第43話 お嬢様とファミレスに来ました

 アヤノの家の最寄り駅。

 時間も昼ご飯に良い時間となり、駅前にある大手チェーンファミリーレストランにやって来た。


 店内には小さなお子様連れの方々やお年寄りの方、後は学生の人で賑わっている様子である。


 客は多いがウェイティングなしだったので、すんなりと席に案内される。


 席に着くと、期間限定メニューやらグランドメニューにザッと目を通して、お互いにメニューを決めた頃にアヤノに質問する。


「ドリンクバー付けるだろ?」

「ドリンクバー……」

「あれ? 知らない?」


 お嬢様にはドリンクバーは無縁だったか?


「聞いた事はある。一生ジュースが出てくる魔法の様なやつ」

「一生て……。まぁそんな感じかな」


 水で薄まってるとか、原価が恐ろしく安くて元を取る事はほぼ不可能とかの説明はいらないだろう。


「付ける」

「ん」


 ドリンクバーを付ける事に決めて店員を呼び、それぞれのメニューを注文した。


「――あとドリンクバー2つお願いします」

「かしこまりました。ドリンクバーはあちらにございます。どうぞご利用下さいませ」


 そう説明して店員さんはキッチンへ向かって行った。


「んじゃドリンクバー行くか」

「セルフ……だよね?」

「セルフだな。さっき店員も指差していたけど――」


 俺は先程店員が差した方向を同じ様に指差す。

 アヤノが俺の指の先を追う。


「あそこのドリンクサーバーから勝手に淹れるシステムだな。ジュースだけじゃなくて、珈琲とかアヤノの好きな紅茶とかもあるぞ」

「それは熱い」

「ははっ。そういえばドリンクバーというサービスは今俺達が入っているこのファミレスが発祥で――」


 話の途中でアヤノが立ち上がる。


「そんなつまらないウンチクはいらないから早く行こう」


 つら……。確かにいきなりウンチクとかうざったいけど……。聞いてくれてもいいやん……。


「リョータロー。早く」


 俺が拗ねていると声をかけてくる。


「あいあい」


 アヤノに囃し立てられ、立ち上がりドリンクサーバーの方へ向かう。


 コップに氷を入れてサーバーからコーラを淹れようとしたのだけど……。

 俺の知ってるドリンクサーバーと違ったので一瞬だけ戸惑った。だが、瞬時に理解する。

 今やドリンクサーバーも液晶タッチに変わってしまったのか……。いつからだろう……。


 液晶画面をタッチで操作してコーラを出すと後ろでアヤノが「おお……」と感心した声を漏らしていた。


 コーラを淹れ終えてアヤノに問いかける。


「わかる?」

「やってみる」


 俺の操作を見様見真似でアヤノは液晶画面をタッチして同じ様にコーラを選択して淹れる。


「お! おおー! これはハマる!」


 珍しくアヤノは幼い少女の様に興奮していた。




「――リョータロー。おかわり」


 あの興奮は何処へやら……。


 最初の方こそ楽しかったのか、アヤノは自分で嬉しそうに色々なドリンクを淹れに行っていたのだが、お嬢様の飽きは早く来てしまった様だ。昼ご飯を食べ終えた頃にはパシリの俺をフル活用している。


「ちょい待ち。これ飲んでからな」


 あまりにパシられる回数が多いので、ワンクッション拒んでおく。何回も往復するのもくそだるいからね。


 俺の言葉にアヤノは不服そうな顔をしていたが、ここは無視して食後のホット珈琲を飲む。


 珈琲自体あまり飲まないが、夏でも珈琲はホットが好きなのである。


 うんうん。アヤノの家の珈琲がいかに美味しいか証明される味だ。俺の舌はあの家の珈琲以外は美味しいと感じなくなってしまった贅沢な舌になってしまったな。ま、ファミレスのドリンクバーに珈琲の深みなんて求めなんかしないから良いけど。


「ふぅ……」


 珈琲を飲んで何となく一息吐く。温かい飲み物を飲むと一息吐くのはなんでだろうね。


「あ、そういえば本題がまだだったな」


 ドリンクを注ぎに行きたくないので、話を振ってみる。


「うん。大事な事」


 アヤノは簡単に乗ってくれた。


「夏休みのシフトはどうしようか?」

「どうしたい? リョータローは?」


 逆に聞かれてしまう。


「ん? んー……。アヤノ次第かな」

「私?」

「ああ。例えば朝早くに用事があって、その日は絶対に遅刻出来ないから起こすだけ頼むとか、母さんが出れない日の家事代行とかでも言ってくれればやるけど」

「突発でも良いの?」


 そう言われて苦い顔をしてしまう。


「突発は……。別に良いんだけど、一応俺もコンビニバイトがあるからさ。ま、最近はシフト減らしてるけど」

「減らしてるんだ」

「まぁな。欲しい物も特にないし。アヤノの所でバイトしてるし。稼ぎすぎたら扶養から外されるしで、辞めようか悩んでるくらいだわ」


 軽く笑いながら言うとアヤノは少し強めに言ってくる。


「今すぐ辞めた方が良い」

「そ、そう? アヤノは何でそう思うんだ?」

「それは……」


 アヤノは頬を掻いた後に何か閃いた様に答える。


「夏休みだし」

「あー……。ははっ。それは言えてるな。去年は夏休み満喫出来なかったし、今年は満喫したいわー」

「去年は満喫出来なかったの?」


 アヤノの質問に苦笑いで答える。


「去年は夏休み中ずっとバイト。祭りも花火も、海もプールも行ってない。ま、そのおかげでバイク買えたし後悔はないけどな」

「そうだったんだ」


 アヤノは無意識に頷きながら何かを考えている様子であった。


「でも、今から辞めるって言ってもシフト入ってる分は働かなくちゃならないからね。結局辞めれても夏休み明けになるけどな。飛ぶ……なんて事は絶対したくないしな」

「飛ぶ?」

「無断欠勤、無断退職」

「それを飛ぶって言うんだね」

「そうそう」


 そんな業界用語? を説明していると机の上に置いていたアヤノのスマホが震える。

 彼女は画面を見た後に俺に声をかける。


「早速なんだけど、明日仕事頼める?」

「明日?」

「明日。サユキちゃんの試合観に行くからアラームと運搬の仕事」

「あー。サユキの試合明日だったな」

「応援に行く約束したから、絶対に遅刻出来ない」

「そういや朝一から試合だって言ってたな。了解。そんじゃ明日いつも通りに行くわ」


 そう言うとアヤノは心配な顔をしてくる。


「遅刻しないでよね」

「お前にだけには絶対に言われたくねーわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る