第34話 女心というのは難しいものです

 放課後を告げるチャイムが校内に響き渡った。


 待ちに待った放課後がやってきたのだが、この後コンビニバイトがある為に素直に喜ぶ事が出来ない。

 バイト先に行ってしまい、制服を着てしまえばどうという事はなく、すぐに時間が経つのだけど、バイトに行くまでがとことんだるい。

 こういう時は本当にズル休みしたくなる。

 まぁ休んだところでやる事と言えばテスト勉強だから、どっちに転んでもだるいのは変わらない。


 チャイムと同時にクラスの半分以上が出て行った。

 その人達の大半は部活動に所属している人達である。もうすぐ夏の大会やらなんやらで運動部は忙しい事だろう。


 いつもならその波に乗り俺もとっとと教室から出ていくのだが、コンビニバイトは夕方からなので今すぐ家に帰ってもあまり意味はない。

 なので、もう少し練習問題作りのピックアップをしようと思い、珍しく放課後の教室に残ろうと思う。


 俺は椅子に座ったまま振り返る。


 後ろの席のアヤノは帰りの波に乗ろうとしており、立ち上がって鞄を持ち上げている所であった。

 その姿は心なし不機嫌だ。


 そう見えるのも仕方がない。

 あの後――昼休みも5限も6限も不機嫌オーラを纏い、絡んでくるなって感じであったからね。

 ――まぁ女の子は男みたいに単細胞な生き物ではなく、色々と大変だからそういう日もあるよ。うんうん。


「アヤノ。これ」


 絡まれたくはないだろうが、彼女が帰る前に先程試しで作った練習プリントを渡す。


「なにこれ?」

「テスト対策プリント。今日は行けないから、これ今日やっといて」

「今日はコンビニバイトって言ってたよね?」

「ん? うん。だからそれ今日やって明日俺に提出な」


 なんだか家庭教師みたいな台詞を言ってやる。


 すると彼女はプリントを丁寧に折り畳んで鞄に入れながら言ってくる。


「今日は……。私も用事あるから出来ないかも」

「用事? テスト前なのに?」

「――そう。用事。テスト前なのに」


 おうむ返しされる。


「どんな用事だよ?」

「リョータローには関係ないでしょ。じゃあね。さよなら」


 冷たく言い残してアヤノはそそくさと帰って行った。


 なんだよアイツ。アヤノから赤点回避させろって言ってきたから作ってやったのに。


 まぁ本当に何かの用事があるのだと信用するしかないか。


 だとしたら明日の勉強量を――。


「ふーられちゃったね涼太郎くんやい」


 明日の計画を練ろうとしていると隣の席を立ち上がった夏希がニヤニヤしながら言ってくる。


「折角ラブレター渡したのにねー」

「ラブレター?」


 ああ……。対策プリントか。


「『君へ愛を込めてしたためた活字達を読んで欲しんだ』『いらない。私用事あるから』『ど、どんな用事だってんだい? マドマーゼル?』『関係ないでしょ。さよなら』――くぁー。悲しいねぇ」


 わざわざ立ち位置を変えて演技をする様に言ってくる。


「お前の脳内はお花畑か。あとマドモワゼルな」

「ちっちゃい男だねー。涼太郎くん。そんなんだから波北さんにふられるんだよー」

「そうだぜ? 我が友南方くん」


 夏希の言葉に同意しながら井山がやってきた。


「南方くん。女の子を誘うのにラブレターなんて古いのだよ」


 そう言いながら俺の肩に手を置いてくる。


「不快だ。触るな。どつくぞ」

「僕は愉快さ。アッハッハ!」


 体育祭以来、なぜかコイツはキャラを変えてたまに絡んでくる。

 泣きたい位にうざい。


「君は僕の恩人。だから君に伝授してあげるよ。僕の伝説の技【直接攻撃ダイレクトアタック】を! とくと見よ! これが男の――いや、漢の技だ!!」


 俺はコイツに恩恵を与えた覚えは全くないが、何故か勝手に恩恵を受けたと言い、技を教えてくれるらしい。しかもめっちゃ熱い。


「海島さん! 今日一緒に勉強しよう!」


 コケそうになった。

 ふっつーに誘うだけかよ。

 直接攻撃ダイレクトアタックとか言うからモンスターカードでもドローするのかと勘違いしちまった。


 いや……。よくよく考えると好きな人を直接勉強に誘うなんて勇気のおる行動だ。

 井山……。お前漢だな。


「良いよー」

「良いんかいっ!」


 流れ的に何か断られると思ったわ。


「――良いの?」


 当の本人が1番びっくりしていた。


「じゃあ図書室で勉強しよっか」

「――しゃー!」


 直接攻撃ダイレクトアタックが見事に決まり、教室でガッツポーズを決める井山。まるで告白に成功したかの様な喜びを見せてくる。


「み、みみ、南方くん! 見たかい! こ、これが漢の技だぜ!」


 動揺しながら俺へ言ってくる姿は正直間抜けである。


「涼太郎くんも一緒にする?」

「え!?」


 夏希の誘いに喜びのガッツポーズよりも大きな声を出す井山。

 そして、返答しだいでは何をしだすか分からない表情を見してくる。

 めっちゃ怖い。井山だけどめっちゃ怖い。


「俺はバイトがあるからやめとくよ」

「そっか」


 断りを入れると井山は俺の肩へ手を置いてくる。


「流石僕の相棒。分かってるじゃん」


 我が友からランクアップして相棒になってしまった。嫌なランクアップだ。

 後言い方が非常に腹が立つ。


「次肩に手を置いたらしばく」

「OK。次は股間にしておくよ」

「は?」


 コイツ、テンション上がりすぎて頭おかしくなっている。


「ちょ! 待て! 井山!?」


 井山はルンルンに教室を出て行った。俺の声は届いてない様だ。


「それじゃあね涼太郎くん」


 井山の後を追って教室を出ようとした夏希が立ち止まって振り返る。


「あんまりイチャイチャし過ぎない方が色々良いよー」


 その顔はいつもと違い少し真剣味を帯びていた。


「ん? イチャイチャ? どゆこと?」


 聞くといつもの表情に戻り笑いながら言ってくる。


「賢いんだからこれだけ言えば分かるでしょー。鈍感なギャルゲの主人公じゃないんだからー」


 前に夏希へ言った言葉を返されてしまう。


「あははー! でゅわさらばじゃー!」


 そう言い残して夏希も教室を出て行った。




♦︎




『イチャイチャし過ぎない方が色々良いよー』


 コンビニバイト中。

 お客さんは相変わらず少ない。

 今もトイレに入った人と立ち読みしている人が2人いるだけである。

 

 正直手持ち無沙汰である。それなら補充やらなんやら仕事ならいくらでもあるのだが、レジに立ち、帰り際に夏希に言い残された言葉が脳内を回ってしまう。

 

 イチャイチャという単語が出ているという事は俺が女の子とイチャイチャし過ぎているという事になる。


 女の子とイチャイチャ……。女の子とイチャイチャ? いやいや、してねーわ! イチャイチャなんかしてねーわ。してたらもっと見せつけてやらー! こう、しなやかに……。そして、きめ細やかに……。堂々とイチャイチャしてやらー!


 ――まぁしかしだ。これは俺の主観であり、夏希――客観的に見ればそう見られるシーンがあったのかも知れない。


 色々と思い返してみる。


 女の子とイチャイチャ――。

 考えられるならアヤノか? アヤノとイチャイチャし過ぎるなって言いたいのか?

 いや、でも俺は教室内ではあまりアヤノと話をしていない。誰の目にも届かない所でなら何回も話しているが……。

 それを見られた? いや、わざわざ旧校舎にまで行く物好きはアヤノ位だろう。

 そう考えるとアヤノとの事を言っている訳ではない。


 そうなってくると俺が他に女子と喋るのなんていないぞ?


 ――もしかして夏希本人か?


 アイツとは良く話をする。盛り上がるし楽しい。


 仮にだ。

 アイツは好きな男子がいて、その男子に俺と付き合っているなんて勘違いされるから遠回しに絡んでくるなと言いたいのか?

 そういえば今日、井山に突発で誘われたのにも関わらず簡単にOKを出していたな。

 ――まさか……。

 え? 嘘? 夏希って井山好きなの? 両思いじゃないか。えー。まじかー。


「――店員さん?」


 ふとレジ越しに可愛い声が聞こえてきたので俺は我に返る。


「す、すみません! い、いらっしゃいませ!」


 いきなり声をかけられたのでビックリした。

 あかんあかん。仕事中にボーッとしてたら。


「あははは! ダメだよー。ボーッとしてちゃー」

「は、はい。おっしゃるとお――」


 謝りながらお客様の顔を見ると途中で言葉が止まってしまった。

 目の前にはコンビニ制服姿さえもアイドルの制服に見えてしまう程に着こなしている水野が立っていた。


「――んだよー。ビビったー」

「あはは! 焦ってる南方くん可愛いー」


 そう言いながら楽しそうに微笑んでくる。


「でも、だめだよ? もうすぐ上がりだからって気抜いてちゃ」

「はい。すみません……」

「何考えてたの?」


 大人びたお姉さんの様な聞き方で隣に立ってくる。


「いや……別に……」

「んー? もしかしたら恋の悩みかな?」

「いやいや、そんなんじゃないから」


 まぁ少しだけ近いものはあるのかもしれないが。


「その反応怪しいなぁ」


 覗き込む様に言ってくる。


「恋の悩みなら、この七瀬お姉さんに任せなさい」


 ドンと胸を叩いて言ってくる。

 その時に軽く胸が揺れた。


「だから恋とかそんなんじゃないって……」


 視線を逸らして軽くツッコミを入れる。


「あ! 今、目を逸らした。ほらー。やっぱり恋の悩みじゃん」


 違います。おっぱいの揺れを見てたからバツが悪くなっただけです。そんなピュアな事考えていません。


「ね? ね? 告白とか考えてるの?」

「だから違うって」

「えー。絶対そうだよー。誰? 誰ー?」

「だーかーらー――」


 俺が言葉を放つ前にドンっとレジにカゴが置かれた。

 見るとお客さんが目の前に立っていた。


 やっば……。

 デカイグラサンしてるから表情は分からないけど怒ってるっぽい。


「大変失礼致しました。いらっしゃいませ」

「失礼致しました」


 お互いに一言謝りを入れるが特に反応はなし。

 さっきまでずっと立ち読みしてたんだから許してちょんまげって感じだが、まぁこちらが悪いのでそんな態度を取られても仕方ない。


 商品をスキャンしていく。

 水野は俺がスキャンした商品を袋詰めしていってくれる。


 チラリとお客さんを見るとまだオーラが怒ってるっぽい。無言の圧を感じる。

 だが、無言で圧をかけてきているのだが、商品の9割はポテトチップスである。

 この人もポテチジャンキーなのか……。アヤノだけじゃないんだなポテチジャンキー。なんて思いながらふとお客さんの手に持っているバイクのヘルメットを見ると【ウサギのヌタロー】のヘルメットであった。


 おいおい。もしかしてこの人――。


「10点で1926円頂戴いたします」

「カードで」


 その声は聞き慣れた声であった。


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 レジで操作をしてお客さん側にあるICカードの挿入口が光ると、お客さんは財布からブラックカードを取り出して挿入する。


 ブラックカードて……。間違いないじゃねーかよ……。


「ありがとうございます。レシートはいかがいたしましょう?」

「いらない」


 そう言ってレジを立ち去った。


「ありがとうございます。またお越し下さいませ」

「ありがとうございます」


 アイツ絶対アヤノだな。しかし、こんな所に何しに来たんだ?




♦︎




 バイトが終わり駐輪場に行くと先程のデカイグラサンをした人が俺のバイクの前に立っていた。

 

 いや……。おまっ……。気が付いてなかったら間違いなく不審者じゃねーか。通報もんだぞ。


 俺の存在に気が付き、少し焦りながらグラサンを外してコチラを見てくる。その顔は間違いなく波北 綾乃であった。


「あ、リョータロー。偶然」

「ぐーぜん?」


 偶然という言葉の意味を広辞苑を持ってきて彼女に見せつけてやりたい。


「――なにしてんだ?」

「用事の帰りにコンビニ寄っただけ」

「こんな田舎に用事?」

「こんな田舎に用事」

「何に乗って来た?」

「電車と徒歩」


 電車と徒歩でこんな所まで、まじで何の用事だ? しかもデカイグラサンして。


 まぁ彼女が用事と言うのならそうなのだろうが……。


「わざわざヘルメット持って電車乗ってこんな田舎に何の用事だったんだよ」

「そ、それは……」


 アヤノは手に持ったヘルメットを眺める。

 そして何かを考えて口を開いた。


「リョ、リョータローには関係ないでしょ」


 苦し紛れに出た言葉がそれであった。


「そ、そんな事よりリョータロー仕事中に駄弁り過ぎだよ」


 ヘルメットを持っている事をそんな事扱いして、仕事のダメ出しをされる。


「あれじゃクレームくるよ」

「それは……。その通りだな……。ごめん」


 立場が逆転してこちらが攻められてしまう。


「しかも鼻の下伸ばしていやらしかったよ」


 この子よく見てるなぁ……。


「いや、待て! 伸ばしてなんかないわ!」


 だが、そこは一応否定しておく。


「伸ばしてたよ……。水野さんの胸ばっかり見て……」

「み、見てねーっての……」

「そんなに水野さんの事好きなの?」

「ちょちょ。別に好きなんかじゃないっての」

「どうだか……。巨乳が好きだYO。なんでしょ?」


 ぐっ。グゥの音も出ない正論を突きつけられる。


「ほら、言い返して来ない。変態だね」

「おいおい。今日やけに攻撃的だな。何かあったのか?」


 そう言うとアヤノは「別に……。なにもないよ」と小さく言ってくる。

 絶対に何かある様な言い方の後にチラリと俺の方を見て来てくるが視線は合わせてはくれない。合わせてくれないというか、俺の後ろを見ていると言うか……。

 アヤノの視線の先を追おうとして俺も後ろを向こうとしたが、振り向く前にアヤノが言葉を発する。


「バイト終わったなら送ってよ」


 そう言われて辺りを見渡す。


 もう辺りは真っ暗だ。

 電車で来たと言っている美少女をこんな暗闇に放置する訳にもいかないわな。


「ああ。良いよ」


 攻められる話題が途切れ、こちらも好都合だったので俺は即座に頷いてバイクの準備をしてエンジンをかける。


 アヤノはサクッとヘルメットを装着した。


「ほいほい。乗った乗った」


 そう言うとアヤノは慣れた感じで後ろに乗る。

 彼女が後ろに乗ったのを確認してから出発した。

 出発してすぐに彼女は密着の距離を更に短くしてギュッとしてくる力を強める。


「え? ちょっと強くない?」

「い、良いの! これで良い!」


 先程まで攻め(責め)られていたのに、今度はまるで恋人の様な距離。


 女心は本当にわからないですな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る