第50話 不思議な白いエルフの男

 空間転移の地点まで移動している最中、目の前に誰かがいた。小柄で、幼い女性と見間違える顔立ちで、全てが白いエルフの男。ホログラムを見ている感覚で不思議だ。そしてこの場にいること自体、不自然でもある。私達は拳銃を構える。効果はないことを理解している。これは牽制だ。


「え」


 予想外だったのか、男が固まっている。それでも口は動かせるのか、聞いてくる。


「何で物騒なものを僕に向けるのかな」


 その質問にカエウダーラが答える。当然のことを口に出す。


「だってこの場所、基本的に誰もいないのですのよ? 警戒するに決まっておりますわ」


グロリーアから聞いている限り、滅びの獣がいる地域に近づかないよう決められている。幼い子でも知っているだろう。いやうっかり入ってしまった事例があってもおかしくないのだが、そもそも目の前にいる男は青年ぐらいの見た目だ。その線は薄い。確実に知っているはずだ。


知っていてこの場にいると仮定すると、興味本位で近づいた馬鹿なのか、土地を調べに来た研究者か、或いは……考えたくもないが例の大魔術師か。もし例のあれなら私達は対応出来るのだろうか。不安しかない。距離を遠ざけておくべきだろう。


少しずつ後退しながら、男の表情や身体の動きを見る。少し考えていたのか、視線が下になっている。それも終わったのか、私達を見ながら口を開く。


「それもそうだ。ところで君達、ゆっくり喋らない?」


 納得の言葉と誘いの言葉が口から出ていた。大体の女性ならこの男の微笑みと誘いで「ええぜひ」なんて言うのだろう。絶対に御断りだ。普段の私なら即反応だった。ただしここは違う法則で出来た世界だ。ホログラムに似た何かは遠隔か。或いは……考えたくもないが幽霊か。正体以前にどういったものか理解できていないこと自体がよくなかった。


「カエウダーラ、二つの線があると思ってるんだけど」


 小声で話してみる。私一人で出来るものではないと感じているからだ。相棒も私に合わせて、声を小さくしている。


「ええ。私も可能性として二つあると考えておりましたわ」


 おっと。同じ個数だった。


「ですが……聞いた方が手っ取り早いでしてよ?」

「なんでお嬢様なのにド直球に行くの」


 反射的にそう言ってしまった反面、正しいのではと考えていた。さっさと解決しておきたい気持ちが強いからかもしれない。


「?」


 視線を感じ取ったのか、男は傾げている。やけくそになるが、ここで聞いてみることにする。


「君はどういう状態なわけ。遠くにいて元気? 或いは幽霊か何か?」

「極端だね」


 何故か呆れられた。それもすぐに他の表情へ変わっていった。


「けどまあ別のところから来たとなると……その言葉も納得するよ」


 まるで私達を知っているような発言で、私達は警戒を一気に高めていく。男は気にすることなく、穏やかな顔で知りたいことを教えてくれる。


「答えは魂の残骸だ。自己紹介をするよ。神々に作られた種族の末裔よ」


 訳の分からない言葉は無視だ。今は正体判明が先だ。私達は彼の名を聞く。


「色々とこの不条理な世界を救おうとした、君達にとって哀れな大罪人で魔術師でもあるアルマだ」


 大魔術師アルマ。世のために働いた七大魔術師の一人で、古代文明を滅ぼした直接の原因でもある男。このタイミングでの遭遇は最悪だ。大魔術師相手を想定したものを考え始めたばかりで、準備というものを進めていないのが現状である。戦わずして、どう切り抜けるのか。必死に思考して接するしかないだろう。大魔術師アルマは困ったように笑う。


「先に言っておく。僕はね。もう戦えない」


 本当かどうかの判別が付かない。このまま警戒を続けていく。


「大昔の貯蓄分を維持で使ったし、強化するのにもかなりの経費だったわけだし」


 魔法に関することを話している。そのことは理解しているが、どこがどう繋がるかが見当つかない。


「まさか神達が魔術師を通して眷属を呼ぶとは思ってもみなかった。そこが誤算だったね」


 どの辺りが誤算だと思っていたのだろうか。私達の立場だと分からない。


「質問してもよろしくて」


 カエウダーラがストレートに言った。


「どうぞ。今の僕に出来ることは説明することと答えることだけだから」


 あっさり許可した。互いに敵対しているはずだが、何故答えようと思っているのかが不明だ。意図があるのかをきちんと見極めなければいけない。


「神の眷属とは何のことですの。それと何故誤算だと?」


 アルマが信じられないと言わんばかりの驚き具合だ。


「魔術師から聞いてなかったの?」


 彼のセリフを聞き、確かに言っていたなと思い出す。それに奴自身から「神々から作られた種族」と言っていた。どうせ嘘っぱちだと思っていた。


「言い伝えをそのまま使っていたものだと思ってましたわ。民族が消えるなんて私達のところでもありますもの。それと同じだとばかり」


 これも追加しておくべきだろうと、私はカエウダーラに続いて発言していく。


「あと神様がいるとか信じてないからってのも大きいかな」


 本当に神様がいるかもしれないこの世界と違い、私達が住んでいるところは空想の存在でしかない。科学技術が発展し、世界規模の戦争があったからこそ、そうなってしまった。時代の流れと世界のルールが違うから、互いに理解し合えるなんてことは出来ないだろう。こうして対話という形を取っているが、言葉での殴り合いでしかない。少なくとも私はそう感じている。


「神様がいることを信じていない。そっかー」


 このように若干ショックをくらうアルマである。笑っているが、弱くなっていることが良い証拠だ。


「えと。質問に答えようかな。あの魔術師は昔の人ではない。今の時代の者だから詳しく知らないだろうし。君達にとって重要なことだ。ルーツぐらい知っておくべきだろう」


 色素の薄い黄色のアルマの瞳が私達を捉える。不思議と真剣に聞かなければいけないと思わせるものがあった。無意識に気になってはいたのかもしれない。私達の起源というものを。

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