第49話 最も厄介な滅びの獣

 私自身がカエウダーラから離れる必要があったため、前線がどうなっているのか不明だ。それ以外に限界が来たのか、知らない内に尻尾の攻撃がなくなっている。緑の葉が少し見かけるようになったところから狙撃のチャンスを狙っていく。スコープを付けておいて正解だった。無かったら見えていなかった。


 スコープを通して、前線を見ていく。両手で大きい黒色の盾を持ち、受け流していく形だ。私達が知る猪とあまりにも違っていた。確かに突進はすさまじいが、あれは臆病な奴だ。だと言うのに電気の攻撃に怯える様子もなく、怒り狂うようにぶつけている。動物とは違う何かだと思わせるぐらいに、変だと感じるところだ。


 魔獣に近い性質を持つからではとグロリーアなら言うかもしれない。それに召喚された獣で禁術とやらで弄っているものだ。古代文明を壊した主な要因でもあるから、これぐらいの気性の荒さは当然だろう。


「うわー壊れるんだ」


 受け流していたが、限界が来たらしく、黒い盾が壊れたみたいだ。一つ一つの破片が大きく、その存在だけで時間稼ぎが出来る。カエウダーラは瞬時に角笛を出す。やたらと大きく膨らんだ謎の袋に入れていたようだ。あの物量でよく腰から落ちなかったなという場違いな思いをしながら、汗をかきながら見守っていく。


 アプカル族専用の耳栓をした彼女は息を吸い、吹くところのフチに触れていく。そろそろだと感じ、狙撃銃から手を離れ、両手で耳を塞ぐ仕草をする。正直これをしてもキツイものだが、ないよりマシだろう。


「ぶおおおおおーっ!」


 遠くにいるはずなのに耳が痛くなるほどの船の汽笛に似た大音量。ガンガンキンキンと耳の中で鳴り響いている。狩りが終わった後に、謝罪をしてもらおう。その数秒もしない内に衝撃波が出てくる。ある程度離れているとはいえ、木々が震え、肌で感じ取れるぐらいの振動の強さだ。これは戦いの中だ。堪えながらも、震え手で狙撃銃を取り、付いているスコープから覗く。


「どんだけタフなの?」


 見た途端に呟いてしまった。ギャラルホルンは楽器型の破壊兵器だ。枯れた木々が真っ二つになり、近くにいて対策をしていない獣や人が気絶する代物。あの獣も対策をしていないと思うが、まだ四つの足で立っている。それでも影響があったのだろう。


見ていないタイミングで頑丈な拘束の紐で足を縛ったらしく、獣はばったりと倒れた。尻尾も畳んでぎゅうぎゅうにして、伸縮しないようにぐるぐる巻きに固定している。カエウダーラがこちらに来いと手招きをしている。狙撃銃を背負って、彼女の元に急ぐ。


「うわ。間近で見るとぐっろ」


 移動途中で何か仕込んでいるとは思っていた。まだ遠かったため、詳細までは分からなかった。近づくにつれて、右の前足が再生しないと感じていたから察してはいた。滅びの獣は再生能力を持つ。スパッと切れていても、すぐ元通りになるはずだった。しかし今はそれすら出来ずにいる。これは作戦通り、使う予定だったものだ。


「提案した身が言うのもあれだけどさ。めっちゃ久しぶりじゃない?」


 一時期、狩人の世界では再生能力を持つ合成獣に苦戦していた。倒せるがその過程が辛かったという話だ。それを解決するために一定基準を満たした者だけが扱える成分が開発されたという。一応私もカエウダーラも基準を満たしているが、使用頻度はあまりない。再生能力持ちの合成獣が少なくなったという理由がある。


「ええ。久しぶりに使いましたわ。用意してくれたソーニャが言うには効果があるのか微妙とのことでしたが」


 カエウダーラが私を見ながら、肯定を示していた。この世界に来た時、私達は持っていなかった。再生能力持ちだと分かっていたため、合流した夜の時点でソーニャに不慣れな作業を依頼したのだ。材料自体は持っていたため、可能だったが完成するまでかかってしまい、ようやく使うことが出来たというわけである。


「うん。普通に効果あるね」


 もう一度、獣の右の前足を観察する。骨も肉も何もかも元通りになりそうにない。いや。再生しようとしているのだろうが、成分が作用して本来の能力が発揮できないのだろう。拘束された尻尾をちらりと見る。まだ力がありあまっているようで、時間に制限があると考えていい。


「今のうちに」

「ええ。やりましょう」


 解体をしようとして、ナイフで切ろうとしたが、今までで最も固かった。金属そのものに近いだろう。


「爆弾使おうか」

「賛成ですわ。いっそのこと、最大火力でやりません?」


 カエウダーラが良い笑顔でとんでもないことを提案しやがった。ぶっ飛んだ発想をするなと思う一方で、それがいいという思いもある。周囲を見ながらの戦闘をもう一度やりたくない。すぐに終わるならそっちを選ぶまでだ。


「そうしようか」


 汚染しない最大火力を出せる組み合わせで出来たもの。見た目だと目に優しくない緑の蛍光色の球を私自身の鞄から出す。摩擦で火を起こし、線に付けて、そっと地面に爆弾を置く。そして……数秒で出来るだけ離れていく。


「どぉぉん!」


 爆発の音を捉えた瞬間に切り返し。私達はすぐ獣がいるところに戻る。見事に木端微塵だった。どこが皮なのか、肉なのか、臓器なのかが分からない。大きさを考えると、不釣り合いな気がしなくもないが……気のせいだろうか。どちらにせよ。酷い光景であることには変わりない。


「やった自分が言うのもあれだけどこれは酷いね」

「まあ本来の使い道じゃありませんもの」


 カエウダーラが言う通り、この使い方は正しくない。土地の開発をするために生まれた代物なのだ。人の手では砕けないものが出た時に使う。そういったものである。まさか狩りで使うとは思ってもみなかった。

 

「そもそも頑丈過ぎるコイツがおかしいですのよ」

「言えてる」


 ごもっともと思いながら、私は苦笑いをする。肝心の黒い石を探そうとしたが、それらしきものが見当たらなかった。というより、既に粉々になっていた。察した。既に召喚の要となるものが壊れていて、少しずつ消えていた。だからこそ、変だと感じていたのだろうと。


「終わったね」


 自分自身に言い聞かせながら、ふぅとようやく一息。今までで強力なものだった。何事もなく、帰還して報告しておきたい。

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