第41話 四体目の獣と違和感

 無造作に突き刺さる幾何学模様の柱。遺跡と呼ばれる類のものだと理解する。草木が枯れ、育つことのない土壌と化したことも分かる。


「げ。なんかゲロ甘い匂いするんだけど」


 咽るような甘い匂いが鼻に来る。植物の花の香りではない。砂糖ではない何かを煮たドロドロのものを思わせるもので不快だ。


「ですわね。消臭スプレーございません?」


 何故このタイミングで取拍子のないことを言った。


「外で効くわけないじゃん」

「だってこの匂い、すごい嫌ですわ。苦手なタイプの芳香剤がぶわって空間内に広がってる時と同じぐらいに」

「例え方が具体的だね!?」


 軽快なやり取りをしながら、周りを見ていく。熱帯系の植物と遺跡。当たり前だが、人がいる気配はない。濃いピンク色の霧が丁度出始めたみたいで、見えづらくなりつつある。さあ。ターゲットとご対面だ。


「複数が混ざっている獣ですわね」

「うん。合成獣の類だよね」


 茶色の毛並みの一戸建てと同じ大きさの熊がベースだろう。耳と尻尾が別の何かに変わっている。分かりづらいが、混ぜ込んでいる。学者なら正確に分析できると思うが、呑気にやっている場合ではないだろう。実際、獣が爪で引っかくような動きをしている。大振りなので避けやすい。


「とりあえず話した通りでいいかな」

「お願いしますわ」


 二手に分かれる。移動途中の作戦を元に狩りをしていく。奴の前足の攻撃は重い。二丁拳銃だと荷が重いというか、手が無くなる可能性があるので、カエウダーラから受け取った長い槍で対応する。


「ぐっおっも!」


 下手に接近したら、こちら側がやられるからだろう。いっそのこと乗っておくか。そう思って私は跳躍する。背中に着地できたことが奇跡的かもしれない。安定して乗れるとは思ってもみなかった。


「おっとっと」


暴れる。私を振り落とそうと上下に左右に。毛の一本一本がデカいので掴んでいれば問題ない。少しずつ前に進んでいき、頭部まで辿り着く。そして目潰しスプレーでプシュッとかけておく。


「ヴァウヴァ!?」


 奴は吠えて、今まで以上に暴れ狂う。相当利いてるなと思いながら、ついでに短剣で物理的に目を潰し、大きい口をぐさりと刺して封じておく。落ちそうになるが、両手と両足が生きているので着地ぐらいは出来そうだ。


「ウォル、このネバネバ具合見えます!?」

「見えるわけないでしょうが!」


 突然止まったと思ったら、カエウダーラが粘着力のある液体を噴出する銃を使ったからだ。


「けどありがと」


 軽く礼を言った後、私は立ち上がり、腰のレーザーの剣を出す。まずは首から。重量があるからか、ドスンという良い音が出ていた。


「うわなにこれ」


 頭が変化していた。熊の頭から狐の頭に変わっている。細胞から変わっているのか分からないが、光景が気持ち悪い。それでも気にしている暇はない。さっさと解体をしておかなくてはいけない。それにこの甘い匂いがするところから離れたい。


「何故この世界の獣はすぐ再生しようとしますの?」

「それを言われてもね。これでもマシな方だと思うよ。反撃しようとしてた奴いたし」

「ああ。そういうのありましたわね」


 だらだらと喋りながら、何が起こるか分からないので警戒をしながら、私とカエウダーラは獣の四肢を切っていく。薄い膜みたいなものに覆われて、肉体を再生しようとしているみたいだが、作業スピードはこちらの方が速い。それでも丁寧に解体するのは面倒なものだ。大きさだって馬鹿にならない。はあとため息を吐いて、私はあることを提案してみる。


「もう面倒だからめちゃくちゃになってもいい?」


 右の拳を強調させるように見せる。振り下ろす仕草も忘れない。


「使うのですね? 使うのですね? 拳を!」


 カエウダーラが何故かウキウキとした感じで言ってきた。拳で戦う様子を見たことないのだったと今更思い出す。


「大したもんじゃないけどね」


 振動を体内に送るように拳を使う。原理は不明だが、一秒に何度も同じところに衝撃を与えることで出来るのだそうだ。ぐるりと触れて、皮膚を捻じ曲げるようにし、突くような動きをする。これでようやく傷つけられるようになる辺り、獣がどれだけ頑丈なのかが分かる。


「めちゃくちゃになるけどいい?」

「構いませんわ。例の石さえ見つければ。それと」

「分かってる。再生しづらいように……でしょ」


 パーツとパーツをくっつけるようなものだ。肉片を適当に固めておけば問題ないタイプならヤバかったが、何故かご丁寧に決まっている。学者ではないため、これがこうだとかは分からない。しかし物理的距離が離れていると、再生速度が遅くなっていたことから、放り投げていればいいことを学んでいる。出来ないことではない。


 かつての神獣族は爪だけで切り裂くことが出来たという話がある。絶対嘘だと思っているが、合成されていない獣程度なら拳で対応出来るので、多少の信憑性はある。武器がない時代、私達の先祖はこうして過ごしていたのだろうか。


「まあ。まあ。素晴らしいですわ」


 今の時代だとドン引くものだと思うが、何故かカエウダーラは惚れたような瞳で、手で獣をぐちゃぐちゃにしている私を見る。お嬢様がそれでいいのかという突っ込みをしたいが、こちらも作業中なので何も言わないでおく。


「みっけ」


 どれぐらいやったかなんて分からない。がむしゃらにやってきたし、集中していたからか、時間の感覚がおかしくなっている。それでも私は黒い石を見逃すことはしない。刻まれた白い文字を見る。一つの文字であること以外、何も分からない。メッセージか。印か。番号か。様々な考察を行う者もいるだろう。それでも砕けば、関係のないことだ。今回は片手で持ちきれない大きさで、今までの中で最も大きく感じるが、こう言う時もあるだろう。


「終わりましたわね」

「だね」


 学のない私が分かることは黒い石を砕けば、獣の肉体が消えてしまうということ。そして前の三体と違う何かがあること。


「やっと不快な匂いがなくなったよ」


 甘くて不快な匂いが消え失せた。神獣族の鼻にあれは無理だ。並みのカエウダーラですら、不快感を示していたぐらい、かなりヤバイ奴だった。二度とごめんだ。


「今までと何か違うんだけど……どうしようか」

「グロリーアにお聞きした方がよろしいですわね」


色々と不可思議なことがあったので、グロリーアに聞くしかないだろう。今回から違和感があったからだ。

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