第33話 お嬢様はご機嫌斜めです

 我が校の赤点は40点未満からとなっている。

 都道府県や地域等、学校の種類によって赤点の基準は変わるみたいだな。

 ウチは40点だが、何処かの学校は35点なり30点なりと聞いた事がある。

 それってどうなの? 一律にした方が良いんじゃない? と思うけど、教育委員会的にはそういう決まりはないのだろうな。

 そういえば赤点が40点以上というのは聞いた事がないな……。そう考えるとウチの学校は少し厳しめなのかもしれないな。


 我がお嬢様は自称成績優秀。

 しかしながら蓋を開ければ赤点ギリギリである。彼女曰く『赤点を超えていたら成績優秀』らしい。


 もうすぐ開催される学生イベントワーストランキング上位の常連の期末テスト。

 期末テストは中間テストよりも難易度が上がるはずだ。ギリギリのラインに立っているアヤノはこのままでは赤点になってしまうかもしれない。

 噂では期末テストで赤点を取ってしまうと夏休みに補習という学生泣かせのイベントへの招待券を強制的にプレゼントされるらしい。無論クーリングオフは不可。何とも嫌なプレゼントである。


 その事もあり、お嬢様から与えられたノルマは期末テストの【赤点回避】

 これを成し遂げなければ――成し遂げなければ……。特に何もないか……。

 アヤノがちょっと可愛そーってだけだわな。


 まぁしかしだ、給料を貰っているので課せられたノルマは達成しないといけない。それが義務である。

 リレーのコーチの次は家庭教師か……。正直荷が重いがやるからには赤点は取って欲しくない。

 そういう訳で休み時間を利用して期末対策用の練習プリントを作成する為に、教科書を読んでテストで出るだろう範囲をピックアップしている。




「――南方くん?」


 ふと声が聞こえてきて顔を上げると、そこにはクラスのアイドルである水野 七瀬の顔があった。


「休み時間も勉強?」


 絶妙に可愛い角度で首を捻ってくる。

 コイツ……。男のツボを抑えてやがるぜ……。


「べん……きょー……? 勉強……。勉強?」


 しかし俺はそこら辺の男共とは違って簡単じゃあないぜ? 水野 七瀬。


 俺は普通に答えてやる。並の男なら今ので「あうっ!」ってなるからな。俺は絶対に「あうっ!」は発動させないぜ。


 いや、普通に答えたと言ったが、普通じゃないか。

 練習問題を作る事で復習に繋がるから勉強とも呼べるけど、実際的には作業っぽいので何とも言えない。

 そんなんだから変な答え方になってしまったな。


「うふふ。なにそれ?」


 軽く笑う仕草も絵になる水野。


 あっぶねー。危うく「あうっ!」が出る所だったぜ……。恐らしい女だ水野 七瀬。

 

 彼女の攻撃に耐え、次はこちらから仕掛ける。

 俺は教科書を閉じて彼女に質問をする。


「どうかしたのか?」

「あ、そうそう。今ってテスト準備期間中でしょ? バイトどうするのかな? って」

「今まさしくバイト中だけどな」

「え?」

「あ……」


 しまった。最近はアヤノの所で働く機会が多いので、つい言ってしまった。


「教科書読むのとバイトが何の関係があるの?」

「あるのかなー?」


 適当な事を言うと水野は楽しそうに笑う。


「勉強のし過ぎでおかしくなったのかな?」


 そう言うと水野は俺の頬に手を当てて来て顔を近づけてくる。


「――あうっ!」


 柔らかく、少し冷たい手の感触。

 血流が速くなり、頬が熱くなるのが自分でも分かる。


 はい。普通に出たね。普通に「あうっ!」出たよ。しかも言葉に出したよ。

 

 だって! だってさ! 目の前にアヤノとはベクトルの違う美少女がいるんだぜ? そりゃ男なら反応するだろ。


 でも……。何で頬っぺた触ってきたの? 何? 俺に気があんの?


「ほら、顔赤いし。勉強も程々にね。ちょっと休憩しよ?」


 アヤノとは違ったタイプの小悪魔的な笑みで言ってくる。


 こんなん惚れてまうで普通……。


 いや! 俺はさ……。ほら、あれよ。あれ。ドキドキはする。正直ドキドキはするけどあれよ? アヤノでね? アヤノっていう美少女で免疫付いてるからあれだけど、普通の男子ならもうコロっといってるよ。


 ――あー……。だからクラスのアイドルなんだな……。


 そんな事を考えて呆けてしまっているとスマホが震え出した。


 お互いビクッとなり水野は反射的に手を離した。

 

 振動で机の上を右往左往するスマホを手に取り画面を見る。

 バイブレーションの長さから電話と思われるが相手は――アヤノ?


「え?」


 俺は後ろを見る。

 するとアヤノは机の下にスマホを持っていき弄っていた。こちらには見向きもせずに。


「え? え?」


 何? この着信どゆこと?


「どうかしたの?」

「いや……」


 何の用があったか知らないが、スマホを耳に当ててすらないなら電話の用事はないみたいだ。

 そりゃ、この距離で電話とか普通しないもんな。

 だから多分誤操作だと思われるが――。

 ともかく、このまま震え続けるスマホが鬱陶しいので、俺は電源ボタンをタップして着信を止める。


「えっと……。なんだ……。バイトの話だっけ?」


 スマホを机に置き直して話を戻す。


「あ、そうそう。テスト準備期間のシフトどうするのかな? って思って」

「特には。いつも通りだけど」


 そして、彼女の言わんとしたい事を何となく察してしまう。


「あ、分かった。シフト変わって欲しいんだろ?」


 俺の予想に彼女は首を横に振る。


「ううん。違うよ」


 違うんかいっ。自信満々に言ったからちょっと恥ずかしいわ。


「南方くんシフト減らすのかなー? どうかなー? って思っただけだよ」

「ん? それだけ?」

「うん。それだけ。そこが大事だったから」


 水野がそう言うと休み時間終了のチャイムが鳴り響いた。


「――っと。それじゃまた後でね。先輩」


 彼女の言う、また後でというのは今日の夕方は2人でコンビニバイトのシフトに入っているから、その意味だろう。


「またー」


 彼女の先輩呼びのからかいにも慣れてしまった。

 俺が慣れても彼女が言ってくる辺り、水野自体がその呼び方を気に入っているのかもな。


 しかし、俺のシフトの増減を彼女が知って何になるというのだろうか? シフトの交代を頼む訳でもないのなら俺のシフトなどどうでも良いと思うのだけど……。


 そんな事を考えていると椅子の尻部分を蹴られる。


「あでっ」


 反射的に声が出てしまう。驚きはあったが全然痛くなかった。

 

 振り向くと先程と変わらずのアヤノがノールックで言ってくる。


「ごめんなさい。当たった」


 悪びれる様子は無い。


「ん。そっか」


 けど、まぁそこはツッコむ所ではない。たまたま足伸ばした時に当たったんだな。あるある。そういう時あるよ。


 そして向き直すと全く同じ事をされる。


 早すぎない? 粗相が早すぎるぜお嬢様よ。

 これはワザとだろう。うん。2回連続はワザとだな。間違いない。


「んだよ?」


 もう1度振り返って少し不機嫌に言ってやる。


「なんだろうね?」


 しかし、彼女はもっと不機嫌に言ってきた。

 先程とは違い、次はこちらを見てくる。いや見てくるなんて優しいもんじゃない。その眼はいつものゴミを見るような感じではない。言葉では言い表せない程の眼である。

 ナ◯トの世界に異世界転移しても充分やっていけそうな眼をしていた。


 え? つか、何でこんなヤバイ眼してるの?


「怒って……ます?」

「別に」


 完璧に怒ってんじゃん。言い方がこえーよ。


「怒ってないなら蹴りはやめろよ」


 そう言うと「分かった」と素直に言ってくる。

 しかし、次の言葉が中々にエグかった。


「分かったから、目障りだから前向いて」

「めざっ!?」


 いきなり口わっる。このお嬢様ほんまめっちゃ口悪いわ。

 つうか昨今現実で目障りとか言う奴いてる!? 目障りて! 虫相手にも使わなくない? 使う? 使われた方凄く辛いよ?


「――言うねぇ。言っちゃうねぇ。だけど俺も男だ。理由もなく言われっぱなしじゃ終われ――」

「――南方くーん! 授業始めるから前向いてー!」


 俺の言葉が言い終わる前に教卓から先生の声が聞こえてきた。


「さ、さーせん」

「はいはーい。じゃあ教科書――」


 俺が前を向いたのを確認すると先生は授業を開始した。


「クスクス……。涼太郎くん。言われっぱなしで終わったね」


 隣の夏希が笑いながら言ってきやがった。


「やかましっ!」

「クスクス」


 はぁ……。夏希の奴はスルーで良いや。

 しかし、なんだか分からないが今日のアヤノは超不機嫌である。なぜだ……。理由を考える――が思い当たる節はない。


 この後、蹴りは無くなったのだが、後ろに魔王にでも睨まれているのではないかと思う位の覇気を感じて授業には集中出来なかった。

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