いやー。いやいや。青春ですなー。夏ですなー。あははー。

 あんまり恋バナって好きじゃないと思ってたけど、他人の恋バナは楽しいねー。それも美男美女の恋バナなら尚のこと良いねー。


「南方くんはどう思う?」

「そりゃ……。好意あるんじゃない?」

「――そっか……」


 水野は間を置いて聞いてくる。


「南方くんはさ……。私が蓮くんと花火大会行くのどう思う?」

「告られるんじゃない?」


 そう言うと水野は「思ってた答えと違う」と小さく言った後、すぐに言ってくる。


「蓮くんが告白……。してくれるのかな?」

「流れ的にはあるんじゃない? 夏だし」

「夏関係あるの?」

「あるよ。夏は恋の季節って言うだろ」


 言った後に自分の台詞が気持ち悪い事に気がつくが、彼女は多分、そんな事どうでも良いみたいであった。


「告白……か……」


 なんだかあまり嬉しそうではない口調である。


「不服なんか? イケメンで守ってくれるし、優しいし、話面白いし、聞き上手だし。言う事なしだろ?」

「だからだよ」

「ぬ?」

「完璧過ぎるからちょっとね……。逆にどう接して良いか分からないというか、何思われてるか怖いというか」

「へぇ。水野はそう思うんだな」

「南方くんは完璧な女の子が好き?」

「俺? 俺は――」


 脳内でアヤノの姿を創造し、想像してみる。

 成績優秀でテストはいつも満点のアヤノ。

 運動神経抜群で男子顔負けの走りを見せるアヤノ。

 コミュニケーション能力が高くて、いつも周りで誰かと笑いながら話をしているアヤノ。


「あっはっは!」


 あり得ないアヤノの姿を想像して吹き出してしまった。

 完璧な女の子の例をアヤノで想像したらダメだわ。


 いきなり吹き出した俺を見て水野が困惑している。


「あっはっは! ご、ごめんごめん。ちょっと……。いや、まぁ……。完璧過ぎるのもな。ぷぷっ」


 笑いを落ち着かせて水野に言う。


「確かに完璧過ぎるのも考えものかもね」

「そうでしょ。だから南か――」


 水野の言葉の途中で客を知らせるチャイムが鳴り響いたのでお互い反射的に「いらっしゃいませ」と挨拶する。


「あ! やってるやってる」


 店に入って来た客は真っ直ぐレジまで来て、水野と良い勝負している顔を見せてくれる。


「やっほー。兄さん」

「サユキ?」


 そしてサユキは俺の隣に立っている水野に頭を下げる。


「いつも兄がお世話になっております。南方の妹です」

「え?」


 水野は目を丸くして俺とサユキを交互に見た後に我に返り頭を下げる。


「あ、こ、こちらこそ。南方先輩にはお世話になっております。水野と申します」と返した。


「こんな時間にどうした?」


 その質問にはサユキの後から入って来た俺と似た顔の奴が答えてくれる。


「紗雪のバスケの前夜祭だ。焼肉行ってた」


 父さんは簡単に答えると水野を見て軽く頭を下げる。それにつられて水野も頭を下げる。


「は? 焼肉?」

「いや、お前も呼ぼうと思ってたけど、今日バイトだって言ってたからな。3人で行ってきた」

「んだよそれ……。あれ? 母さんもいんの?」

「車にな。もう、来ると思うけど……。で、近くを通ったから、お前のバイト先で二次会の買い出しだ」

「家族で息子のバイト先来るとかどんだけ痛いんだよ」

「あっはっは! それは言えてるな。でも、ついでに店長いるなら挨拶でもしとこうと思ってな。息子預かってもらってるし。今っていてるのか?」


 そう父さんが聞くと水野が気を利かせてくれる。


「呼んできますよ」

「あ、すみません。お手数かけます」


 父さんがまた軽く頭を下げると水野がバックヤードに入って行く。

 すると、すぐに店長が出て来て、父さんがバックヤードに近いレジ越しに挨拶に行った。


 父さんと店長、お互いのペコリが止まらない状態である。


 そうこうしているうちに母さんもやって来て、ペコリ大会に参加しに行った。


「兄さん兄さん。浮気?」


 ペコリ大会とは逆のレジにはいきなり浮気調査が始まった。


「は? なにを言うとるんだ?」

「だって、あんな綺麗な人がいるとか……。あーあ……。綾乃さんというものがありながら兄さんって人は……。綾乃さんが見たら激怒するね。かの邪智暴虐の兄さんを痛い目に合わせると決意するね。きっと」

「なんで若干メロス? つか一緒に働いただけで浮気とかエグない?」

「浮気って範囲が法的に決まってないから、やられた人自身が浮気と判断したら浮気だよ?」

「アヤノはそんなんじゃ浮気って思わないっての」

「2人の絆ってやつ?」

「普通な考えだよ!」

「ていうか、兄さんのその発言。付き合ってるのを認めてる発言だよ」

「あー! もー! めんどくせー!」



 サユキの面倒くさい浮気調査もすぐに終わり、ウチの家族は長居せずに用事が終わると数分で帰って行った。

 ついでに俺もアイスを買ってもらったから帰ったら食べよう。

 

「あ……。ごめんな水野。働いてる時に家族が押しかけてきて」


 俺の中では嵐が去った後の様な店内で隣に再度立つ水野は不審な目を向けてくる。


 あれ? 怒ってる?


「あの可愛い子が妹さん?」

「そうだけど。やっぱ同性から見ても可愛いって思える?」

「うん。めちゃくちゃ可愛いね。あんなに可愛い子にサングラスなんて似合わないよ」

「サングラス?」


 俺が問うと水野は更に不審な顔をしてくる。


「紗雪はサングラスなんて――」


 そこで自分の作った設定を思い出す。


「してないよね? 多分」


 俺が言う前に言われてしまった。


「だって、この前来てた妹さんとは髪型が全然違うもんね」

「えっと……。あれだよあれ。髪型変えたんだよ」


 そう言うと水野は「変えた?」と小さく言った。


「あの長くて綺麗な髪を?」


 その口調は少し怒りを感じる。


「女の子が長い髪を切る時は失恋。それか決意。それと好きな男の子の好みに合わせる時だけなんだよ」


 彼女はまるで経験者の様に言い放った


 いや、なんとなくとか、飽きたとか、心機一転とか、色々理由はあると思うけど……。

 しかし、いらない事を言う場面ではないから言うのはやめておこう。


「説明してもらおうかしら? 南方くん。本当はあの女の人は妹さんじゃないんでしょ?」

「いや、それは……」

「さっき私の恋バナしたんだから、次は南方くんのターンだよ」

「だから、あれは……」

「んー? あれは?」

「勘弁してくれよ……」


 その後、バイトが終わった後も執拗に責められたが、妹という事でゴリ押した。

 全然納得はしてなかったけどな。

 ホント、女の子って恋バナ好きだね。

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