第41話 お嬢様なぜここにいるのですか

 噂とは結局その内容が確実ではなく不確実に広がるものであると実感する。


 保健医の先生が若くて綺麗な先生だという噂が良い例だ。

 つか誰だよそんな事言った奴。めちゃくちゃマダムだったぞ。ま、声はセクシーだったけどな。


 そして、期末テスト赤点者が夏休みに補習があるというのも所詮は噂。流石に夏休みを削ってまでの学生泣かせの補習は無かった様だ。


 ただ、この噂は半分正解だったらしい。


『夏休み』ではなく『夏休み前』に補習があるみたいだ。

 放課後に赤点者は自分の赤点科目のみ1週間の補習が与えられた。

 それに出席する事により赤点回避。内申点アップ。まさしく救済システムである。


 放課後。


 俺はそんな赤点回避救済システムである夏休み前赤点者補習会場である隣のクラスにやって来ていた。


 俺の場合は赤点というよりも2科目のテスト不参加の為にその2つが参考点となるらしい。

 ちなみにテストに出れなかったのは数学と社会だ。

 計算上は前回の中間テストの点数から×0.6の小数点は切り上げらしいから、俺のその2つの点数は見込み点で数学が57点と社会が55点となる。

 いや、1番の得意科目の数学がこの点数になるのは辛すぎるな。

 見込み点でも赤点回避な点数なのだが、これも結局は見込み点。先生に相談したところ補習に出た方が良いと言われた為、放課後を潰して補習に参加する事にした。


「――で? 何でお前がいるんだ?」


 俺は隣に座る波北 綾乃に質問する。

 教室に入った時には目を疑った。まさか居るとは思わなかったからね。


「か、勘違いしないでよねっ。べ、別にアンタの為に補習受けるんじゃないんだからねっ」

「だろうね。うん。そうだろうね。俺の為じゃなくて赤点だっただからだろうね。何で赤点取りやがったこの野郎」


 そう言うとアヤノはドヤ顔で言い放つ。


「勉強不足」


 その言葉に俺は手で顔を覆う。


「あのマンションの前での台詞は明らかに赤点を回避するフラグだったろ? いや、むしろ最高点を叩き出す位の雰囲気だったろ」

「現実は無情なり」

「無情だわー。ホント無情だわー」


 今から始まる補習は数学。これはアヤノの苦手な科目であった。

 俺はテストを受けてないので分からないが、周りの話では難しかったらしいので赤点でも仕方ないのかも知れないな。




 ――アヤノとの会話もそこそこに補習が始まった。

 どうやら補習の内容はテストの問題に沿って行われるみたいだな。

 俺はテストを受けてないので数学の木和田先生にテスト問題と解答をもらう。その時に「南方……。今回は本当に残念だったよ」と言われた。


 俺は首を傾げながら席に戻って行く。


「残念だったな」って声をかけてくれるなら分かるが「残念だったよ」何て、まるで先生自身が残念がってるみたいである。


 ま、どうでも良いか。


 さてさて、実際に受けたら何点だったかな? 


 俺はシャーペンを持ち問題を解いていった。




 ――30分後。見直しなしで問題を解き終えて採点してみると――90点だった。

 

 まぁ今回は本当に難易度高かった。この南方 涼太郎が90点しか取れないなんて……。木和田の野郎……嫌らしい問題ばっかり出しやがって――。

 あ、だからあの野郎残念がってたのか……。俺の悔しがる顔を見たかったのね。そういう事してくるか……。ほっほー……。


 俺は軽く小さくノビをする。


 顔を上げて周りを見渡すと教室にいる半分以上が机に伏せっていた。

 隣に座るアヤノも例に漏れずに寝ている。


 補習とは……? と疑問に思うが、実際は出席さえすれば良い救済システム。馬鹿正直に補習を受ける意味はないってか。

 邪魔さえしなければ態度等を特に注意しない木和田先生の補習だからこそ出来る事だな。逆に賢いと言うべきか、何というか……。


 そんな事を考えるが、実際俺も補習の内容は聞かずに問題解いてたから寝てる奴らと何ら変わらないな。


 ふとアヤノが机の上に出しているテストプリントを見てみる。

 失礼ながらに点数が見えてしまった。

 あかんあかん。そう思いつつも俺は彼女の点数を2度見してしまった。


 アヤノの点数は0(52)と書かれている。

 

 ど、どゆこと? どゆことよそれ。

 そんな点数は初めて見たぞ。


 しかし、その理由がすぐに分かってしまった。


 名前だ。


 アヤノの奴名前書き忘れてる。


 おいおいおいおい。アヤノー。名前書き忘れるなんて最悪のうっかりミスだぜ。

 名前は1番最初に書くテストのプロローグだろうがよー。

 名前書いときゃ52点だったのにー。


 だが、その名前の所を見て違和感があった。

 

 名前を書く欄が若干汚い様な……。少し黒ずんでいるというか……。


 そこで1つの答えが俺の脳裏に浮かび上がった。


 いや……。まさかな……。でもこれは……。


 アヤノの奴わざと名前を消しやがったのか?




♦︎




 聞くところによるとアヤノの補習科目は俺と同じ数学と社会。

 失礼と思いながら社会の補習の時も名前の欄をチラ見すると、数学と同じ様な事になっていた。

 ちなみに社会の点数は0(47)らしい。


 社会の補習が終わり、先生が出て行くと、それにつられて補習者達も出て行く。


「アヤノ」


 そんな中で俺は教室を出ずに隣に座っているアヤノに声をかける。


「なに?」


 アヤノはテストプリントを中間テストと同じ様にファイリングしている所だった。


「テストの自分の名前さ、わざと消した?」


 そう言うとビクッと身体が跳ねた。


「な、何のこと?」

「いや、消したのかなー? って思って」


 そう言うと「えっと……」と明らかに動揺している様な態度をとる。


「あれだよ……。名前間違えちゃって」

「え?」

「波北の『波』を『並』って書いちゃってるのに気が付かなくて、直そうとしたらチャイム鳴った」

「そんな事ある? 自分の名前を? 間違えちゃってとかある?」

「ある」


 自信満々に言ってくる。


「え? あー……」


 自信満々に言われたので、もしかしたらあるかなー? 何て思ってしまい、よくよく考えてみると、俺も涼太郎の『涼』を『良』って書く事が――。


「――あるかっ! んな事あるかっ!」


 俺が言うとアヤノは先程の態度とは裏腹に、何故か落ち着いた様子で立ち上がって俺を見る。


「――というかリョータロー……。勝手に私のテスト見たの?」


 アヤノは恐ろしい眼光でコチラを見てくる。


「勝手に見るとかサイテーだね」


 アヤノの言う通りである。

 勝手に人の答案を見るなんて人として最低だ。

 正論を突きつけられて俺は素直に頭を下げる事しか出来なかった。


「それは……ごめん。勝手に見たのはプライバシーの侵害だった。本当にごめん」

「わかれば良い」


 うんうんと許してくれるアヤノ。


「でも――」


 俺は頭を上げてアヤノに尋ねる。


「何で名前消したんだ?」

「だから――」

「いやいや。さっきのが本当の理由じゃないだろ? 教えてくれないか?」


 そう聞くとアヤノは視線を逸らして小さく声を出す。


「――から……」

「え?」

「だから……。リョータローだけに補習受けさせる訳にはいかなかったから……」

「アヤノ……」


 アヤノは頬を軽くだけ染めた。


「ぱ、パシリが補習なのに、おやびんが一緒に受けてあげないのは可哀想だから」


 何の影響か分からないが、普通は自分を呼称する時に『おやびん』とは言わないと思うぞ。それは組織に属するどうしようもない雑魚が自分の組織の大将を呼ぶ時に多く使われるイメージだ。


「し、仕方なく私も補習組になってあげたんだから、感謝しなさいよね」


 そう言われて、アヤノには看病もしてもらったし、補習もあえて受けてもらったしで、彼女の言う通り感謝しないといけないな。


「ありがとう。アヤノ。何かお礼でもしないといけないな」


 素直に礼を言うと「え?」と目を丸くした。

 どうやら違う台詞が来ると思っていたらしい。


「ぽ、ポテチね」

「ん?」

「今日新作のポテチ出るから。それ買ってくれたらそれで良い」


 お嬢様なのに相変わらずのポテチ好きだな。


「ああ。それで良いならお安い御用だ」

「それじゃあ早速買いに行こっ」


 こうして補習終わりにコンビニへポテチを買いに行ったのだが、俺は忘れていた。


 彼女がポテチジャンキーという事を――。


 結果、大量のポテチがそこのコンビニから消えたのであった。

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