第47話 花火大会(一)
おかしい。なんだか変だ。
テレビに映る甲子園中継は、俺とは何の縁もない県代表同士がぶつかり合っている。
負けているチームはプロ注目の本格派右腕。トルネード気味の投法でストレートの球速は155キロを叩き出す怪物ピッチャー。
対して勝っているチームは甲子園初出場の公立高校。目玉選手がいる訳でもないのに怪物ピッチャーから3点をもぎ取っている。
こんなピッチャーから3点取る公立高校野球部はおかしい……。それもキャッチャーの人のスリーランホームランは特大の外野観客席中段まで飛んで行った。
公立なのにどんなキツい練習したのだろうか……。
それに公立高校側のピッチャーはここから見ると大したピッチャーじゃなさそうなのに、負けている方のチームが全員振り遅れている。
更に言えばマネージャーが意味不明な位に可愛い。
おかしい……。何か変だ……。
――いや、俺が抱いている違和感は甲子園の試合ではない。
まぁこの試合も充分おかしいけど。
俺がおかしいと思っているのはアヤノの事だ。
なぜなら、本日の花火大会は現地の最寄駅に18時集合だからだ。
そこに疑問が生まれてしまう。
いつものアヤノならば家まで迎えに来い。そう言うはずだ。
それなのに今日は現地集合……。
おかしいと思うのは当たり前ではなかろうか。
現地集合だったら普通にデートだろ……。意識してまうやん。
「――あ……。また打たれた」
ボーッと流す程度で見ている甲子園。
プロ注目のピッチャーが、公立高校の9番ピッチャーに弾丸ライナーのソロホームランを打たれていた。
打った瞬間にバットを大きく放り投げて味方ベンチ側にガッツポーズを見せてゆっくりダイヤモンドを回る。
こらこら、高校野球連盟に怒られるぞ……。
たまたまテレビに映った美少女マネージャーがスコアを放り投げて喜んでいる。
なんだ? こいつら付き合ってるのか? 全く羨ましい。
「兄さーん?」
ホームランを打った人がホームインして、画面に4-0と表示されたと同時にサユキがリビングへ入ってきた。
「んー?」
「あ、甲子園。どんな感じ?」
「あー。公立高校が勝ってるな」
「うそ!? 凄ーい」
そう言ってサユキは俺が座っているソファーの隣に座ってくる。
「なんとなく公立高校の方を応援したくなるよね?」
「だなー。勝手に公立より私立の方が強いってイメージが付いてるもんな。日本人はジャイアントキリングが好きだからそうなるんだろうな」
「それそれ。弱いチームに物凄い人が入って強いチームに勝っちゃう。なんて野球漫画多いもんね」
「あはは。多いな。そっちの方がドラマがあるもんな」
「それに野球漫画の主人公ってほぼストレート速いよね」
「そうそう。でも、たまにコントロールめっちゃ良いやつとか、ムービングファスト使いとかも最近は見かけるな」
そういえば最近は強豪校に入って甲子園目指すっていう野球漫画も見かけるな。
「んで? サユキ。何か用があったんじゃないのか?」
「あ、そうそう」
サユキは視線を画面から俺へと向ける。
「勉強で分からないところがあったんだけど」
「お! なんだ。兄さんに聞きなさい」
ようやく受験勉強をする気になったか。
「これ見てからで良いや」
コケそうになる。
「おいー。そこは今やる気になってんだからサッとやろうぜ」
「だって気になるもん。この試合」
「でも今のうちじゃないと、俺夜は出かけるぞ?」
「知ってるー」
そう言ってニヤニヤとしながら言ってくる。
「楽しんで来てねー」
コイツ、昨日の電話聞いてやがったのか?
そんな妹には説教が必要だな。説教が!
「それに私も夜出掛けるから」
「なぬ?」
サユキの言葉に、俺の電話の盗み聞きの件は吹っ飛んでいった。
「花火大会か?」
「うん。その為に日中は勉強しようと思って」
「お、男か?」
「うーん……」
サユキは指を顎に持っていき考えた後に言った。
「当たらずとも遠からず」
昨日アヤノが電話で使った言葉が飛び込んでくる。
なに? 2人超仲良しなの?
「ど、どゆこと?」
「バスケ部で行くんだよ。男バスと女バスで」
「あ、あー! あーね。うん。そういう事か」
「あはは。兄さん。妹の事心配してる暇があったら自分の事心配した方が良いよ」
「ん? なんで?」
「私は余裕が無くなると思うなー。えへへ」
含みのある笑み。
昨日から何なんだ? 妹の意図が全く読めない。
「あ! また打った。満塁ホームラン!」
「うそ!?」
公立高校の4番キャッチャーが2打席連続、満塁ホームランを放っていた。
サユキの含み笑いも気になるが、こっちも気になる。
なんなの? この公立高校。
♦︎
結局、サユキと甲子園に夢中になって見てしまった。
甲子園を見終わった後は出掛ける準備をそろそろ始めないといけない時間になり、勉強を教えるという話は闇に消えていった。
最寄駅の大手私鉄から、乗り慣れていない有名な鉄道に乗り換えて、県庁所在地の名前の駅を1個超えた駅を目指す。
乗り慣れていないとはいえ、単調なルートなので、耳にはワイヤレスイヤホンをして、自分の好きな音楽を聴きながら到着を待つ。
たまにプツプツと通信が切れるのに若干のイラつきを覚えながらも、好きな曲を流しているので気分は上がる。
これはワイヤレスイヤホンが悪い訳じゃなくて、音楽プレーヤー側の通信範囲が狭いのが原因だと今しがたスマホで調べた。
その証拠にスマホに繋げると通信が途切れる事はないからね。
そんな、たまにプツプツと切れる音楽を聴きながら電車の乗客を見る。
恐らくほとんどが俺と同じ目的地であろう。
女性客は半数以上が浴衣を着ており、ちらほらと男性客が甚平を着ている。
流石は全国でも有名な花火大会。気合いを入れている人が多い。
対して俺はTシャツにジーンズといった何の風情もない格好だ。
そういえばアヤノはどんな格好で来るのだろうか?
浴衣に髪を上げて、簪でとめ、セクシーなうなじでも披露してくれたりするのか?
おお! それだったら眼福だな。
――いや、昨日の電話の感じから浴衣を着てくる期待はやめておこう。
アヤノの事だ、面倒くさがって私服で来るだろう。
仕事でも何でも浴衣美人と花火を見たかったが、過度な期待は外れた時に辛くなる。
アヤノは私服で来る。そう思う事にしよう。
だが、アヤノと花火……。すなわち女子と花火。しかも前もって約束をしての現地集合。
仕事とはいえ、そんないかにもデートな感じは初めてなので、俺の心臓は目的の駅が近づく度に鼓動を早くしていた。
その鼓動を落ち着かせる為に俺は窓の外に目をやるが、全く景色が頭に入って来なかった。
♦︎
目的地に到着する。予定より約30分早く。
花火大会といえど、一応仕事な為に30分前行動を取ったが、正解だったみたいだ。
県庁所在地の駅から人が沢山乗って来て、余裕のあった車内はギュウギュウ詰めになってしまった。
そこからホームに着いて、改札を抜けるまで多少時間がかかった。
これからもっと人が多くなるだろうから、電車に乗る人も増えて、改札を出るのに苦労するだろうから余裕を持って来たのは正解だとは思うけど、集合場所に着いてしまえばやる事はない。
何かをしての30分は早く感じるが、ただ待つだけの30分は妙に長く感じる。
手持ち無沙汰なので駅を出てすぐのコンビニの前で待つ事にする。
『コンビニの前にいるから』とメッセージを送った後に、気になっていた先程の公立高校について調べようとしてスマホを操作する。
「涼太郎?」
ふと爽やかな風が吹いたかの様な声が聞こえてきて顔を上げると、そこには爽やかなイケメンが立っていた。
「あ、蓮」
そういえば水野が蓮に花火大会に誘われたと言っていたな。
この花火大会だったか……。有名だもんね。
「久しぶり」
手を上げて俺の隣に立つイケメン。
その格好はイケメンにだけ許される私服であった。
「涼太郎も待ち合わせか?」
イケメンは何着てもイケメンだなぁ。なんて思っていると爽やかに聞かれた。
「まぁ……。蓮も待ち合わせ?」
なんとなく俺の話題になるのは嫌だったのでこちらも質問する。
相手は誰だが知っているがね。
蓮ははにかんで頭をかく。
「俺もだよ」
「へぇ。誰と?」
とにかくこちらに質問が来ない様に疑問形を続ける。
いや、別にこっちの話題になっても良いんだけどね。なんとなく。なんとなくね。
「えっと……。あはは……。ちょっと恥ずいな」
照れている蓮は結局イケメンだな。
なんだろね。何してもイケメンとか、ホントちょっとで良いからその立場に立ってみたいものだ。
今だって通りすがりの浴衣少女達がこちらを見て騒いでいる。
「えー? 誰と花火大会? 気になるな……。あ! もしかして……あれ? 体育祭の時に言ってた好きな子と?」
迫真の演技と自負したい。
まるで本当に事情を知らないみたいに問うと蓮はニヤついて言ってくれる。
「覚えてたか……。そうだよ。前言ってた子」
直接本人から聞かずして、間接的に彼の想い人を知ってしまい、少し罪悪感を抱いてしまった。
それはすなわち蓮が水野を好きという決定的証言。
「そ、そうなんか。よ、良かったな。好きな子と行けて」
「まぁな。流れだけど花火大会一緒に行けて本当に良かったよ」
あの中々のイベントを流れという言葉で済ますのは、やはり性格もイケメンな証。
俺なら自慢しちゃうね。「俺が水野を助けてやってお礼がてらね」みたいな感じで胸張って言ってやるね。
そこがイケメンと俺との違いみたいだ。そりゃモテるわ。
「ち、ちなみに誰なんだ?」
少しでも自分の罪悪感を消す為に、彼の口から直接想い人を聞こうとする。そうする事で勝手に罪悪感は消えてくれると思われたから。
これで内緒と言われれば……。ま、その時は秘密を墓まで持って行くとしよう。そうするしかない。
「えー。ちょっと恥ずいな……」
そんなイケメンの照れはいいから、早く頂戴。水野という言葉頂戴!
蓮がはにかんでいると「蓮くん」と声が聞こえてきたので俺達はその声のする方へ顔を向ける。
そこにはこの場にいる中でも上位に組み込めるだろう浴衣美人が立っていた。
水野 七瀬だ。
その姿を見て軽く心臓が跳ねる。
似合ってるな。浴衣。流石はクラスのアイドル。普通に可愛いわ。
つか、水野の奴、なんやかんやでめっちゃ気合い入れて来てんな。イケメン怖いとかほざいてたくせにバッチリメイクも決めて来てんな。おい。
隣を見ると蓮は頬を赤く染めていた。
好きな子がこんな格好して来たらそりゃ頬も赤くなるわな。
「――と南方くん?」
「ども」
心臓が跳ねた事を隠す様に軽く手をあげて挨拶をする。
「涼太郎とここでばったり会ってさ。ちょっと一緒してたんだよ」
「そうなんだ。びっくりした。3人で行くのかと一瞬思ったよ」
そんな無粋な真似するかよ。
しかし、なんだ、美男美女が並ぶと絵になるな。
ほら、そこら辺の奴等も注目してるよ。
芸能人とかは毎日こんな感じなのかね?
「南方くんは誰と行くの?」
少し小悪魔的な笑みで聞いてくる。
「いやー。あははー」
笑って誤魔化そうとするが水野には通じないみたいだ。
「例の彼女?」
「だからそれは――」
「へー。涼太郎彼女いるのか」
蓮がなんだか嬉しそうに言ってくれた後に空気をよんだ一言を放つ。
「涼太郎。悪いけど俺達先に行くよ」
全然悪くない。むしろファインプレーだよ。しつこいよ? 結構この子しつこいんだよ。だから早く連れて行っちゃって。
蓮の言葉に水野は面白くない顔を見したが、すぐに手を振ってくる。
「またね。南方くん」
その顔は「また今度根掘り葉掘り聞くから」みたいな感じの顔であった。
あー、コンビニバイト行きたくねー。
そんな水野に手を振り返していると、蓮が俺の耳元で囁く。
「この事内緒な」
そう言って微笑んでくる。
俺が女子なら惚れてたね。間違いなく。
「勿論。頑張って」
結果的に蓮の中で、自分の好きな奴は誰だが特定されたという事で、俺の短い罪悪感は消えた。代わりに彼を応援する気持ちが込み上げたので拳を作ってそう言うと、親指を立てて水野の方へ歩いて行った。
「何の話?」
「秘密の話かな」
「なにそれー」
なんて2人は楽しそうに人混みに紛れていった。
お似合いだな……。
水野。心配するな。蓮は水野が考えてる奴とは違うと思うぞ。外見は勿論だが、内面がイケメンだわ。
今度シフト一緒になったらどうなったか聞いてやろう。
そんな事を考えていると「リョータロー」と聞き慣れた声が聞こえてきた。
なんだ、遅刻して来ると思ったけど案外早く来たんだな。
そう思いながら声の方を見る。
「え……」
彼女に注目するなり周りから人が、雑音が消えた。
これは俺の意識が声の主へ注がれているからであろう。
見惚れた――という言葉の意味の真意に到達した気分だ。
俺は彼女以外見えてなかった。
何故ならそこには、ショートカットの浴衣美人が俺の前に立ち微笑んでいたから――。
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