第17話 スモークチキン

 少し歩いたら、パンの焼いた匂いが漂ってきた。元を辿ってみたら、大通りに入った。たくさんの店があり、準備中だったり、既に始まっていたりとバラバラだ。パン屋は左側のところにあるみたいだ。既に人が並んでいる。仕事前に買って食べる形なのだろう。


「お姉ちゃん、なんで俺達と違うの?」


 傍にいた小さい子供から問われた。村の子より質の良い服装から察するに地元っ子という奴だろう。


「あら。哲学的な答えをお求めに?」

「カエウダーラ、多分違う」


 カエウダーラは頭良い一方で、たまにバカみたいな発想になる時がある。小さい子がそういう複雑な答えをお求めになるとでも?


「こらこら! そういうことを言っちゃだめ! ごめんなさい」


 お母さんらしき人が店から出てきた。ぺこぺこと平謝りである。


「いえ。お気になさらず」


 これは本当のことだ。丸みを帯びた耳を持つニンゲンと耳先が尖ったエルフしか見た事がないとなると大体こうなる。小さい子なら気になって仕方がないものだろう。


「お詫びとしてなんですが。こちらへどうぞ」


 お母さんに案内されたところは大通りのレンガの建物の一階の精肉店だった。御惣菜も取り扱っているみたいタイプのようだ。表に出している物はハムやソーセージ、揚げ物などの加工物。裏にナマモノを保管し、注文した時に取り出す仕組みらしい。


「これどうぞ」


 お母さんから渡されたのは骨付きのスモークチキンと呼ばれるものだった。燻製された良い香りが鼻に届く。


「お姉ちゃん、尻尾振ってる」


 小さい子が笑う。そうなのだ。たまに無意識に尻尾の方も反応が出てしまうときがある。目の前に美味しそうなものがあったらこうなってしまうのが神獣族の性である。


「はむ」


 口にする。塩っ気のある鶏肉。美味しい。


「美味しいですわね」

「うん」


 今回は肉だけ食べた。カエウダーラが珍しいと思っているみたいだが、いつもは骨まで食べることを知っているからだろう。


「ごちそうさまでした。美味しかった」


 店から出ようとした時だった。キラキラとした目で見つめている子がいた。金髪のニンゲンの女の子。多分十歳ぐらいで、黒の制服を着ている。学生というか、特殊な職種か、どちらかだろう。


「あらいらっしゃい。アンナちゃん」

「はい! いつものください!」


 常連っぽいやり取りを行った後、女の子はまた私達を見ている。


「えーっと何か用かな」

「はい! おとぎ話に出てくる神獣族とアプカル族ですよね! おっとこれは失礼を」


 女の子は茶色のショルダーバッグから手帳を取り出した。かなりドストレートに攻めたと思ったら、案外そうでもなかったという……よく分からない。


「魔法学校中等部三年アンナ・バトラーと申します」


 アンナ・バトラーと言うらしい。魔法学校と言っていたから、そこで得た知識で私達のことを理解したのだろう。


「この子天才なのよ! 十歳で中等部に行っちゃってるんだから」


 肉屋のお母さんが唐突に自分の娘みたいに自慢し始めた。


「あ。ごめんなさいね。国によって違うって話だから分からないわよね。ここだと魔術師育成、九歳から入学で初等部中等部高等部、それぞれ三年ずつあるわ」


 勢いに飲まれただけだったが、実際分からないので学校の説明はありがたい。アンナが何歳か不明だが、セリフからして飛び級も可能だし、留年もあり得るものらしい。グロリーアが通っていた保証はないが、もし行っていたら飛び級ぐらいしてそうだ。


「ウォル、ひょっとしてグロリーアも」

「かもしれないね。聞く?」

「聞きましょう。絶好の機会ですもの」


 ひそひそと打ち合わせ。彼奴は基本、昔のことを喋らない。ダスティンからはグロリーアの数々の功績を聞いたことがあるぐらいだ。


「あの。アンナとおっしゃいましたよね」

「はい」

「グロリーア・フォーチュンという方をご存知?」


 顔が更に明るくなった。これは結構当たりなのではないか。


「もちろんですよ! 数々の功績から名誉魔術師の称号を会得、高度な精霊魔法を扱える数少ない伝説的な方でもありますから!」


 本当に有名人だった。だと言うのに……何故あんなにヘタレな要素を醸し出しちゃっているのだろう。顔と声がよく、魔術師というエリート的な職業だというのに、何故モテていないのかと疑問に思っていたが。


「その方、魔法学校の卒業生ですの?」

「はい! 三年で卒業したとお聞きしています!」


 素直に凄いと思う。


「あのもし可能なら見学してもよろしくて? 魔力持ってないし、受験資格なんてものはお持ちではないけど」


 その積極性は賞賛に値する。確かに私も気になっているが、資格すらないのに見学していいのかという疑問があったので、控えていたのだ。


「聞いてみますね! あ、校門までご案内します!」


 ただの散策から何か違う方に行っている気がする。しかし流石に学校見学は難しいだろう。学校の建物が見られるだけマシと捉えておこう。

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