第26話 お嬢様の破壊力を思い知りました

 体育祭の前半戦最後のプログラムは2年のクラス対抗リレーが行われていた。


 運動場のトラックの半分、約200mを走りバトンを繋いでいくこの競技。ウチのクラスは7クラスある内の3位と何とも微妙な順位だが、まだ始まったばかり。1位との差は大きい訳ではないので、これから逆転も狙えるだろう。


 ちなみに俺は28番目に走るというこれまた中途半端な立ち位置にいる。


「ね? 涼太郎くんやい」


 前にいるのは26番目の選手の夏希。こちら側のトラックの内側は偶数の番号の待機場所。奇数側とは背中合わせとなっている。


 必死に応援――とまではいかないが、周りを見るとほとんどの人が自分のクラスを応援している中で夏希が振り向いて話しかけてくる。


「ん?」

「もしかしてさ、七瀬ちゃんの事ねらってるの?」


 なんだか今日は誰々が好きなの? みたいな話題をふられる日だな。なんなの? 体育祭だから? 体育祭のこのテンションに当てられて皆浮かれてるの?


「何でそう思うよ」

「だってさっき楽しそうに隣に座って喋ってたでしょ? あたしに井山くんを押し付けてまで」


 そう言ってジト目で見てくる。


「あれ? ばれてた?」

「バレバレだよ。ま、別にあたしは井山くん嫌いじゃないし苦にはならないけど」


 おお。それを聞いたら井山のやつ喜ぶんじゃないか。


「あれよ? 俺も別に嫌いじゃないよ? ただ絡みがうざいだけだよ?」

「それって嫌いって意味なんじゃ? ま、そんな事はどうでも良い訳さ。どうなの?」


 その「どうなの?」は俺が水野の事をねらっているかどうかの2択を早く答えろという事だろう。


「いや、ねらってねーな」


 そう答えると疑う様な顔をしてくる。


「ホントかいな?」

「何で疑ってくるんだよ」

「だってさっき、こーんな鼻の下伸ばして話してたからさ」


 そう言って夏希はゴリラみたいな顔をしてくる。


「うっひゃひゃ! 夏希! なんだよその顔!」


 その夏希の顔にツボってしまう。


「こんな顔だったよ?」

「ひゃひゃひゃ! そんなゴリってねーわ! あひゃひゃ」


 腹を抱えて笑ってしまう。何人かの生徒がこちらを見てくる。恐らくうるさいと思われた事だろう。それを察知して何とか笑いを我慢する。


「夏希……。ぷぷ……。お前それやめてくれや」

「あはは……。ま、確かにね。これは盛りすぎだけど。私に井山くん押し付けてデレデレしちゃってたから、涼太郎くんって七瀬ちゃん好きなのかなー。ってちょっと思っただけの次第です」

「えー……。そんなにデレてねーけどなー……」


 しかし客観的に見て、少なくとも夏希にはそう思われたのなら気を付けないと。あらぬ噂を立てられるのは面倒だもんな。


「ほらほら! 応援するぞ応援! 今良いところなんだから!」


 話を終わらす為にパンパンと手を叩いて次の走者を見る。


 次の走者はどうやらアヤノみたいだ。


「それもそうだね……。あ! 次は波北さんだ! 波北さーん! 頑張れー!」

「アヤノー! イケー!」


 俺達も周りと同じ様に声を出しアヤノに声援を送る。

 俺達の声が聞こえたのかチラリとこちらを見るがすぐに後ろから来るバトンに備える。


 ここでちょっと親心が出る。


 今日までの特訓は男女混合リレーの為のもの。

 クラス対抗リレーも男女混合リレーも共にバトンを繋ぐ競技。だからバトンの受け渡し作業は同じである。同じであるが……。どこか不安が残る。


 大丈夫だよな。アヤノ。


 しかし、俺の心配は無駄に終わる。


 練習通りに前ランナーが接近してくると、右手を後ろにバトンを受け取る構えを取り、小さくリードしながら、バトンを受け取ると走りながら左手に持ち替え、そして特訓通り、アヤノ風に言うと無難な走り方でトラックを走る。


 俺は感無量になり1人拍手をしてしまった。


「え? なになに?」


 夏希が俺の謎の拍手に困惑しているが、今そんな事はどうでも良い。

 あのアヤノが、あの女の子走りしか出来なかったアヤノが観客を前にリレーの選手みたいに走っているんだ。


 あ、やべ……。涙出そう。


 足が速いとは言えないし、後ろからのランナーに抜かされそうになっているがそれで良い。それで良いぞ。そのまま走り切ってくれ。アヤノ。


 だが、俺の願いは届かなかった。


 アヤノが後ろから抜かされそうになった時に野球のベースがないのにも関わらずヘッドスライディングをかましてしまったのであった。




♦︎




「――やっぱここか……」


 体育祭午前の部が終了しての昼休み。

 2年のクラス対抗リレーの結果は最下位という結果に終わってしまった。

 言わずとも敗因はアヤノにあるが、別に彼女を責める者は誰もいない。なぜならこれは体育祭だからだ。

 部活動の最後の大会だったならば責められるかもしれないが、体育祭のクラス対抗リレーに青春を全てぶつけている訳じゃなし、皆で楽しむお祭り行事だ。

 むしろ美少女のあれほどまでに綺麗なヘッドスライディングを見れて逆に良かったとコアな事を言うやつならいたがね。


 しかしアヤノはリレーの後忽然と姿を消した。

 誰も何処に行ったかは見ていないらしいので、俺は思い付いた場所――旧校舎の自販機前にやって来た。

 皆からすれば笑い話。だが、当人からすれば大問題なのかもしれないのでフォローを入れに来たのだが……。来て正解だったみたいだ。


 アヤノはベンチで体育座りをしてボーッと地面を眺めていた。


「ほい。食いしん坊。昼飯いらないのか?」


 そう言って勝手ながらアヤノの机に置いてあった、今朝一緒にコンビニで買った昼飯の入った袋を彼女の座っているテーブルに置く。


「いらない」

「おいおい。そんなに気にする事でもないだろ」


 そう言って敢えて隣に座って俺も自分の分のコンビニ袋をテーブルに置き、中からおにぎりを取り出す。


「私のせいで負けた」

「いや、運動部の最後の夏の大会じゃあるまいし。そんなに気負わなくても良いだろ?」


 もぐもぐとおにぎりを食べながら言ってやる。


「――また陰口を言われる……」


 呟いた声はか細くて、隣にいるのにも関わらず聞き逃してしまいそうな程小さかった。


「陰口って……。誰もそんな事言わないっての」

「皆表向きはそう。裏ではそうじゃない……」

「体育祭だぞ? そんな――」

「そんな事ある! 何も知らないのに知った様な事言わないで!」


 ビクッとなりおにぎりを落としそうになった。

 こんなにも大きな声で怒鳴り上げるアヤノは初めてだ。というか、そんな声出せるんだな。


 怒鳴り声を上げた後にアヤノは我に返った様な反応を示し「ごめんなさい」と小さく謝った。


 気まずい雰囲気が流れる。俺はどうして良いか、何と声をかければ良いか分からいので頭を軽くかく。

 フォロー入れに来たつもりだが、ありがた迷惑だったみたいだな。1人になりたい時もあるよな。


 俺は秒でおにぎりを食べると立ち上がる。


「ごめんなアヤノ。そんなに思い詰めてるとは思わなくて軽率な発言だったよ。昼飯は食えよ。まだ体育祭は続くんだから」


 そう言って立ち去ろうとすると体操服のハーフパンツを摘まれる。

 アヤノを見ると、こちらを見ずに言ってくる。


「行かないで」


 その発言は、どうやら1人にはなりたくないって事だろう。

 俺は頬をかいた後に先程の席に戻る。


 席には戻ったが、声をかけて良いものかどうか。

「誰も気にしてないって」という慰めの言葉は先程の繰り返しになるだろうし「切り替えて次頑張ろう」もなんだか安っぽいし。かと言って「ウジウジするなよー」なんて渇を入れるのも時代に合わないよな。

 しかし、声をかけずに黙々と昼飯を食べる空気でもなし、どうしようか……。


 ポリポリと頬をかいて考え込んでいると、アヤノが重い口を開いた。


「昔……。運動会で同じ様な事があった」


 アヤノは体育座りをしている足を無意識なのか、トントンと足踏みの様な事をしながら語りだす。


「リレーでクラスは勝ってて、私の番が来て、コケてしまって。クラスの皆は『大丈夫』とか『気にするな』とか声をかけてくれたけど、私がいないところで『あそこでコケるとかあり得ない』とか『アイツがいなければ勝てた』とか散々言われた。元々私は暗かったし、それが直接の原因じゃないとは思うけど友達も離れていった」

「そう……。なんか……」


 そんな過去があったなら、俺の発言はやはり軽率な発言であったと後悔してしまう。


「だからその後の運動会も中学の体育祭も極力出場しない様にしていたし、出ても走りを競う競技には出ない様にしていた。だけど今年のクラス対抗リレーは強制参加だからどうしようか悩んでいた。本当に出たく無かった。逃げ道を探した。でも、そこで恵さんからリョータローが運動部だった事を聞いたのを思い出して教えてもらおうとした」


 アヤノは体育座りしている腕に顔を埋める。


「折角時間かけてリョータローが教えてくれたのに肝心な所でコケちゃって……。しかも昔の事もフラッシュバックして……。この後またリレーあるし……。リョータローに八つ当たりして……。もう、さいあく……」


 大分ダメージをクラっているな。


 そんな彼女に優しくポンと肩に手を置く。


「俺はさ。感動したよ」


 そう言うと「え?」っと顔を上げて言ってくる。


「いや、正直初め教えた時は『こんなん無理だわ!』ってなったんだけどさ。バトンの受け取りと、走りのフォーム見て、まじでこの短期間で成長したなー、って思ったよ。本当に嬉しかった。だからコケたのとか俺は全然気にならないし、気にも止めないな。それよりも感動の方が強かったからな。俺スタンディングオベーションだったんだぜ? まじで。他の奴に『何に拍手してんの?』って思われたろうがそんなん関係なく、アヤノの走りに拍手喝采だったよ」


 思った事をストレートに伝えた後にアヤノに微笑みかけて言ってやる。


「もし今日の事でアヤノの事を責める奴がいたならさ、難しいかもしれないけど無視すれば良い。運動会の時は友達が離れていったって言ってたけど、俺はそんなんじゃ離れないから。最悪俺がいるって思ってくれれば良い。俺はアヤノの味方だから」


 恥ずかしい歯の浮く様な台詞を言ってやる。


「リョータロー……」


 アヤノは少し間を置いた後に小さく微笑みを見してくれる。


「ありがとう」


 ドキッと心臓が高鳴った。

 無表情美少女が小さく笑うだけでこれほどまでに破壊力があるものなのか……。


 俺は気恥ずかしくなり頭をかいて言葉を出す。


「ほ、ほら! だから飯を食おう飯を! いらないの? いらないなら俺もらうよ」


 人間心拍数が上がると突発的な行動に出る。

 俺は別に欲しくもないのにアヤノのコンビニ袋に手をやろうとすると腕を掴まれる。


「ダメ。これは私の」

「あれ? 食べるの?」

「食べる。お腹空いてきた」


 そう言ってアヤノはサンドウィッチを取り出して小さくほおばった。

 その横顔は先程よりも明るい表情に見えたのでとりあえずは一安心して良さそうだ。

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