2

 ――リバーシスがブラックホールの中に現れる。

 コルトは意識が戻るなりモニターにかじりつく。

 ミィミィはぐったりと椅子に背中を預けている。コルトはそれを横目で見ながら、

「大丈夫?」

「少しは、慣れた……。でも、この中は溢れすぎてうまく制御できないよ……」

 宇宙にいるときより疲れるのだろうか。最後は彼女頼みになる。無理はさせたくないな……。

「もう一度できる?」

「いってること無茶苦茶だよ。でもなんとかしてみる。そのために修行したんだから。お母さんに会うまでは諦めないよ」

「助かる」

 コルトはモニターを見つめながら脳裏でスロウスト粒子の状況を探る。普段は目を閉じて探るが、いまは少しでも相手の船の情報が欲しい。


「……コレガ流体テレポーテーションデスカ。死ヌカト思イマシタ」

 ルナは床に転がりながらセンサーをぱちぱち動かした。

「起きてここがどこだか探るんだ」

 コルトはルナの頭をもってモニターの前に置いた。

「意識ガ戻ッタ瞬間、戦艦カラ光ノ弾ガ出テイマシタ」

「でも、光は重力に流されて見えないはずだろ」

「重力ノ流レガ止マッテイタナラ別デス。人口ノ重力砲ヲ打ツコトデ、ブラックホール内ノ重力ヲ相殺サセ、ソノ上デ通常兵器ヲ放テバデキマス。アクマデ仮説デスガ……」

「ファンタジーだなあ」

「申シ訳アリマセン。私ノ銀河ノ科学モニアリマセンカラ」

 とにかく、相手は数段上の科学力をもっているってことか。


 選択肢は三つだ。

 徹底抗戦か、抗戦の意思がないことを示すか。あとは安全な場所まで逃げるか。

 抗戦は論外。武装をもたないリバーシスでは自爆がせいぜいだ。

 逃走も論外。ここに安全な場所はない。せいぜい相手の攻撃範囲から離れることだけだが、ミィミィの口ぶりでは遠い距離の転移はできなさそうだ。

 残すは説得のみ。だが、未知の相手に交信などできるのか。光も意味をなさないため、音声や光信号も使えない。

 直接会って話すしかないか。いや、言語が違うかもしれないから、歌のほうがいいかもしれない。いい音楽は言葉にしなくても意味が伝わるはずだ。

「絶対にやめたほうがいいよ……」

 だから人の心を読むなよ!


 モニターに白光が走る。

 前方に巨大戦艦が視えた! ミィミィの転移が功を奏したのか、相手は砲門を前方に向けている。相手の背後についたのだ。

 僥倖。船は前に進むことはできても、流れに逆らうことはできない。

 スロウストの動きを追っていたコルトだが、すぐに愕然とする。いくつもの長細い物質が一八〇度回転してこちらに向いた。

 まずい、砲門だ。

 そればかりか、巨大な物質が流れに逆らって距離を詰めてきている。

 この重力下を逆流できるの!?

 オートから手動に切り替えると、ワイヤーウィンチを設定した。


「突っ込む! 衝撃に備えろ!!」

 相手は重力という激流を動ける大魚。こちらは流されるしかない笹船。細い綱だけが頼りだ。

 漆黒の画面を睨みながら照準を合わせる。

 刹那、例の光が現れて一瞬でリバーシスと戦艦が浮き彫りになる。

 見られたか!

 スロウストの気配を探ると、針のような砲門の先が急に消えた。

 何かを仕掛けられている!?

 迷っている暇はない。

 すぐさまワイヤーウィンチを射出。発射とともに加速した錨は、ワイヤーを伸ばしながら漆黒の虚空を切り何かに埋まる。当たったか確認する暇はない。ワイヤーをすぐさま巻き戻すと、リバーシスの胴体がひっかかる。

刺さった描の質量が重いのか、リバーシスがワイヤーに引っ張られ近づいていく。

 その最中にリバーシスが大きく揺れた。

 相手からの重力砲か! ブラックホールの重力により威力は低いが、宇宙空間で食らえば本体ごと歪曲してもおかしくな――判断するのも束の間、砲撃の雨が押し寄せる。シールドを展開しているが、重力の影響でほとんど溶けて消えている。

 操舵室が揺れ続ける。エアーが吹きだす音が後ろのドアから聞こえ、酸素濃度を計測する装置がアラームを出した。


「またぶっ壊れるのかよ!」

 剥がれた外装をモニターで見た瞬間、頭が沸騰した。長時間かけて改修した船が、出航して五分で壊れるとか、この後どうするんだ!

 大気が漏れる船内だが、内部にいたスパイダー型AIが起動し、腕に装備したゴム製のトリモチガンを放ち外壁の穴に蓋をする。これはユユリタ三世がくれたアイテムの一つだ。ブラックホール突入前は、スパゲティ化を考慮して稼働しなかった。

 同時に下からの衝撃。操縦席の床がわずかに膨れ、モニターの一部が砂嵐を映した。ほかのモニターを確認すると戦艦の下部が何かと接着している。

 スロウストの気配をさぐったが、装甲の下部にはわずかな粒子も発見できない。船同士が密着できた証拠か。目視できない分、開けてみるしかない。

「ミィミィとルナはそこにいて!」

 叫んですぐさま倉庫に向かった。


 分厚い宇宙服を装着し、合金製のディスクグラインダー、高熱用バーナーと拳銃を手に取る。

 コルトは廊下のめりこんだ床をバーナーで焼き、外装をはがした。漆黒の空間はなく、代わりに戦艦のボディがめり込んでいるのが見える。

 コルトはバーナーで焼いた隙間に、トリモチ用の拳銃を撃ってエアーの漏れを塞ぐ。

「さて、問題はここからだ……」

 相手は謎の戦艦。科学技術が数段上で、装甲の強度もリバーシスと異なる。バーナーで装甲をあてるが、表面が多少変色したが炎は拡散されて変化はない。リバーシスの外装の破片で叩いても無駄だった。

 熱に強い金属か。

 ヘルメットの中で汗が目にしみる。

 バーナーを使ったせいもあるが、焦りのほうが強い。


 落ち着け。錨が突き刺さったのなら、鉱石技術ならこちらのほうが上だ。

 もう一つの手段、ディスクグラインダーにスイッチを入れる。

 一見役にたたなさそうだが、鉄惑星を植民地にしたシーズ人の技術を甘く見るな。

 材質はダイヤモンドの四倍の硬度で、チタン合金性のリバーシスの装甲であれば、バターのように簡単に切断できる。

円盤状の刃が高速で回転し、それを壁に押し当てる。刃は金属片をまき散らしながら中に入り、強固な壁を裂いていく。

 よし!

 そのまま装甲の四方を切り、力任せに蹴る。三回目にして船の外装がずれてゆき、そのまま内部へ落下する。

 小さく拳を作った後、トリモチ用の銃を片手に戦艦へ侵入した。

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