第27話 必殺カレーを披露する時が来ました

 「――いやー。最後のダンス良かったなー」


 体育祭が終了して、アヤノの家の最寄り駅から彼女の家への帰り道。

体育祭最後の種目の3年全体のダンスを思い返して隣を歩くアヤノに話しかける。


「非常に良かった」


 アヤノも同意的に頷く。


「なー。あんな感じで俺等も来年やるのかー。感動するだろうなー」


 3年の先輩達はダンスが終わった後、何人か泣いている人を見かけた。

 最後の体育祭。3年の先輩達は学生生活最後の体育祭だからだろう、感無量になって泣いている人が何人もいた。

 それに少し貰い泣きしそうになったのは秘密である。


「リョータロー」

「んー? どしたー?」

「私ダンス踊れない」

「げっ……」


 日常会話で「げっ」とか言う奴いてる? と俺は問いかけるタイプの人間なのだが、そんな俺が自然に「げっ」っと出てしまった。出ちゃったね。


「もしかして……」

「給料は弾む」

「まじか……」


 あの地獄の様な日々をもう1回遊べるドンかよ。いやいや、まじ勘弁だわー。


 俺の態度にアヤノはクスリと笑う。


「冗談」

「なんだよ……。ビビらすなよー」

「今はまだ良い……」

「ちょっと待って。それってやっぱり将来的には指導しろって事?」

「そうなる」


 結局もう1回遊べるドンじゃんかよー。

 はぁ……。まじつらたん……。


 そう思いながらもチラリとアヤノの方を見る。


 あの後――男女混合リレーでアヤノは難なく走り抜ける事が出来た。

 ちゃんとしたフォームでバトンの受け渡しも完璧にこなしていた。

 昼に見たあの凹んでいた姿と走り終えたアヤノの表情を照らし合わせて、昼休みに声をかけておいて良かったと心底思える。

 俺のおかげ、なんて自分の事を言うのは図々しい気もするが、何も声をかけてなかったらアヤノは腐っていたと思われる。

 ちゃんと走れた事が自信に繋がったかどうかは分からないが、アヤノは自分で周りを見渡して、自分自身の事を責めている奴なんていない事をちゃんと認識出来ていたっぽいしな。

 アヤノもまた一歩成長したってこったな。


「なに?」


 ついアヤノの方を見ながら考えていたので、彼女が首を傾げる。


「いんや……。何も」


 わざわざこの事を振り返す必要もないので茶を濁しておく。


「そう。それじゃあ、今日はお疲れ様」


 他愛もない会話をしていると、流石駅近高層マンション。あっという間にマンション前に到着した。

 いつもなら「おっつー」なんて言って帰るのだが、今日はちょっと違う。


「今日のノルマ増やして貰っても良いか?」


 俺の発言に眉を垂れ下げるアヤノ。


「増やす?」


 まぁそんな反応になると思う。


「ああ。今日のノルマは……。多分朝起こしに来いだけだったと思うんだけど」


 思い返しながら言うとアヤノが肯定してくれる。


「今日は体育祭だし、それだけで十分な仕事」

「それはありがたいんだけどさ……。晩飯を作るってノルマを1個増やして欲しいんだよ」

「晩御飯? 作りたいの?」

「まぁ作り……たい……。うん……。作りたいになるのかな? あはは」

「リョータローがそう言うなら別に構わない。でも今朝食材はないって……」

「ああ。そこら辺は大丈夫。今日母さんもパートだったみたいだからさ、ついでに食材買ってきてもらってるんだよ」

「そう。だったら作って良い」

「決まり。ほんじゃ帰ろうぜー」


 俺達は一緒に家に帰って行った。




♦︎




 アヤノの家に母さんの姿は無かった。どうやらもう帰ったみたいだな。

 その代わりと言っては何だが、冷蔵庫等に今朝頼んでおいたカレーの材料が入っていた。


 アヤノが風呂に入っている間に煮込みの作業まで到達した。

 カレーをオタマでかき混ぜながら煮込む。


 しかし、まぁ……。よくよく考えると特殊な状況だな。

 同じ家という空間に同級生の女の子が裸で風呂に入っていると考えるとめっちゃ興奮するよなー。

 そもそも同級生の女の子の家で料理してるとか……。何だかカップルみたいだな……。


 カップル……。アヤノとカップル……。




 デートといえば……。色々あるけど、今なんとなく思い浮かんだのは水族館。その水族館を出た後――。


『アーヤのん。どうだった? 水族館』

『すっごく楽しかったよ。リョーたん』

『何が1番良かった?』

『イルカショーも楽しかったしー。クジラも迫力あったしー。ペンギンのよちよち歩きなんかちょー可愛かったー』

『ふふふ。ペンギンよりアヤのんの方が可愛いっよ!』

『やだー。リョーたんったら。リョーたんは誰よりもカッコいいよっ』

『そんな事言ったら世界中の誰よりもアヤのんが可愛いよ』

『未来永劫誰よりもリョーたんがカッコいいよ』

『アヤのん――』

『リョーたん――』




 ――ないないないない。もしもアヤノと付き合ってもこんなん絶対にない。こんなバカップルには絶対ならない。というかなれない。アヤのん、リョーたんて……。我ながら恥ずかしい妄想をしてしまったな……。

 付き合った事のない悲しい男の精一杯の付き合った時の妄想である。




 もしもアヤノ付き合ったら多分――。


『アヤノ。水族館どうだった?』

『普通』

『そ、そっか……。何が1番良かった?』

『魚』

『そ、そうか……。つ、次はどこいく」

『何処でも構わない』

『さいですか……』




 ――うんうん。こんな感じになるな。付き合ってるのにカップル感0の会話が繰り広げられる事間違いなし。

 あははー。付き合ってる意味ねー。みたいな感じになるのかな。


 そんなアヤノともしも付き合ったら……。なんて妄想を繰り返していると脱衣所からアヤノが部屋着に着替えてリビングへやって来た。


 ドライヤーで乾かしたけど、ちょっとだけ湿っぽい髪に、火照った顔が何ともセクシーである。

 そんな顔してキッチンでひたすらにオタマでかき混ぜている俺を見てくる。


「カレー……?」

「大正解。匂いで分かっちゃったか?」


 そう言うと頷いてダイニングテーブルの自分の席に座る。


 アヤノが来たので煮込むのをやめ、棚からカレー皿を取り出す。

 

 そして予め炊いておいた炊飯器から炊き立てご飯をよそって、ルーをかけると【必殺カレー】の出来上がり。


 うん。いつも通りの家のカレー。


「お待たせ致しましたお嬢様。本日のディナーは【スパイシーカリー〜ビーフと3種の野菜をスペシャルソースと共に〜】でございます」


【必殺カレー】なんて言って出すと物騒なので、遊び心を出して適当にそれっぽい名前を付けて提供する。


 全てスーパーに売ってる食材だが、こういう風なメニュー名を付けると何だか高級な食材を使用した料理を提供した気になる。


 俺の【必殺カレー】もとい【スパイシーなんちゃら】をジッと見つめるアヤノ。

 

 あれ……。もしかしてカレー嫌いだった? いやいや、カレー嫌いな奴とか存在する? しないでしょー。カレーの具材が嫌いって人はいるかもだけど、カレー自体を嫌いって人は出会った事がない。もし「自分カレー嫌いだよー」って人がいたらお便り下さい。お願いします。


「アヤノ?」

「あ……」


 名前を呼ぶと我に返った様な反応を示した。


「い、いただきます……」


 ようやくスプーンを手に取り、カレーライスをすくって口に運ぶ――。




 ――運び終わった後、彼女はまるで氷漬けになってしまったかの様に固まってしまった。

 そしてそのまま手に持っていたスプーンを落としてしまう。


 カラン……。と落下位置から着地位置の距離が短かったスプーンが小さな音をたて、テーブルに転がった。


 あっれ……。これってどっちの意味。もしかして美味しくなかったか……。


 少し心配しながら彼女を見守るとアヤノの瞳から1滴の涙が頬をスーッと流れ落ちた。


「ア、アヤノ?」


 そ、そんなに美味しくなかったか……。違う意味で衝撃的な味だったか……。


「ご、ごめんなさい……」


 涙を流しながらスプーンを拾ったので俺が声をかける。


「新しいの持ってくるからそれもらうよ」

「あ……。う、うん……」


 アヤノは素直に頷いて俺にスプーンを渡そうとしてくるが、その手が震えてまたスプーンを落としてしまう。


「だ、大丈夫か? もしかして、そんなにも美味しくなかった?」

「違う!」


 アヤノは泣きながら首を横に振る。


「違……う……。違うの……。そう……じゃ……なくて……美味しいの。凄く……。凄く美味しい……から……。思い……出して……」


 そう言いながら無表情クールお嬢様のアヤノの表情が崩れていき、瞳から大粒の涙が溢れ出した。

 彼女は涙を掌や手の甲で拭うが溢れ出る涙はもはやアヤノの手では抑える事が出来ない。

 

 次第に呼吸が乱れ、グス、グスッとまるで子供みたいに泣き始めてしまう。

 そして身体をヒクつかせて一生懸命に俺へ何かを伝えようする。

 しかし泣き声混じりで何を言っているのか理解出来なかった。

 何を伝えたかったのか、何で泣いているのか、なんてのは今は置いといて彼女の隣に座って背中を摩ってやる。


「泣くほど美味しかったって事で良いのかな? 作った甲斐あったよ。落ち着いたらゆっくり食べてくれよな」


 言葉は返ってこずに変わりにアヤノは俺に抱きついてきた。

 風呂上りの女子の猛烈に良い香りがしたが、そういう事を考える空気ではない。

 俺の胸で泣きじゃくるアヤノの頭を優しく撫でてやる。

 今の俺にはそれくらいしかやってあげる事が出来なかった。

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