3

 艦内にはいくつもの亀裂があり、放電する音が聞こえた。息を飲み、廊下を右や左に曲がり、先へ進む。念のためにつけた宇宙服だが、船内には人口重力があり、自然と歩けていた。

 人気は恐ろしいほどない。道中で壊れたドアがあり、隙間を覗いたが血に染まる人間の胴体が目に映った。衝撃で死んだか、死んだあと回収されたか。


 とにかく管制室へ急ぐ。

 船の大きさは不明だが、スロウストの動きから長方形であるのは把握している。宇宙船のブリッジは甲板より上にあることが多く、階段やはしごを見かけたら上った。

 機関室や住居スペースなどを抜けた後、重厚なドアの前に着く。


 息を吐いてトリモチ銃を構える。

 一歩進むとドアはゆっくりと開き、巨大なブリッジが目の前に広がる。

 一八〇度広がるモニターに見慣れない機械装置。いくつもの並んだ座席。

 その正面――長身長髪の白髪男性がライフルを向けていた。

 

 ――人間、だった。


 コルトは両手を上げ、トリモチ銃をその場に落とす。銃は硬い地面にぶつかると横に回りながら足元を離れる。

 宇宙服の中でべったりと汗をかいている。

 このまま撃たれるかもしれない。

 ――いや、そのつもりなら入った瞬間に撃たれていたか。


 長身の男は何かを探っているように見えた。そうおもうのは錯覚か、自身の願望か。

 相手を信じろ。俺たちのいる場所は死の底なし沼だ。生き延びるために協力者が必要なはずだ。

 覚悟を決めて、上げた手を下ろしながらヘルメットに手をかける。

 中の酸素が外に漏れ出す。外したヘルメットを脇に抱える。


 コルトを見た大柄の老年は、驚いたようにさらに瞼を開け、口を半開きにした。

 空いた口からは犬歯のような上下二本ずつ牙が見える。四足の肉食動物の名残なのかもしれない。長い航海を続けていたせいか、白髪の後ろ髪は長くくたびれ、顎の下に首まで垂れた髭が伸びている。

 男性はライフルを膝の下にそっと降ろした。

「落ち着いて話がしたいです。まずは銃を床に置いてください」

「sでゃdさfべgぁっせ」

 男性が答えるが何をいっているかわからない。明らかに言語が異なる。

 やっぱり歌しかないか?  静かに深い呼吸をした――矢先、


「わかった、話をしようだって」

「いっ!?」

 いつの間にか、背後にミィミィがついてきた。

 コルトが思わず振り向くと、

「なんで! 残るよう言ったじゃん!!」

「だって心配だったんだもん。でもよかった、惑星コアの力ならほかの宇宙人とも交流できそうだね」

 大柄の壮年は目を丸くしている。まさか少年少女が乗組員だと思わなかったのだろう。

 男性はライフルを床に置き、そのまま地面に座り込んだ。

「tdxをypぁざf gdふぇpcvそp」

 疲れたような表情で何かを語っている。意味のわからないコルトは眉根を寄せてミィミィに向いた。

「なんていってるの?」

「サンフラワーの種はあるかい? ずっと食べてなくて恋しいんだ」

 肉食動物じゃなかったのか!




 男性はマウ・ティンフィストと名乗り、コルトたちの乗るリバーシスを訪れた。

 彼は旧世代の機械の外観をしたルナに驚愕したのち、不意にミィミィが多言語を操ったことに唖然とした。言語を変えて喋ったミィミィに、コルトもあんぐりを口を開けている。

「そんなこともできるの」

「巫女なんだから当たり前だよ。言語は相手にチャンネルを合わせれば自然とでてくるもの。ユユリタ一世もそれでシーズ人と交流できたんだよ」

 同じ銀河出身ながら、リリ星の能力には驚かされる。いくらシーズ人が銀河を開拓しても、帝国の元首になったのも頷けた。

 ひとまずマウと情報交換をするため、コルトはカップアイスとサンフラワー種が入った瓶詰をもっていく。非常食の代わりとなるサンフラワーの種だが、食に疎いコルトは好んで食べることはなく、倉庫の奥にしまっていた。


「どうぞ」

 コルトは瓶詰を渡すと、マウが一礼して種を三つほどつまんで口の中に入れた。

 ボリボリと軽快な音が鳴ると、神妙だったマウの表情が綻んだ。試しにコルトも自分の瓶から取って口に含めたが、ボソボソするだけで美味いとはおもえなかった。

 隣ではミィミィが幸せな顔をしている。なんだか疎外感を味わうな。


 マウは近くにいたルナを手招きすると何かを語り掛け、ルナはそれを受け取るように機械音を並べた。シーズ人の言語を翻訳できるルナなら、マウの星の言葉も理解できるかもしれない。話を聞いていたルナも彼の言語を使いはじめ、余計疎外感を味わった。

 とりあえず助かった……。

 ひと悶着あったが和解できた。宇宙に進出するだけの知性があれば、戦争の邪心がないと信じたい。コルトたちの銀河の歴史では、惑星間の対立や政治がらみの大規模な戦闘は行われたことはない。シーズ人の気質とリリ人の能力によるものだろうが、歴史研究家は奇跡だと語っていた。

 コルトは操舵席に座ると、船の損害状況を整理する。

 装甲を切りとったため、マウの船から引きはがすと大気のすべてを奪われる。このまま彼の船に乗せてもらうのが得策だ。損害は大きいが、マウが協力してくれれば重力砲や引力に抗うエンジンなどブラックホールの旅も楽になる。


 それにしても。

 この先に出口などあるのか。

 ルナのいうとおり特異点が続くとしても、一生ブラックホールの中を彷徨うのではないか。そうなれば世界中の誰にも気づかれず、死を迎えることになる。

 やばい鬱になってきた……。


「さきほどは失礼した」

 こちらの言語を使っている!

「驚かせてすまない。私も不思議な感覚なのだ。そこの少女、ミィミィと会話することで彼女の言語が少しずつ理解してしまった」

 ミィミィは帽子の唾をくるりと回して、

「フィーリングっていうのかな。マウさんかその祖先が惑星コアのエネルギーに触れている可能性があるから、ボクのような巫女と繋がれたんだよ」

「は、はぁ……」

 科学のなかで生きるコルトは、ミィミィの感覚がよくわからない。

「ミィミィさんのおかげで君たちがここにいる理由を理解できた。代わりに私もここにきた経緯を説明させてくれ」

 マウは手櫛でやつれた前髪を額の後ろにといで語りだした。


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