ブラックパレード

1

 ――目が覚めると無事だった。

 幸いにも、転移前にあった激しい衝撃はない。

 虚空に似た中で、エアーが吹き出す音と連続したアラームが続いていた。

 身体が軽くないのは人口重力がまだ機能しているからだろう。

 そばにいたミィミィも、椅子に上半身を預けてぐったりとしていた。


 大丈夫か? そう言いかけたとき、

「やっと起きた……」

 ミィミィが項垂れながら声を発する。

 それはこっちのセリフだといいたいが、どれくらい意識が途絶えていたかわからない。

「心臓止まってたよ……。息してたけど……」

 矛盾、してるんだけど。

 普段なら背筋も凍る思いだが、ほとんど死にかけていたのは間違いなかった。

 ここが通常の四次元世界かも怪しいのだから。


 ディスプレイに触れてアラームを切る。装置のあちこちを動かすが、大半が死んでいた。いつも見る数値計も、ランダムに表示されていた。時間もだ。電磁波が狂っているのか、あるいは時間が逆行しているのか。

 これでは宇宙国家の時間からどれだけ遅れているかわからない。

「俺が意識を失ってからどれくらい時間が経過した?」

「……体感で三〇分」

 息をぜぇぜぇ吐きながらこたえる。声を出すのもつらいのかもしれない。

「ここがどこだかわかる?」

「ううん……逃げるのに夢中だった」

 絞り出している声はかすれてガラガラだ。相当の疲労が窺える。

 おそらくだが、一日三回は転移したことがあっても、連続して力を使ったことはないはずだ。いまにも死にそうなのはそれが理由だろう。


「ここに座って」

 ミィミィの腕をとって持ち上げると、操縦席に座らせる。相当疲れているのか、ぐったりと肩を落とし、口を半開きにして瞼を閉じていた。

「疲れて寝たのかな?」

「コルトぉ、死ぬ前に、アイス食べたい……」

 起きてるじゃん! 元気じゃん!!

 てか、縁起わるいこというなって。

 動けない彼女の代わりに取りに行きたいが、コルト自身も身体が重い。なにより先に船の状況を知らなけばまずかった。


「残すは俺の運転と運だけか――リバーシス、船の状況は?」


 返事がない。AIもいかれてる。ほかに使えるのは、モニターとワイヤーウィンチ、そして切っていたエンジン。あとは室内の生命維持装置の類だけ。発電システムが生きていただけでも奇跡だ。

 外に出て装甲や内部回線などを見る必要はあるが、よもや自殺行為だった。

「コルトぉ、アイスはぁ?」

「いいから寝てろ!」

 それどころじゃないっていうのに!

 コルトは緊張感をなくしてその場でへたりこんだ。

「やっぱり失敗だったなぁ……」

 無垢な好奇心で来る場所ではなかった。押し寄せる不安に心が挫けそうになる。


「まぁ、諦めたところで健やかな死が訪れるわけじゃないか」

 自殺を選ぶにしても葛藤がある。

 生きている以上、誰かが助けてくれるんじゃないかという淡い期待が残る。なにより宇宙ではどんな奇跡も起こりうる、という幻想。

 死ぬしかないとわかりながら、不確かな可能性に何度も縋る。

 

とりあえず、最期まであがくか。

 緊張から少し解けたせいか、脳裏にメロディが流れる。


「お――」

 声に出そうとした瞬間、顔に石がぶつかった。

 床に転がった物を二度見して、項垂れたミィミィを凝視した。

 惑星コア投げつけられたんだけど!! あんなに大事と力説されたやつを!!

そんなに俺の歌を聴きたくないのか!

 悲しくなりながら大事な石を拾い、項垂れているミィミィの手首に通した。

「もう投げないでよ」

 返事がない。諦めてディスプレイに向いた。


 視界は安定の暗黒。ライトは点灯したが、光は飲み込まれて見えない。

 今度は目を閉じてスロウスト粒子を探り続ける。脳の奥がちりちりと焦げているような気がする。疲労で意識が途絶えるのが先か、幸運にも安全地帯を発見できるか。運命を神に任すしかない。

 こんな場所に神様なんているかわからないけど。

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