故郷ヲ想フ

 波の音を聞いたのはいつ以来だろう。

 赤や黄色の花が咲き乱れる孤島に着陸させたコルトは、気晴らしに外へ出た。

 上は宇宙を彷彿とするような星空で、灰色のクレーターのような惑星や、赤土色の惑星が直接見えた。太陽光がないのに孤島の植物は緑色に生え、白色の砂は、掴むと細かな粒が零れ落ちる。自転しないはずの特異点で、水面は揺れて砂浜に何度となく波が打ち寄せた。水の底から淡い緑色の光が見えているから、何かしらの化学反応が起きて、波を作っているのかもしれなかった。

 水質もシーズ星の海と変わらなかった。塩分が濃く、口に入れるだけでむせ、一瞬で乾いた。

 いまにはじまったわけではないが、幻想的な光景だ。

「コルト、すごいよー!」

 ミィミィが黄色い悲鳴をあげながら、裸足になって波打ち際を駆け回る。疲れたら、ぱしゃぱしゃと水をすくっては、星に向かって宙にかけた。

 転移から意識が戻ったミィミィは、海を見た瞬間、無心で外にでた。

 連続転移で疲れているはずなのに活気づいたのだろう。

 初めての海に興奮しているのはわかるが、どうみても思春期の少女だ。いやそれよりもっと幼いかもしれない。

「……すごく平和なところだ」

 砂に腰を下ろすコルトの横で、マウはぼんやりと波を眺めた。

「君のいた惑星にはこんな穏やかな場所があるんだね」

「マウさんの銀河にはないんですか?」

「あるかもしれないが、そんな余裕はなかったよ……。平和になったらこうした惑星で穏やかな余生を過ごせればな……」

 さざ波のような穏やかで深い声音だった。

 彼の願いがどれほど幻想なのかコルトにはわからない。

 種族も異なれば銀河も違う相手に、気休めの言葉が浮かばなかった。

 波の音と彼女のはしゃぎ声が交差する中、かすれるような機械の駆動音が漏れた。

 ルナだ。

 周囲が妙にしんみりしているのは、この機械の影響もある。

 いつもは微動だにせず休止モードのように停止しているが、いまはモニターを開き、ただじっと空と海をセンサーに映していた。

「あ……」

 漆黒の空に、灰色の半透明な幽霊船が現れた。時折映る幽霊の顔はどれも穏やかなそのもの。みなこの場所に安堵しているのかもしれない。

 それにしても現れる頻度が高い。船を着陸させて五回は見ている。

 何かに近づいているんだろうか。

「コルト、お腹空いたー」ミィミィがぱしゃぱしゃ水を跳ねて戻ってくる。「あったかいの食べたい」

「えぇ!!?」

 冗談かとおもった。アイス以外に食べたいものがあるなんて。

「水に触れたら涼しくてさ、いま食べるとお腹壊しそうなんだもん」

「なるほどなぁ……」

「……作リマショウカ?」

 じっとしていたルナがいきなり喋った!

 提案するのはいいが、その身体で調理は無理だろ。

 目で訴えるとルナはすぐさま読み取った。

「レシピヲ教エマス。ソノ通リニ作ッテ下サイ。絶対オイシイデスヨ」

「ルナは食事しないだろ」

「味覚ヲ数値化デキマス」

 ある意味器用だな。

「じゃあせっかくだしルナのレシピでも作ろうかな」

「どんなのが来るのかな楽しみ~」

 ミィミィは浜辺の水を蹴り上げながら料理がくるのを待った。


 コルトはルナを連れて船内のキッチンに入る。

 食材の在庫を告げると、ルナは必要な材料と道具を指示し、コルトは言われるまま用意した。

 面倒な半面、すごく興味がわいた。

 これまでルナは料理に関して口をださなかった。食べないのもそうだが、プライベートを教えなかった。母星の情報を禁じているルナが自分から提案したことが意外だった。

「デハ、手筈通リニオ願イシマス」

 AIキッチンの始まりだ。

 最初は、小麦粉と粉末状の卵と、塩化ナトリウムの混じった水を混ぜる。それを捏ねて叩き、引き伸ばすと、今度は細く刻んで毛糸状にしていく。

 全部終わると、なぜか放置。次の食材に手をかける。

「調理しないの?」

 不思議におもって尋ねると、

「最後二オコナイマス」

 と簡素に返された。

 本格的な調理の前に、魚の練り物と、タケノコを漬け込んだものを皿に用意。

 次に海水から水分を取り除いた塩に、油分の強い調味料を混ぜ、沸騰したお湯に溶かした。その間、細くなった毛糸のような小麦粉の塊を、別に用意した沸騰したお湯に入れる。数分過ぎたら、小麦粉だけを取り、水気をとって黄金色のスープのなかに入れた。

 最後に魚の練り物とタケノコ、刻んだ香味野菜をのせた。

「なにこれ」

「ラーメンデス。麺ガ伸ビルノデ早イウチニ食べテクダサイ」

 それを先にいえ!

 どんぶりをもって外に出ると、座って波を眺めていた二人に渡す。

「ルナの星にある食べ物だって。俺の分も持ってくる」

「どうやって食べるの?」

「ハシっていう棒を二本挟んで食べるみたい。いまもってくる」

 

 三人は地平線を前に、砂浜に腰掛けてどんぶりを手にした。

 コルトはおぼつかない指先でハシを持ち、どんぶりの中の麺をつかみ汁気をすすりながら口の中へ入れた。

 もちもちした食感と塩気のある味が絡み、すぐさま舌が喜んだ。

「うまい! なんだこの食べ物!!!」

「おいしいー! すごー!」

「これはいい」

 みな絶賛する味だった。

「すごい、どうしよう、初めて三食食べたいとおもった」

 ミィミィがいつもアイスアイス言ってる気持ちをようやく理解できた。

「味付ケヲ変エレバ他ニモデキマス。後デレシピヲオ伝エシマスカ?」

「ぜひとも!」

 次に作るのが楽しみになった。家業を辞めてラーメンを売ったほうがいいくらいだ。

 三人が無心に食べる中、ルナは不思議そうに頭上を見た。

 思わずコルトも、ルナの視線の先を追った。黒い空には、土色の星に一筋の輪ができている。ガスの塊が惑星の間にできたのだろう。コルトの銀河ではあんなにはっきりした形はなかった。

 ルナは別の方向にも向いた。そこには真っ赤な星や、シーズ星に似た青い星と、すぐそばに灰色の小さな星が浮かんでいる。

「泣ケテキソウデス」

 唐突にルナがいった。コルトはあんぐりと口をあける。

「そんな機能ないでしょ」

「ソレデモデス。昔ヲ思イ出シマシタ。ホームシックトイウモノデス」

 ラーメンのつゆをすすり、胃の中に流し込んだ。

「故郷の味?」

「ハイ……私ノ生マレタ星モ水ノ惑星デシタ。ミナサン覚悟シテ、ブラックホールニ向カッタノデス。残ッタノハ私ダケ……」

「帰りたい?」

 ルナはかすかに首を動かした。

「私ノ任務ハ人類二尽クスコトデス」

「偉いなぁ。俺たち人間は身勝手な生き物なのに」

 ルナはビビビと機械音をたてた。

「生マレテ来タ以上、人モ機械モ他ノタメニ尽クスコトダト、カツテノマスターガ言ッテイマシタ。私ハソノ信念二従ッテイマス」

「窮屈じゃないの?」

「ソレガ私ノ幸福デス」

 俺はルナの頭部に手を置いた。敬愛の印だ。

 ルナは照れたように、ピロロと小さな音を出してモニターのカバーを閉じる。

「食事ヲ終エタラ、ヒト眠リシタ後二出発シマショウ。私ハモウ少シ観測ヲ行イマス」

 ルナが頭を小さく下げた後、砂をかき分けながら船に戻っていく。

 その後ろ姿が照れくさそうにおもえて、コルトははにかんだ。

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